【異常な愛で5のお題】
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1、洗脳>
「リボーン」
笑顔で名前を呼ぶ。
その名前の意味を知らない彼女は、屈託のない笑みで少年に手を伸ばす。
「どうしたのリボーン、行くんじゃないのか」
こっちに来いと手招きする、その白い手を黒く汚したのは誰と思っているのだろう。
ふわふわ生きるのは勝手だが、何も知らない笑顔で人の土俵に平気で入り込んで荒らしまわる。
それが気に入らない、ああ、気に入らない。
「リボーン!」
焦れたように名前を呼ぶ。
唇を尖らせて拗ねたような表情を作った。
「もう十分遅刻だぞ」
それに答えず苛立って銃口を彼女の額に向けた。
まっすぐに、向けた。
引き金に指をかける。
安全装置なんてはなからない。
だからこれを引けば。
これを引けば彼女は死ぬ。
そんなカンタンな動作だけでアッサリ死ぬ。
十代目ボンゴレが――デチーモが、大空が死ぬ。
「リボーン」
静かに名前を呼ばれる。
どうしたのかと問いかけるような目で彼女は殺し屋を見下ろす。
その目には動揺も恐怖もない。
超直感か、いや殺意は確かにあるはずなのに。
心を読め、何を考えている?
「オレ、信じてるもん」
ふわりと少女の笑いを見せる。
その手は怖気づくことなく殺し屋の銃を持つ手に添えられた。
「リボーンのこと信じてるから」
「……当然だぞ」
くるりと指先で銃を回してしまう。
さっきと同じ笑顔のつなが、リボーンへ手を差し伸べた。
「ほら、行くんだろリボーン」
残っているのは、撃たれない確信か。
それとも、撃てない確信か。
「ああ、とびっきりのとこに連れてってやるぞ」
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2、君を閉じ込める>
嫌な予感が背筋を駆け抜けた。
今更発動したって遅いんだこのばか直感。
自身の血を罵倒して、つなは右手を壁に沿わせる。
じゃらりと重い手錠の音が嫌でも現状を認識させる。
足首には枷、手には手錠。
幸いにも手の手錠はどこにもつながってなんかいなかったけれど、その重い鎖は細いつなの腕を封じるには十分だった。
もともと平均女子を遥かに優る腕力がついているわけではない。
死ぬ気の炎がなければ、つなはごく普通の日本人女性だ。
当然グローブは体のどこにもなかった。
「……そこに、いるんだろ?」
震えた声で呼びかける。
この闇のどこかにいる存在に。
「なんでこんなこと、するんだよ」
泣きの入った声になるのは許してほしい。
だって怖い。
それよりずっと悲しい。
こんなことになってしまったのが苦しい。
「答えろよ!」
暗闇はつなの涙だけ吸収した。
ぐわんぐわん跳ね返る声の洪水の真ん中にいた闇より漆黒の男へ叫ぶ。
「リボーン!!」
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3、紳士的誘惑法>
肩を震わせ泣く女の横に静かに立った。
気配はあえて少し匂わせて、けれど消耗した彼女にはわからないかもしれない。
しかし確かに反応はあった、その顔がゆっくり動いて闇を見る。
「リ、ボーン……」
「すっげー顔だな、つな」
軽口を叩いて、隣に腰をおろす。
手錠と足枷ですれた皮膚から血が落ちていた。
無造作に手を伸ばして、女の細い腕を掴む。
わずかな抵抗などないも同じで、引き寄せてその指先を口に含んだ。
わずかに感じる鉄の味、それを頼りに肌を舐め進み擦り切れた手首にはいたわりのキスをする。
「や、やめろ!」
「何でだ」
「や、やめてくれ! なん、なんでこんなことするんだよ! 皆心配させてるし、みつばも家継もザンザスも、はや――あぐう゛っ!」
傷口に歯を立てられて、つなはくぐもった悲鳴をあげて痛みに新たな涙をにじませる。
黒曜石の目を剣呑に光らせて、リボーンはまたねっとりと舌をつなの指に這わせる。
暗くて見えない、けれどそれをされているのは理解できている。
指先から、甘皮、指の腹、関節、付け根。
クチュと濡れた音を立てて指全部を舌技で弄ばれる。
「りぼーん、も、やだ、やめ、なんで」
「何でと聞くか」
暗闇でくつくつと少年は笑った。
愉快でたまらないといいげな笑いで。
「わかんねーてめーもいい加減罪だなつな。わかんねーフリでもしてんのか? なら無駄だからやめろ」
「どういう、い、みっ」
カチという音と共に明かりがついた。
まぶしいそれに目をつぶり、つなは体を縮こまらせる。
すっと頬に手が添えられて、少年らしい細い指がぐいと彼女の顔を動かした。
「――〜っ!!」
衝撃に思わず背中が反る。
ついで襲ってきたのはショック、それとパニック。
頭が処理できなくなっていたけれど、相手はそうではないようで、遠慮なくその舌を突っ込んできては舐めまわす。
歯茎の裏を舐められて、ビクンと体が跳ねたのを悟った。
「イイのかここが」
「ひゃ、め、てぇっ」
「わかんねーなら教えてやるよ、オレの生徒」
