抱えられた腰がゆっくりとベッドにおろされた。
落ちてくるキスとささやかれる言葉に目尻を染める。
「ん……ザンザス」
男の背中に腕を回すと、柔らかく髪を撫でられて。
<過去への約束>
「…………ん!?」
うっとりと相手の頭をかき抱こうとして、つなは目を開けた。
一瞬で頭が冷える。体を起こすとそこは部屋だ。
「え……え!?」
目を丸くした。思わず足を床に下ろす。
「うっそ……」
呟いたつなの傍らにはころんと予想通りのモノが転がっていた。
紫の……筒。大砲? いやバズーカか。
「まいったなあ……」
久しぶりの夜だったのに。
口を尖らせてつなはとりあえず上にかかっている布団をはだける。
まあ服を脱ぐ前じゃなくてよかった、と思いながら溜息を吐いた。
バズーカで飛ばされたなら五分で戻るだろう。
窓の外を見いきなり困った。時間は思いっきり夜だ。
ギャピーというランボの叫びが階下で聞こえる。
……たぶんふぅ太が何とかしてくれるだろう。
関わらないことに決めて、つなはもう一度ベッドに腰をおろす。
「どうした!?」
焦ったような声と共に部屋の扉が開かれる。
黒の制服を着て、前髪が目深に降りている。
彼を見上げて、つなは微笑む。
「ザンザス」
「……つな……ん?」
違和感に気がついたのか、部屋に入って来たザンザスが眉をしかめる。
それに笑って、つなは両腕を伸ばして男に抱き上げてと無言でせがむ。
傍に来たザンザスはまじまじとつなを見てから、眉を上げた。
「……どういうことだ」
「ザンザス」
近寄ってはきたが触れてくれない男に焦れて、つなは自ら立ち上がると彼の首に抱きつく。
びくとザンザスの体が震えたが、気にしないことにして首に顔を埋めた。
「ん〜、ザンザスー」
「……つ……つな」
ぐいと引き離されてベッドの上に置かれる。
つなは唇を尖らせた。
「なんだよもー。いーじゃんベツに」
「いや……お前、十年後の?」
ザンザスは隣に座ってもこない。
つながフイとそっぽを向くと、諦めたように溜息をつき、隣に腰を下ろす。
少し気分が浮上したので、ついでに相手の腕に自分の腕を絡める。
「うん、そーだよ」
「……バズーカか」
「そ。……ザンザス?」
目を逸らしている彼に腹が立って、手を伸ばして髪を引っ張った。
「った」
「ちゃんと俺を見てよ」
ザンザスの視線がゆっくりつなに向けられる。
同じ赤い目。ずっと同じ目だ。
「ね、綺麗になった?」
ザンザスは少しだけ唇を吊り上げた。
「……ああ、かなりな」
「ホント?」
嬉しい。自分ではどれだけ変わったのかちっともわかりやしないのだけど。
嬉しいついでに思いっきりザンザスに抱きついた。
つなを受け止めたザンザスは上半身のバランスを崩す。
図らずも押し倒す格好になったので、つなはにっこりと笑った。
「ザンザス」
「つな……はなれ」
「ヤだ」
困ったような顔のザンザスにつなは唇を尖らせる。
「俺せーっかく積まれた仕事片づけて頑張って休暇とったら、ザンザス仕事で出かけてて、戻って来たのもう夜でやっと抱いてもらえるトコだったんだから!」
「ブッ」
ザンザスが噴き出した。
そんなに面白いことを言った自覚がないつなは、自分の下に押し倒されているザンザスの服に指を這わす。
脱がし方はわかってる。
「そういえば俺達今、同い年だね」
十違う彼と同じ年になれるのは、こんな偶然の産物だったとは。
とっとと脱がした服を脇に投げ捨て、つなはザンザスの頬を包む。
「つな……お前」
「俺は楽しみにしてたの!」
「いや、俺は」
「いいじゃん!!」
よくねえ、と言い掛けたザンザスの唇を塞いで、勝手に歯を割って舌を入れて好きにした。
いつもはザンザスがしてくることだったけれど、こっちのザンザスは驚いているのか動かない。
