<GIFT>
自分の腹を服の上からさすりつつじっと見つめているはやとに、山本は首を傾げた。
腹が痛いのかと思ったが、だとすればもう少し顔を顰めるなりしていそうだし、そういう事に関しては山本としては全く不本意だが悟らせないからたぶん違う。
もしかして太ったかと気にしているのだろうか。
そんな年頃の女子によくあるらしい(というのをつなに聞いた。体重の事を女性に尋ねるのは最大の禁忌のひとつらしい)事ならば可愛いと思う。
ついでにいうなら少々痩せすぎな感があるから、多少肉付きがよくなったところで気にするどころか喜ばしいのだけれど。
「少しふっくらしてる方が健康的でいいって」
「は?」
フォローのつもりで言ったのに、はやとは山本に物凄く変なものを見る目を向けた。
どうやらそれも理由ではないらしい。
「あれ、違うの?」
「なに言ってんだ……?」
「え、腹ずっとさすってっからさぁ、太ったかと気にしてるのかなーって」
「自分の体重のコントロールくらいできる」
「ダヨナー」
山本の言葉をばっさり切り捨てて、はやとは腹に当てたままだった右手を見下ろした。
そのままじっと黙っているはやとに訝しげににじり寄ると、ぱっと顔をあげられて視線が合う。
なぁ、と呟かれた声は消え入りそうだった。
不安そうな目は今までも何度も見てきたけれど、いつにも増して頼りなく見える。
思わず抱きしめたくなって手を伸ばす前に、はやとが。
「こども、ほしいか?」
……不甲斐ないとののしられる覚悟はある。
その時俺は、見事なまでに固まった。
「……で、なんでどうして俺のところにくるかなぁ?」
はぁぁぁぁぁ、と盛大に溜息を吐いて、つなはいきなり押しかけてきた友人を見やった。
その目が面倒そうな色を浮かべている自覚はあった、隠すつもりはない。
しかし仕事をやりながら済ませられる四方山話ではないので、滞る事覚悟で書類は脇に寄せておこう。
もちろん後で手伝わせるつもりだ。
山本はどうしたらいい、とすがりつくような視線を向けてくる。
どうしたらいいと聞かれても、こればっかりは本人達の問題であって、つなが干渉できる事ではないと思うのだけれど。
「その時はなんて答えたのさ」
「……なかった」
「は?」
「こたえれなかった」
もっと正確に言うならば、はやとに問いかけられた山本はたっぷり数秒どころか数分固まって、はやとの苦笑で話題を打ち切られた。
ただの冗談だから忘れてくれと言った時のはやとが一瞬泣きそうだったのを見過ごせなくて、だけどそこでほしいと言ってもはやとはきっと信じてくれなかったに違いない。
……寝て朝起きた時には普段通りに振る舞ってはいたけれど。
ぼそぼそと報告した山本に、つなは地を這うほど低い声で言った。
「……さ い あ く」
「…………」
額に手を当ててつなは天井を仰ぐ。
ちらと山本を窺えば、普段はしゃんと伸びている背中が前に少しかがんでいる。
落ち込んでいるのは見るからに分かったが、今回はそれに後悔やら困惑やらが混ざっているらしい。
「あのさぁ、山本は自分とはやとの子供ほしくないの?」
「ほしいにきまってんだろー!」
即答した山本に、最初から素直にそう言ってあげればよかったのにと溜息を禁じえない。
偏にそれができなかったのは、数年前のひと悶着があったからで。
それ以来色々と山本は態度を改めて(あれで改めていなかったら今頃山本はケシ炭になっている)、数年前には結婚もした。
……あの頃の山本にはそれこそ何度張り倒して氷付けにしてやろうかと思ったかしれない。
現に何回かやったし。
しかし当時を悔やんでいるのは本当らしかったし、今の山本がはやとをそれは大事にしていると知っていたから、あんまりつっけんどんにし続けるのも可哀相かもしれない。
……ああ、何年俺はこの二人の板ばさみになるんだろう。
まぁでも最初に口出しした時点で、最後まで面倒みる責任は負わないといけないか。
軽く息をついて、つなは机に肘をついて山本に視線を向ける。
「その質問、はやとが先に言い出したんだろ?」
「あ、あぁ」
「てことは、はやとはほしいと思ったんじゃないの?」
たぶん本当はもっと前から、ずっとほしかったんだと思う。
それを数年かけてようやく口にできるようになったって事だ。
あの時は山本本人にもつなにも言えずに一人で悩んで決断したというのに、それが山本に言えるようになったなら、それだけ山本の愛が通じた……と考えてもいいのかもしれない。
ぽかんとしている山本に、ああやっぱり蹴り倒したいなぁと思いながら極上の笑みを浮かべてつなは言う。
「子供がほしいなら本人にきちんと言え。女性に言わせておいて自分はだんまりとかナイから」
このままほっといても、二度とはやとからの話題は望めない。
ほしいなら言ってこい、そして実行してしまえ。
微妙に、というか過激なつなの激励に山本は神妙な顔で頷いて、サンキュな、と部屋を駆け出していった。
「……ああもう、ほんと世話がやける」
ドアくらい閉めてってよねー、とつなはぐったりと机に身を預けた。
ああ、むしょうにみつばの顔が見たいよ母さんは。
即日実行。
シャワーから出てきたはやとの髪を拭きながら、山本はさり気なく切り出した。
「はやとはさ、俺とはやとと、どっち似の子供がほしい?」
「……は、え」
きょとんとした声が聞こえたが、聞き返す暇を与えずに山本は喋り続ける。
振り向こうとする頭をタオル越しに押さえた。
正直恥ずかしくてたまらなくて、中断されると冗談だってとごまかしてしまいかねなかったから。
それは自分でも許せない。
ついでにそれやったら今度こそつなに殺される。
「俺はやっぱはやとに似てた方がいいなー、女の子ならぜってー可愛いし、男でも恰好いいだろきっと」
「な、」
「頭は絶対似てもらわねーと困るし。あ、でも運動神経なら俺だって負けねーから」
「やまもと」
「でもどっち似でもいーや。男でも女でも、なにがどっちに似たってさ。はやとと俺の子供なら、それだけで」
いいや。
たぶん自分の顔は今赤い。
だけどタオルの下の髪から覗く耳も同じくらい真っ赤で、掴まれた腕の温度は風呂上りだからにしても随分と熱かったから。
俯いてしまった体を後ろから抱きしめて、顕になった首筋に唇を落とした。
***
つなから山本への友情がバイオレンスな話。