「やめ、て、りぼぉんっ!」
無意識で答えを理解しているのだろう。
聞きたくないと全身で泣き喚くつなを捕らえて、リボーンは甘く甘くその耳にささやいた。
「愛してるぜ」
「――いやぁあああああっっ!!」
それまで築いていた脆い幸せが壊れる音に、つなは目を見開いて絶叫した。
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4、捕獲成功>
柔らかい寝台へ力の抜けた体を運ぶ。
気が済むまで唇をむさぼった。
息が上がるほど全身を吸い尽くして、赤い華をあちこちに刻んだ。
それから柔らかい体を割って貫いた。
幾度も繰り返す間にずっと彼女の幻想を砕く言葉を言い続ける。
「愛している」「愛している」「愛している」
「初めて会ったときからずっとだ。気がついていたんだろうが」
うつろな目の彼女の唇を奪って指を重ねて、体重を柔らかくかけながら甘く毒すように囁き続ける。
恋焦がれて死ぬほど焦がれて手に入れたかった女。
彼女はボンゴレの十代目でヴァリアーのボスの恋人。
「九年間待ったんだぞ――愛してるぜ、つな」
「い、いやあ、いや、いや、いや……」
その言葉にだけ返される僅かな反応、それが全て否定。
まだ現実を受け入れない彼女にリボーンは苛立ちと愛しさと絶望とない交ぜになって笑いかけた。
それはさぞ恐ろしい顔だったのだろうけれど。
「お前もオレを愛してるだろ?」
それは狡猾な言葉。
否定できるはずがない、リボーンはつなの「家庭教師」で「誰より信頼する人」なのだから。
弱いお前を守ってやった。
戦い方も教えてやった。
辛い時はそばにいて、最適なアドバイスもしてやった。
迷った時は寄り添って、誤った時は正してやった。
もうお前はオレなしじゃ生きれない。
オレの手なしでは進めない。
二十三にもなってまだガキだろう? お前は。
「オレがいなきゃ、大事なファミリーを守れなかったんだぞ、つな」
「……やっ……いやぁ、やぁ……」
「十一代目も生まれた。もう十分だろう?」
お前の望みはファミリーを守ること。
オレはそれを叶えてやった。
「もう十分だろう、つな」
柔らかい髪の毛を掻き抱いて、涙も枯れた頬に優しく口付ける。
「お前は頑張った」
「……あ……あぅ」
「何も考えるな。もう十代目でなくていい。ボンゴレは未来永劫安泰だ」
枯れたはずの涙があふれる。
それが落ちる前にリボーンは優しく吸ってやる。
色のなかった瞳にぼんやりと輝きが戻ってくる。
それが回復しきる前に、酷く酷いことを微笑み言った。
「俺がお前に間違ったことなんか言ったか?」
「……ない」
「先生の言うことは信じられるな?」
「……うん」
「ずっとここにいろ、いいな?」
「…………うん」
伏せた睫の震える様に、胸の奥にあった黒い衝動が濁流となって吹き荒れた。
<5、Be crazy for me>
「リボーン、リボーン、リボーン」
繰り返し呼ばれて男は闇から姿を現す。
白い腕がすがるようにその黒衣に伸ばされた。
「どこにいたの、オレのそばにいてよ」
「悪いな、つな。ちょっと雑魚を片づけてきただけだ」
ぎゅうと上着を握り締めたつなは、リボーンの目を覗き込む。
その何も映さないような漆黒の瞳に、彼女は何を見ているのか。
「また血の臭いがする」
「嫌いか」
「嫌い」
頷いてリボーンはつなを抱き上げる。
長いドレスの裾が足首の枷を隠した。
「シャワーを浴びれば消えるだろ」
「……昨日も血の臭いがした」
「そうか」
「……オレをバカにするなよリボーン」
男の腕の中で彼女は呟く。
その瞳に、久しくない色が宿っていた。
「バカになんかしてねーぜ、オレの愛しい姫」
「いつまでもオレの足に枷をつけるのはなぜだ。オレのボンゴレを壊すのはなぜだ」
ひたりと、男は息をするのをやめた。
するりと、女は男の腕の中から抜け出る。
「約束だ、「先生」。オレは信じた。だから信じろ」
「……あいつらが、お前を奪いに」
呟いて血に汚れた部分を押さえた。
「オレはお前の物だ、そう約束した。永遠にお前の物でいる、だから」
「もう遅いぞ」
嗤ったリボーンは両手を広げる。
「今日オレが誰を殺ったと思ってる――それも、わかってるんだろう?」
「……まさか、ほんとう、に」
琥珀の目の色が揺らいだ。
足元の枷が重い音を立ててずれる。
「ああ。ザンザスと家継だ――と、みつばもいたな。それすらわかるとは、おかわいそうな血だな、本当に」
額に炎が燃えた。
だがそれは一瞬で、すぐに消えた。
薄茶の瞳で彼女はそこに立っていた。
それからやるせなく首を横に振った。
「……リボーン」
なんで、と静かにつなは尋ねた。
「なんで、オレを信じてくれなかったの」
訴える泣き虫へ銃口が向けられた。
もう引き返すつもりも許してもらうつもりもなかった。
「愛してるぜつな」
「……オレなりの愛だったよ、リボーン」
てめーさえいれば、オレの世界は成り立つんだ。
だから永劫離すものか、オレの生徒。
オレとともに地獄に落ちろ。
***
リボつなです!!(☆▽☆)