隣の兄がくるくると銃をまわす。
横で構えた幼馴染は刀を斜めに構えた。
「突入用意完了」
弟は無表情でそう告げた。
「開始」
彼らのリーダーは静かにそう言って、安全装置を外す音が廊下に響いた。
<次世代のヤンチャ>
些細な交渉のはずだった。
それになんでかボンゴレトップの守護者が向かったのかは不明だ。
けれども実力的にも問題がないはずだった。
交渉力的にも問題がない。
「・・・もう一度言ってください、クローム」
眠気を堪えつつ書類をさばいていたつなにもたらされた報告はショックの上をいった。
「骸様が敵ファミリーに捕らわれたようです」
「・・・・・・クローム、それ、他の誰かに言った?」
「はい、恭弥様に」
「・・・・・・・うん、で、ヒバリさんはどーしたの?」
もう俺は何を聞いても怒らない、動じない、キニシナイ。
必死でそう念じながら次の言葉を促した。
「恭弥様も捕まってしまったらしいです」
「・・・・・・・・・わかった。はやと」
「はい、十代目」
「悠斗と雪加と夜鷹にGOサインを。イチオウはやとの許可も必要か」
山本は出すだろうし、と呟いたつなにわかりましたとお辞儀をして、はやとは携帯を取り出すと履歴から呼び出した。
「そう、許可が出た・・・ってああ゛!? もう現場付近にいる!? ちょっと、おい、ええ!? こら、悠斗、まてっ・・・・・・すみません、十代目」
怒鳴りながら電話を切ったはやとは困ったような顔で言った。
「なに、これ以上なにかまずいの」
まずくなりうるのか。
一番物事を厄介にする人間とすればあとはあの極悪家庭教師ぐらいしかいないぞ。
「その・・・家継が・・・」
「あんのおおばかぁああ!!!!!!」
バシンと机をたたいてつなは立ち上がった。
だが、どうしようもないというか今からは何もできない。
無理だ。
悠斗と雪加だけでも十分だろうにうっかり夜鷹まで送り込んでしまい、さらに家継まで入れてしまったとすれば。
「はやと・・・なんだって彼ら現場近くへ行けたのかな。あそこ、ぶっちゃけ、アメリカだよね!?」
「おそらく・・・その・・・」
「・・・・・・山本を捕獲、引っ張って来い」
「・・・すみません・・・」
屋敷では母親が頭を抱えているとは知らず、というか知っているけど頭から追い出しておくことにして、ボンゴレ十一代目候補筆頭、ラファエーレ・家継は拳銃を構えて廊下を疾走していた。
切り込み隊長は厳選なるジャンケンの結果、悠斗が勝ち取っていた。
同じく切り込み隊長をしたがった雪加は不本意そうな顔で二番手につけている。
「夜鷹、もう一発頼む」
「・・・僕は君に死ねと念じたぜ」
「遠慮なく念じてくれ」
この一家やっぱ苦手だ、と呟いて夜鷹は手にした武器を床につける。
波紋めいたものが広がって、廊下がおぼろに歪む。
不可視の霧の中、四人の少年は進んでいた。
指示を出すのはこの中で最年少の家継だ。
「居場所はわかるか」
「マーモンなり葵なりつれてくるべきだったなー」
葵はさすがに母さんに殺されるよ、と家綱は遠い目で呟く。
マーモンならいいかもしれないけれど、しまった父さんに頼んでくるんだったー。
頭を抱えた家綱に苦笑して、雪加は彼の肩を叩く。
「とりあえず奥に行こう」
「雪加ぁ、勝算あるの?」
「うーん」
最年長の雪加は母親譲りの綺麗な顔で綺麗な笑顔を見せた。
「ないな」
「「おい」」
思わず突っ込んだ家継と夜鷹だが、まあなんとかなるだろーとの悠斗の言葉にもずっこける。
「多分二人は俺たちが来ることを見越して、なんらかのしるしか合図をだな」
「・・・いや、それはどうだろう」
「うん、母さんならともかく親父だしな・・・」
子供二名があっさりと否定し、あっれー? と悠斗は苦笑した。
「むしろ合図としては・・・あ」
廊下の向こうから黄色い物質が飛んできた。
ぽふぽふと飛びながら、最終的には雪加の頭の上に着地する。
「セッカー」
「ヒバード!」
黄色い鳥を捕まえて、手に乗せた状態で四人で囲む。
「よしきたヒバード、二人のところへ案内してくれ」
「パス ワー ドー」
口を開いたヒバードはずいぶんとひどいことを言ってくれた。
すぐさま兄弟がヒバードを前に、ごにょごにょと意味不明な言葉を呟いている。
きょうやあいしています とか かみころすよ とかつまるところ両親の口癖らしき言葉ばっかりだ。
たまに聞くにたえないものもあったが。
「パス ワー・・・ドー・・・?」
いけない、と雪加が眉をひそめる。
