<家継の受難2>





「つーっかれったー」
溜息をついて部屋に崩れるように入って、電気もつけずにべったりと正面から崩れこむ。
もうイヤだ。どんだけ人に仕事させる気だあの悪魔。

……常々リボーンにそこはかとなく好かれていない気はしていたが、人の姉をもらうことになった瞬間に掌返しやがって、次のボンゴレのドンは家継だということはまったく無視してきやがった。
まあ、実際家継はみつばにもリボーンにも頭が上がらないのだけど。

「……ん? てか……ええっ!?」
なんか似たような状況に以前遭遇した覚えがあったが、あの時は悠斗だった。
幼馴染で同性。間違いの起こる余地はない。
しかし残念ながら今回ははずれ、いやあたり? ……落ち着け俺。

「な、……なにして、んの? 陽菜?」
ベッドの上で家継に抱きつこうとして失敗していた陽菜は、両手をマットレスについて真っ直ぐ家継を見ていた。
「陽菜……陽菜、十六になったんです」
「あ、うん……うん?」
先週誕生日を祝ったねそういえば。
そんなことを思いながら、ちょっとだけ距離をとった。いえ気分の問題です。

「や、やっと……産めるようになったから。こんなことでしか、陽菜、家継の役に立てないですけど」
ぼろぼろと泣き出した少女に何と言ったらいいかわからなくて、拒絶することも受け入れることもできなくて、家継はただ頭を撫でるしかできない。

「抱いてください、家継。陽菜は、家継の子供を産みたいんです。それしかできること、ないの!」
「んな――んなわけないだろ! 陽菜は俺の役に立ってる。ちゃんと――」
「イヤ!! 皆、皆、陽菜に優しいの! 雪加にいちゃんだけホントのこと言ってくれた!」
「…………」
雪加――彼は、容赦ない。
特に、認めた、親しい相手には、本当に。
「陽菜の代わりなんて何人もいるの!! 陽菜はイヤなの、陽菜にしかできないことで家継の役に立ちたいの!!」

泣き叫ぶ少女の指には、ボンゴレリングはない。
十代目やその伴侶や、彼女の両親の決定に、家継は異を唱えない。
彼女は戦闘には向いていない――だから……もう、割り切ったと。
いくべき道を見つけたと思っていたのに。

「俺は――」
言いかけてやめた。
本当に、この兄妹は……一心に慕われていることはわかっているのだけど。
懸命にその心へ返そうとしている傍から、さらにどんどん人の借金を増やすそうな真似をする。
「……陽菜。俺はお前が大事だ」
「そ、んなの」
「唯一無二の、俺の頭脳。俺のつくるボンゴレに欠かせない存在」

心で思っていることをいちいち口に出すのを、家継は不得手にしている。
そんな不器用なところだけ父親に似なくてもよかったのにと、母が苦笑したぐらいだ。
「俺はお前が大事だ。大事じゃないわけないだろう」
そういいながら抱きしめた陽菜の頭を撫で続ける。
「だから、そんな悲しいことを言うな」
「かな、しい……?」
「お前の身体しか価値がないとか、俺の子供を産む必要があるとか、そんなのは……嘘だ」

許せば、守護者にしてやりたかったと思っている。
だが十代目の統治は荒れた。
今は凪いでいる情勢でも、きっと家継が継げばまた荒れる。
だから非力な者を守護者にするわけにはいかなかった。
もちろん、守護者を決めるのは家継の仕事だ。決定打を放つのは彼の言葉だ。
しかし――否、だからこそ。

「守護者にならなくったって、俺の唯一無二だ」
「それ――は、でも、ヤなの」
腕の中の少女は泣く。
「家継はみんなに優しい……だからそう言う。でも、陽菜はヤなの」
溜息をついて、言葉を捜した。
だけれどもう、彼女を説得できそうな言葉なんて残っていない。

諦めた。
優しく説得したって聞いてくれやしないだろう。
彼女も兄同様に――兄より、頑固だ。

だから呟く、酷い言葉を。
「……俺に抱かれたって、そんな女は他にもいるよ」
「っ!」
「悠斗が派手すぎてイマイチ見落とされてるみたいだけどな。付き合って寝た女も、どっちかだけだった女もいる……数を忘れる程度には」
ただ、長続きした覚えはない。
続いてせいぜい二月ぐらいか。
気がつけば――女の方が離れているというか悠斗にほれていたというか……あまり考えたくはないが。
「それでいいのか、陽菜。今まで俺に抱かれた女達と同じでいいのかよ?」

冷たい言葉に我ながら酷いと思う。
けれどこれは正しい選択だと、そうも思っている。
こんなところで陽菜を抱いて――それから? その先は?
ただでさえ「能力がないクセに親の七光りだ」と揶揄されている陽菜だ。
その立場をこれ以上悪化させるわけにもいかない。

「陽菜」
抱擁を解く。そして泣いている顔をじっと見つめた。
「俺の役に立ちたいなら、今のままでいいんだ」
「でも……」
「……いや、ほんと正直言わせてもらいますけど」
上目に見上げてくる陽菜に、家継は本音を言った。

「……俺の身の回りの女性陣は異常にお強いものですから、正直、守ってあげられる陽菜は可愛いというかありがたいというか癒しっていうか……」

母親のつなはドン・ボンゴレ十代目。
その右腕のはやとは短気な爆弾魔。
その姉のビアンキは容赦ない毒料理の作り手。
雲の恭弥は恐怖の戦闘狂。
師匠のラル・ミルチはスパルタアルコバレーノ。
師のイーピンは岩をも楽勝で砕く殺し屋。
姉のみつばは計測メーターを軽くぶっちぎる人外。
妹の葵は性格が最高に冷酷でえげつない毒花。

……最後の以外、嫁の貰い手があったことに驚きだ。


「……いやほんと、俺としてはお前だけ」
あとはぎっりぎりセーフに祖母の奈々がいるけれども……ある意味最強な気もする。
「俺は――悠斗もそうだけど。お前は守りたい相手なんだ。蹂躙なんてしたくない」
だから抱けない。
そんな思いをこめて言うと、また泣きそうな顔になった陽菜に抱きつかれた。

「家継っ!」
「おう」
「大好きっ!」
「俺もだよ」
三つ下の少女はその言葉にそれはもう嬉しそうに笑った。


けれど家継は素直にそれを喜べない。
……大事なことを、ごまかした。



 

 


***
受難2.
なおそろそろ葵も動き出すので巻き込まれて大乱闘。