「ね、ザンザス」
とっとと下もはだける。伊達にいい奥さんはやっていない。たぶん。
ファスナーの固いヴァリアー隊服がもどかしい。
もっと脱ぎやすいのにしろよっていつも思う。
何とか手をもぐりこませる隙間を開けた。
中に指先を入れようとした時、がしりと手首をつかまれる。
「む、なに」
「……やめろ」
「なんで」
「つな」
眉を寄せたザンザスに言われて、つなは渋々手をどけた。
はあ、と溜息を吐かれる。
「そ、そんなにヤだった?」
怒らせたか困らせたかしてしまったようだ。
つなは急に不安になって慌ててザンザスの上からどいた。
「ご、ごめんザンザス。俺……そんなつもりじゃ」
のそりとザンザス上半身を起こしたので床に落とした服を慌てて差し出した。
「ごめん……」
項垂れたつなの髪をザンザスがつまんで口付ける。
「……綺麗になったな、つな」
「っ」
口付けた髪をはらりと落として、ザンザスは項垂れたつなの顎をつまんで持ち上げると、優しく唇にキスをした。
「んー……ん」
「上手くやっているのか」
「たぶん」
「たぶんとはなんだ。たぶんとは。……俺ともちゃんとやってるんだろうな」
引き寄せられて、つなはザンザスの体にしがみつく。
はだけられたままの胸に顔を擦りつけた。
「ザンザス」
「なんだ」
柔らかく髪を乱されて、つなはゆっくりと男の胸をなでる。
「ちゃんと俺を奥さんにしてね」
「……ああ」
「俺、ずっとザンザスのこと好きだから」
「……」
「愛してるよ、俺の旦那さん」
笑ってつなはザンザスの唇に触れるだけのキスをして。
次の瞬間、世界がホワイトアウトした。
「ざーんざっす♪」
目の前に現れた彼に抱きつく。背中に回した手が傷跡に触れた。
少しだけ顔の傷の色は薄くなったけれど、彼の体の傷は増えていくのだろう。
「……やっと戻ったか」
「え、なに? 十年前のオレは気に入らなかった?」
「ガキだからな」
ぼそりと呟かれて、腰に腕を回される。
くすぐったくて小さく笑って、頬に手を当てる。
「ザンザスがね。綺麗になったって言ってくれたよ」
「な……」
「ねね、俺、綺麗になった?」
顔を覗き込むと表情を浮かべないまま目だけで笑った。
***
ベタ甘でもいいんじゃないかな。
ザンつなはベタ甘でザンツナはちょい辛でどっちも美味しい。
しかし違うのはつなの態度のみという事実。
ぼわんという煙の中から現れた少女の頬に軽く触れる。
顔を真っ赤にしていたつなは、ザンザスの仕草に戸惑うような顔をしつつも、へにゃりと目尻を下げる。
「ざ、ザンザス」
「災難だったな」
本当に災難だったのはザンザスの方だったが、あのことは生涯言うまいと心に誓った。
まさかつなに上に乗られてひん剥かれるとは。想定外すぎる。
五分で戻る仕様で助かった。
心底そう思いつつ真っ赤な顔のつなに胸がざわめく。
「どうした……何かされたのか」
先ほどの十年後つなの言葉からして、十年後にとんだつなと一緒にいたのはザンザスのはずだ。
自分自身ならば無体なことはしないはずだったが。
眉をしかめて彼女の頭をなでる。
「どうした、つな」
「だ、だって、ザンザスが」
途切れ途切れに言ったつなは、目元を潤ませて抱きついてきた。
「ね、ねえ、ザンザスは? ザンザスはここにきたオレに何してた?」
「な、なにって……」
押し倒されてひん剥かれてもう少しで危ないところだった。
とは言えぬ。
「ま、まあ適当にな」
「オレは抱いてほしいっていったのに、ザンザスに拒否られた……」
そりゃそうだろう。
自分グッジョブ。よく耐えた。
「ザンザス」
「……くだらねぇこと言ってないで、ととと寝ろ」
見上げてきた彼女に真正面から布団をぶつけて、ザンザスは立ち上がった。