「ヒバードは長期記憶はあんまりできないんだ。鳥頭だからね」
しゃれになってない。
「このままパスワードの存在を忘れて案内してくれればいいんだけど・・・夜鷹、思いつかない?」
さあ、と肩をすくめて夜鷹はヒバードをこしょこしょと指で撫でている。
もうパスワード発掘を諦めたらしい。
「じゃあ、切り札しかないね」
「げ」
ため息をついた雪加から夜鷹はずざざざと距離をとる。
意味がわからないという表情の家継と悠斗の前で、指に止まらせたヒバードを見つめる。
そして彼は軽く息を吸い込んで。
「クフフフフフフ」
と、笑った。
「なんであれがパスワードなんだ!」
叫んで悠斗は刀を振るった。
「俺が知るかよ!」
拳銃の反動に耐えながら家継が怒鳴り返す。
「しかしアレなら俺らでもできたんじゃね?」
「いやいや、あのイントネーションとかいろいろ難しいんだよ」
そんなことマスターしたくねーよと最もなことを家継が言う。
まったく同意だった夜鷹は無言でこくこく頷いた。
「いたぞ、逃すな!」
怒声に家継が振り向く。
「夜鷹」
「またか」
「いっちょ派手に頼むぜ」
「・・・お前らなんか嫌いだ」
呟いて夜鷹は矛を振り上げる。
大揺れして火山が大爆発な感じになっている後方を振り返らずに、四人はダッシュをかけていた。
「やっぱり夜鷹は幻覚の才能あるよね!」
「うるさい黙れ兄貴!」
「痺れるほどの才能を感じるぜ」
「・・・しゃべるな、言うな」
首を振った夜鷹はボンゴレファミリー内では屈指の幻術者でもある。
ただ彼は日頃そのスキルを嫌がって使わないため、あまり知られていない事実なだけだ。
「もったいないなあ、葵なんか知らないんだろ、夜鷹が幻術使うの」
「言うなよ!? マーモンに知られたら僕は死ぬ」
今まで死ぬ気で隠し通してきたのだ、バレたらたまらない。
「んなことより、家継! いい加減マジメに戦ってくれよ」
「ううーん、だって俺、地味じゃない?」
父さんや母さんみたいに焔を派手にどばーんとかがよかったなあ。
そんなことをほざいて家継は拳銃をしまうと胸ポケットから万年筆を取り出した。
きゅっとキャップを外し、ペンをくるっと手の中で一回転させる。
刹那、灯った焔が彼のペンを燃え上がらせた。
燃え上がる焔の色は橙。
瞳の色が淡くなり、もともと切れ長の目が凄みを増す。
離れているはずの敵に切裂き跡を残しながら、家継は足の踏み込みを強める。
「ヒバード、俺についてきて」
「イエツグ イエツグ ムックロ ヒッバリー クフフフフ」
なんかもう言っていることがカオスすぎた。
それから目をそらして、雪加も無言でその手を夜鷹へ伸ばす。
「フルにしといた」
「サンキュ、愛してる」
「気持ち悪」
ちゅっ、と渡された銃砲にキスして言えばその反応だ、酷い弟だ。
口先だけで嘆きながら、雪加は受け取った夜鷹の銃と自分の銃と二つを構えて足に力をこめる。
もともと夜鷹の銃は雪加の銃だ。
カスタマイズも雪加用にしてあるし、手入れをするのも雪加だ。
父親から譲られた武器を使うのを嫌がる夜鷹に貸し出しているだけなのだ。
「くっそ、早いよ家継」
焔を噴射して進む家継に追いつくのは難しい。
仕方なくヴェルデが開発してくれた特殊な靴底の仕掛けを発動させる。
加減が難しいが、コレなら何とかついていくことが可能だろう。
「家継っ、あと五分」
「十分ッ!」
叫び返すと、家継が一気に加速する。
腕時計の残り時間を睨みながら、雪加は廊下を疾走する。
途中に現れる障害物(と認識)を殴り倒し蹴り倒し、ヒバードが飛ぶ後を必死に追いかけた。
空港には珍しい迎えがいた。
「オカエリナサイ、ヒバリさん、骸」
「や、やあ、つな君」
引きつった笑みを浮かべた骸の前でつなはにーっこりと麗しく笑う。
「で、ナンなんですか今回は」
「いやっ・・・その、べ、別にわざとじゃないんですよ?」
「一人で抜けてこれたでしょ」
ばっさりと切られて、そんなことありませんでしたよ! と骸は頑張る。
「恭弥が来てくれなければどうなっていたことか」
「そう、そこなんですヒバリさん」
オカシクないですか? とボンゴレ十代目は黒のパンツルックのスーツに身を固めた雲雀を見上げて、どんぐり目をくるくる回した。
「俺はあなたを知っている」
「そう」
「あなたが! あの程度の規模に一人で突っ込んで! 捕まるってことがありえないんですよ!」
学生時代だって十分あなたで対処できた相手じゃないですか!
