<家継の受難1>
「つーっかれったー」
溜息をついて部屋に崩れるように入って、電気もつけずにべったりと正面から崩れこむ。
成人をすぐ先に控えて、馬車馬のごときにこき使われていた。
まさか二十歳になった瞬間に継承なんてふざけた話はないだろうけど、近頃外に行く時は必ずボンゴレリングをくっつけられるのが不穏なカンジだ。
あの母はともかく、あの父がマフィアから離れて生活できるとも思えない。
ゆえに、ととっと隠居→ドッカに引っ込む なんて最悪のコンボはないだろう。
しかし気になるのは本日の父親のすてきに意味深な一言。
「そういやつなは十九でみつばを産んでたな」
いやいやいやお父さん。そういうあんたは結婚したのが二十九でしょうが!
内心突っ込んだが、さすがに母親が笑顔で「そうだねえ、家継も早く可愛いお嫁さん見つけないとねえ」と言い、逃げた両親のかわりに監禁されてた夜鷹が「そもそもガールフレンドも皆無だしなあ」とか余計なことを言い放った。
……皆疲れている。そして意識せず余計なことを言いまくっているだけだ。
別に、先日ここ数ヶ月行方をくらませていたみつばがついに、
「やった! 既成事実作ってきたわ!! だからリボーンにお嫁に行きますママン!」
とかガッツポーズで屋敷に殴りこんできたことは関係ないだろう。
……たぶん。
なおそのみつばに母親が何かを返す前に、父親が冷めた声で突っ込んでいた。
「嫁は認めん。婿にとれ」
ソレにたいするみつばの返事は。
「はぁーい☆」
……リボーンの意思は爽やかに無視されてるけどいいんだろうか。
突っ込みたかったがやめておいた。
機嫌のいい彼女を怒らせると怖い。
「ん……なに、って……うそおおっ!?」
思わず声をあげてのけぞる。
ベッドには先客がいた。思いっきり寝そべっている。
ついでに思いっきり人の腰あたりに抱きついてきたので悲鳴を上げたのだ。
なんだこれ! ていうか誰だこれ!!
「っつーかなにやってやがんだ悠斗!!」
おもいっきり上かけを捲ると、そこには幼馴染が寝転がっていた。
暗くて見えにくいが、にいと笑ったのはわかる。
「な、悠斗」
「っつーかお前今日ドコ行ってたんだ!! 俺ぁ夜鷹と二人でなあ」
「今日は親父とショバ代回収」
そう言いながら悠斗は手を伸ばす。
家継の手を掴んで、引き倒す。
「悠斗」
「……なあ、家継」
片手で家継の両手を縛って、膝で家継の膝を押さえて。
体重をかけられて、家継は眉をひそめる。
「悠斗、どうした?」
ゆっくりと彼の顔が降りてきて、熱っぽい息は顔にかかった。
そこで漸く、超直感が発動する。
てか遅い。遅すぎる。
「ちょ、ま、まて悠斗! 俺にそっちの趣味はない!」
「あ、やっぱり?」
のんびりした声が返ってきて溜息をついた。悪ふざけか。
しかし手の拘束は緩まない。
「悠斗……」
「じゃあ家継が挿れてもいいんだぜ?」
「いやいやいや」
本気をだせばたぶん悠斗を振り払えるはずだ。
明日になってからじっくり理由を聞けばいい、たぶん。
だが超直感はこのままでいることを示唆する――発動が遅かった言い訳じゃないだろうな?
