<おアツいのもほどほどに>




ザンザスとつなは、ボンゴレ外部の人間だって知っているくらい仲のいい夫婦だ。
もちろんここの仲が悪かったらボンゴレに亀裂が入るし(なんたって十代目とヴァリアーボスなのだから)仲がいいのはよろしい事である。
二人揃って結婚指輪は外さないし、執務室にはそれぞれの写真が入っているし(家族写真はまた別)ザンザスのパソコンの待ち受けはつなだし(つなは守護者の集合写真)、つなは手帳にザンザスの写真が挟まっている。
それは別にいいのだ。息子としては温かく見守れる。

(けどこれは……!! これはきついですお父様お母様!!)
頭を抱えたくなりながらパソコンに向かいつつ、家継は内心絶叫していた。
いや口には出せない怖いし。

リビングの大型テレビに映し出されているのは、今より二十ばかり若いザンザスの姿だ。
グレーのモーニングコートが凶悪にまでに似合っている。息子の目から見てもかっこよかった。いや彼は何を着てもだいたい似合うと思うが。

いや、なんだって両親の結婚式を見なくちゃいけないのだ。
見るのはいい、それは二人だけの時にしてくれ。
自分が明日までのレポート書いてるときにしないでくれ!
「わあ、パパンかっこいいわね」
「でしょ? パパンはねー、このあとの披露宴でもフロックコートってのも着たんだけど、それもすっごいすんごいものすっごい似合ってたんだよ!」
「知ってるー、写真でみたもの。ママンのドレスも素敵。葵もあんなの着たいなー」
「葵はまだ早ぇだろ。静かにしてろ、はじまんぞ」
いや始まらなくていいから! と突っ伏した家継はこの場にいないみつばを羨ましく思った。
逃げただろあんた。確実に。


そんな家継の心も知らず、曲が響きだす。
古風でこじんまりとした教会のヴァージンロードを真っ白なウエディングドレスが歩いてくる。
その手を引いているのは、古きデザインのスーツに身を包んだキャバッローネボス、ディーノだ。ステンドグラスごしに差し込む光にきらめく姿が麗しい。
……なんでも、つなの父親の家光は、諸事情でぎっくりごしになって歩けなかったらしい。よく見ると画面の端に……極力映さないようにしている。
周囲で拍手しているのは知っている面々だ。約一名映っていないバジルはカメラ係になっているのだろう。

拍手の中、つながヴァージンロードを歩き終え――
ようとした瞬間に、最後の最後の瞬間に、ディーノの足がもつれ、腕を組んでいたつなもろとも転びかける。
思わず場が凍ったが、コケかけたつなは無事にザンザスに受け止められていた。
もちろん、ディーノはコケた。

ザンザスが何か呟くと、つなが軽く動いた。笑ったのだと思う。
そんな画面の中の二人は、神父の前にたった。
(てっきりヴァージンロードはリボーンかと思ったのに)
とかふと思って、参列席に座っている彼が見えて、反省する。
式があったのはいまから十八年前だ。……身長的に無理ですね。
「あ、ほら、あそこで交換してるのがこれだからね」
「ママン黙ってて! 誓いのシーンだから!」
葵が身を乗り出す。そんなの真剣に聞いてどうするんだ。

ちなみに式は日本語で日本式で進行していた。その場にいる全員が日本語を話せるからだろう。
なにやらかにやらイタリア式(白無垢を着たのはだいぶ後のことらしい。結婚式ではどうしても着れなかったそうだ)で押したのもあって、式ぐらいは日本式でとの九代目の気遣いだったのか。
なおイタリアでは誓いの言葉は日本のものとは少し違う。だからそうなるのかとのほほんと見ていた家継はいきなりボディーブローを食らった気がした。

口を開いたのはザンザスは、途中からとんでもない方向へ誓った。
『私ザンザスは、つなを生涯妻とし、幸福を分かち合い辛苦をともに乗り越え、また彼女へ終生の献身と忠義と、我が力と命をささげることを、誓います』
「そこまで!?」
思わず突っ込んだ家継は家族全員に無視された。
しかし続いたつなもすごかった。
『私つなは、ザンザスを生涯夫とし、幸福を分かち合い辛苦をともに乗り越え、また彼への終生の信頼をいき、我が力でもってその命を預かることを、誓います』
小さいけれど、よく聞こえるつなの声が響いた。


新郎新婦の誓いなのか、これは。
いや、違う、二人はボンゴレとしても誓い合っている。何のために。
「……こんなの」
こんなのきっと、結婚式じゃない。
なんだか、ひどく、泣きたくなった。

そんな家継はともかく、映像は進み、二人は指輪を交換する。
「キャー!」
葵の甲高い悲鳴をバックに、ザンザスがつなのベールを持ち上げた。
「キャー! キャー!」
軽く触れるだけのキスをかわして、映像が止まる。
「もーいっかい♪」
映像を戻して、葵はもう一度キスシーンだけ見直す。
もういいよ、そこはいいよ。
なんだか違う意味で泣きたい。

続いては何やら署名を始めた。これは公的に収められる記録だろう。
しかしマフィアの彼らの記録を納めてくれるところがあるのかはわからない。
まあたぶんどこかにあるのだろう。案外どこでも大丈夫かも。


一連の作業を終えて、二人はくるりを方向転換すると腕を組む。
一歩踏み出したつながまたもや転びかけ、上手くそれを止めたザンザスは花嫁を横抱きにした。

「キャー!」

葵がとうとう立ち上がって、手をぶんぶん振りまわす。
まあ興奮するのはわからなく……わかるか!!

「このあとガーデンパーティがあって、夜は披露宴だったな」
「あはは、披露宴の記憶はほとんどないよ。俺、挨拶しぱなしだったし」
ボンゴレはもちろん、ありとあらゆるマフィアが祝いに参上したはずの披露宴だ。
挨拶をしている間にパーティが終わってもおかしくはない。
「続きは?」
「続きは、明日。今日はもう寝なさい」
「えー」
口を尖らせた葵だったが、つなにね? といわれるとおとなしく立ち上がる。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみ」

両親のほっぺに軽く口づけをすると、葵はぱたぱたと部屋を出ていく。
そして、残ってしまった家継はちーともなんにも終わっていない白紙のレポート(になるはずだったファイル)を静かに消した。
「……オヤスミナサイ」
「「おやすみ」」
重ねて言われた親の言葉に、脱兎の勢いで部屋を出る。


いやだって。お邪魔虫だったし。うん。