それより強くなってる今なら十分ありえないんです!
絶叫したつなに、雲雀は肩をすくめる。
「僕も年をとるわけ」
「うそだー! ヒバリさんに限ってそんなことないー!!」
「ちょっと落ち着けよ母さん」
周囲の注目を浴びてるよ、と自分よりすでに背の高い息子に諭されて、つなはその目をすうっと細めた。
「ラファエーレ・家継」
「は、はひ」
いつもは暖かい瞳が冷たい色をしている。
琥珀色の目は吸い込まれそうに魅力的だが、逆にとぉっても恐ろしい。
イタリアはおろか世界でも怖いものはないと豪語する父親ですら恐れる目だ。
「君、勝手になにしくさってるの」
「いや・・・だって、あの二人のピンチで、あいつらが行くなら」
「家継。君は自分が何者かを理解し「なかったのはつなもだろー?」
後ろから響いたのーてんきな声に、つなの視線がそちらへ向く。
「そうだった、元凶はお前だったよ山本・・・」
「お前だって勝手に抜け出し勝手にやりたい放題だっただろー?」
「・・・う」
過去のことを言われると弱いつなは顔を引きつらせてから、わざとらしく咳払いをする。
目を一度閉じて次に開けると、もういつもの母親だった。
「ま、今回は無事に済んだから。次は俺に言うこと、いいね」
「はい」
息子の返事ににこりと笑って、両腕を伸ばして彼を抱きしめる。
というか体格的に抱きつく・・・ようにもみえる。
「無事でよかった、家継」
「心配かけてごめん、母さん」
「ほんとだよ、あの破壊魔兄弟が行くってった時は納得できたけど、お前が行くなんて」
その破壊魔兄弟はなんだか少し疲れた顔をしている。
「だってあの二人に悠斗を行かせたらアジトが壊滅するから」
むしろ内部崩壊、物理的に。
「・・・たしかに。うん、グッジョブ家継」
遠い目になって頷いたつなは家継の抱擁を解くと、ぱしぱしと肩を叩く。
「悠斗と山本は覚悟しておいたほうがいいよ、はやとが怒ってたから」
「「う」」
見事に声をそろえた二名は、顔を突き合わせてひそひそ話し合い始めた。
「親父、頼む」
「ばかゆーな、父さんだって母さんに怒られるのは嫌なんだ」
「俺だってヤだよ、かーさん怒ると綺麗怖えーもん」
「父さんだってイヤだっていって」
「二人とも、覚悟しておきなさい」
「「はい・・・」」
項垂れた二名を捨て置いて、つなは雲雀の後ろに隠れている六道一家へ視線を向けた。
「で、そこの問題児カルテット」
「一まとめ!?」
夜鷹の抗議の声が聞こえたが、つなの一睨みでおとなしくなった。
「飛行機代は天引き。あと骸はボーナスカット」
「ひどいですつな君!」
「なら一家でただ働きしてもらう」
「う」
それは・・・とちらっと骸が雲雀へ視線を向け、雲雀は溜息をついて腕を組んだ。
「わかったよ、飲んであげる」
「それと今回の戦闘についての報告書」
「当然」
どうせそれが目的だったくせに。
溜息をついたつなに、まあねと返して雲雀は自分の背後にいる三人の頭を順番にはたいてさっさと歩き出した。
慌てて荷物を持った骸が追いかける。
「おい悠斗、いつまでしゃがんでるんだよ」
「だってかーさんこえーもん・・・」
呟いた悠斗の襟首を引っ掴み、夜鷹が両親についていく。
はあと溜息をついた家綱が山本を見上げた。
「一緒に怒られてくれよ」
「ザンザスはいいけどはやとがなあ」
「でも感謝してる」
まかせとけって、と笑って山本は家綱の頭をぐしゃぐしゃなでた。
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意味不明だけど面白かったよ。