とりあえず真っ直ぐ悠斗を見上げた。それから尋ねる。
「悠斗、どうした?」
「どうもこーも。俺、いつも言ってたじゃん? 俺の一番は、家継なのなー」
にこりと笑って。
愛しそうに家継の髪に触れる。
「別に親がどうとか、俺の立場がどうとかじゃなくてな」
「や――やめろよ、悠斗」
力のない声で呟くしかできない。
悠斗の目は本気だ。彼がこうなったらもう――家継の言葉では止められない。
彼は止まってくれない。
「やめない。俺が男も女も相手にしてたのは、何のためだと思ってるんだ?」
「ゆ、うと」
「これは愛情なんかじゃない。情欲でもない……ただ、お前が欲しい」
「……それは、情欲だろがっ」
何とか言い返すと、そんなんじゃないと否定される。
悠斗は開いた方の手で家継の唇をなぞった。
「情欲つったら抱かせてくれるのか? 抱いてもいいけど」
「何でそんな二元論なんだよ! いいからどけ」
「ヤだ」
「……悠斗」
溜息をつくと、手首をひねる。
押さえつけられるかと思ったがあっさり両手は解放された。
「ったく、手ぇかかる右腕だよお前は」
手を伸ばして、頬に触れる。
家継の上に乗っていた悠斗は、泣いてなんかいなかったけど。
「どうした。ちゃんと話してみろよ? 人肌が恋しいわけじゃないだろ?」
伸ばした手をつかまれる。そして悠斗から離される。
その手を引っ張って、無理矢理に手の甲に口付けた。
「……家継」
かすれた声で名前を呼ばれ、家継は小さく笑った。
何のことはない。不安定なだけなのだ。
「お前は俺の右腕だよ。一生」
「家継っ」
どさりと上から抱きつかれて、うめき声を上げたがこの親友は容赦しない。
さらには首まで締め付けてくる勢いで正直「殺す気ですか?」と聞きたい。
むしろそろそろ意識が……まさしく殺る気ですよね?
「家継、家継、家継」
「どーした、いったい」
なだめるように背中をたたくと、いい加減人の上に乗っているそいつを横に投げ出す。
体格は確かに家継のほうがいいが、180cmを越えている男にしがみつかれるとさすがに、キツい。
「俺、結婚なんかしないからな」
「……見合い話でもきたか」
「いや、一名ヘマった」
「うぉおおおい」
もはや脱力して突っ込むしかない。
ヘマッたら責任を取れあんぽんたん。
「観念したらどうだ」
「無理。そいつガッティのボスの姪だからなー」
「…………おま、ちょ、俺から離れろ。そして歯ぁくいしばれ」
思わず上半身を起こして、家継は座った目で命令した。
悠斗のモラルの低さは重々承知していたし、そこらへんの女に手当たり次第に手を出していたのも知っている。
まあ出される女も女だが。
しかしガッティって。
あそこは敵対勢力のファミリーだぞ!? 殴りこみの理由与えるとかアホだろ!
「バカだろ!!」
「……殴んなよ」
溜息をつかれて、漸く家継は電気をつける気になった。
幸い、近くにリモコンがあったのでそれで電気をつけ、
「……どうしたその顔」
気がつかなかったが片頬が見事にはれ上がっている。お見事すぎるほど。
真青になったのは内出血だろう、イケメンのカケラも残ってない。
「ど、どうしたんだ!? なんだこれ、すぐに手当てしないと……」
「いい。ぜってー誰もしねーだろ」
「だ、だけどお前……」
そこまで言いかけて息を呑んだ。
「武さんか?」
「ん。バレて殴られた。お袋似の俺殴ったことなんかないのになー」
確かに、悠斗が今までどんなヤンチャをやっても。
母であるはやとは毎度烈火のごとく怒り狂い、逆に父である武は万事を笑って流していた。
……まあ息子のことを怒れないという事情があったにせよ、愛妻そっくりの顔立ちの息子に愛があったのも事実だろう。
そもそも近接戦闘スペシャリストの武の腕力はケタはずれだ。
そしてそれがほとんど素であるために、腕力に制限など効かない……だから彼は戦う時以外は、たとえそれがしつけでも、手を上げない。
「めっちゃはれてんぞ……歯は平気か」
「もともと差し歯んトコだから平気。でも顎の骨折れたかも」
「立てバカ!! 今すぐシャマルに連れてく!」
むずがって立ち上がろうとしない悠斗の後頭部を思いっきり殴りつけて、家継は叫んだ。
「俺が嫌なんだよ!! お前後遺症ちょっとでも残してみろ、今すぐ守護者の座剥奪してやるからな!!」
それはいやなのなーとのんびりと返して、悠斗は引っ張り上げようとする家継の肩に腕を回した。
***
そういう意味でも一番だったらしい。
ちなみに「ヘマ」は妊娠させてしまったという事ではないそうです。