沢田ラファエーレ家継は温厚な青年と評判である。
父親似の外見とは裏腹に、その性根は母親そっくりだ。
そんな彼が額に青筋を浮かべて腕組みをして仁王立ちになっていた。
彼の前に並んでいるのは彼の幼馴染達だ。
彼より年上の者も年下の者もいるが、区別なくその鋭い眼光で見やる。
そうしていると生来の厳つさが表にでて、まるで父親のようである。
日頃怒っているのを全く見ないだけに、余計に怖いかもしれない。
「釈明したい奴は手ぇあげろ」
低い低い声で呟かれたその言葉の背景には、じゃきと銃の装填音すら聞こえそうな迫力だった。
「「…………」」
十一代目候補筆頭の家継相手とはいえ、いつもは何の遠慮もなく意見を述べる年長者二名は怖いほどの沈黙を保っている。
ついでに視線を床に落としている。
彼らが意見できなくて、他の年少者達が意見できるだろうか、いやできない。
できるはずがない。
というか下手に意見とか釈明とか述べた場合、そっちの方が恐ろしいことになりかねない。
彼らは人生で何回目かのホンモノの恐怖に震えていた。
こんなのドンナが本気で怒ってもそうそうないぞ。
すう、と家継がダークレッドの目を細める。
静かに息を吸う彼の姿に、全員がその後の怒号を覚悟した。
「誰だ、父さんの作ったチョコを食べた奴は!!」
<嵐は雨の尻拭い>
その言葉に全員が視線を足元に落とした。
態度を見ていれば察しがついたが、言質を取らなければ意味がない。
大体「犯人がわかりませんでした」で全員が責任を取るのはばかげている。
話は簡単だ。
日付的な昨日は、バレンタインだった。
ところが十代目は長期出張で帰ってくるのが深夜ギリギリという事で、その夫のザンザスが手作りチョコを用意していたのだ。
ヴァリアーの厨房からシェフをたたき出して材料も全部自分でそろえて、半日かけての徹底ぶり。
およそ四十代の男のやる事とは思えないが、父親の趣味の一つに料理があったらしいというのは伝聞で知っている。
どうやら日本で一人暮らしをしていた時に身につけたものらしい。
もちろんバレンタインに作ったものだ、それは疲れ果てて出張先から帰ってきた愛妻に食べさせるためのものに決まっている。
なのにそれが、ほんの一時間ほどの間に無くなった。
全部だ。
全部である。
発覚したのはつなが帰ってきてからである。
もちろんそれらを作り直す時間もなく、ザンザスは急遽ワインと花束を手配させる一方で、速攻でチョコレートケーキを焼き上げた。
そのワインと花束の手配を担当したのが家継だったのだ。
父親は家継は100%犯人ではないと確信した上での連絡だったし、実際家継は何も知らなかった。
正確に言えば父親がバレインタインの用意をしているのは知っていたけど、どこで何をしているかはサッパリ知らなかったのだ。
さて、下手人をこの面子に絞ったのには理由がある。
まずヴァリアーの厨房に忍び込むボンゴレ幹部なぞいない。よって除外。
ではヴァリアー達はというと、ザンザスがつなを迎えるために屋敷に残っているので、彼が本来やるべき仕事を押し付けられてほぼ全員いない。
残っているのはルッスーリアとレヴィで、この二人がザンザス作のチョコレートをつまもうという大胆な発想にはならないだろう。
そもそもレヴィが厨房に行くとは考えにくいし(呼びつける)、ルッスーリアがばかばかチョコを食べるとは思えない(美容に悪い)。
では十代目の守護者はというと、一番ヴァリアーに顔を出す武は出張中だし、はやともそれについていっている。
了平はつなと一緒に出張していたし、クローム髑髏は休みで街に出ている。
恭弥は骸と一緒に休みを取っていたはずだ。
そしてもう一つ重要な事がある。
それは――ザンザスの作ったチョコレートの量が半端ないということだ。
数にしてざっと五十個。
何のためにそんなに? 母さんを太らせたいんですか? と思わず尋ねたくなった量である。
それを一人の犯人が食べたとは――ちょっと思えないのだ。
つまり、ほいほいとヴァリアーに顔を出し、厨房にもひょいひょい入り、更にそこにおいてあるチョコレートを何の疑いもなしに複数人で食べる――
そんなのはここに並んでいる面子しかありえないのだった。
「吐け、主犯は誰だ」
冷めた声に誰も視線を上げない、動かさない。
恐らくここにいる全員が食べたのだろう、と家継は遠い目になりたくなったのを必死に堪えた。
葵や陽菜や陽一はいいとしよう。
気付け、それ以上年上のメンバー。
「言いだしっぺはどいつだ。お前か、雪加」
「…………」
あてずっぽうで指名してみるが、うんともすんとも言わない。
なるほど、全員黙秘か、結構な事だ。
「……わかった。お前らの責任は俺の責任だ」
場が少し緩む。
「俺が代わりに罰を受けよう」
「「それはダメ!!(です!)」」
ハモった幼馴染達は一斉に顔を上げる。
そして一人が、手を上げた。
「言いだしっぺは俺なのなー」
間延びした口調とは裏腹にその表情は硬い。
「罰」の内容に見当がつくせいだろうか、まったくつかないせいだろうか。
「……お前か、悠斗」
溜息を吐いた家継はストンと腰をおろした。
「まあ、朝に謝りに行こう。少しは機嫌が直ってるとは思うけど」
愛妻と久しぶりに会っているのだ、朝の機嫌が悪かったらそりゃあ大変だ。
「集めて悪かったな、寝ていいぞ……ああ、夜鷹」
立ち去ろうとした一人を呼び止める。
「なんだ?」
「お前も一緒に来てくれないかな、朝」
「え?」
「部屋の前まででいいからさ」
お願い!! と将来のボスであり大空であり幼馴染であり弟分に頭を下げられて、仕方ないなぁと夜鷹は了承した。
八時間後、凄く後悔するとは思わなかった。
「すみませんでした!!」
朝、両親の寝室に繋がる部屋で頭を下げたのは家継であって、悠斗は入室早々に幼馴染の片足で床に頭を叩きつけられたばかりである。
バスローブに身を包んだザンザスは、ふんと鼻を鳴らして背後のソファーに腰掛けていたつなを振り返った。
「というわけだ、つな」
「だからケーキだったんだ。でもあれ、美味しかったよ」
また食べたいな、俺でも作れるかな、とふわふわ笑ったつなにザンザスは相互を崩す。
これなら許してもらえるかもとうっかり入室していた夜鷹は思った。
「どうせ他の奴らも食ったんだろうが」
「すみません! あいつらには俺がちゃんと言って聞かせました!」
土下座になりそうな家継に、いいじゃないかと可哀相になったのかつなが立ち上がってこっちへ来る。
「ちゃんと名乗り出たことだし、家継も責任持って頭下げたし……」
「全部お前のために作ったものだったんだ」
優しい母親のフォローは冷ややかな父親の声でかき消された。
「テメェも食べたんだったな、夜鷹」
「は、はい……」
いきなり水を向けられて夜鷹は口ごもる。
なんで部屋に入っちゃったんだ俺。
「美味かったか?」
「は、はい!」
そうか、と赤い目を細めたザンザスは背筋がゾクゾクするほど――殺気だっている!!
なんでだ!
機嫌がいいはずじゃなかったのか!
パニックになった夜鷹を見据えて、ザンザスは邪悪な(に見える)笑顔を作った。
「雨の守護者の責任は嵐の守護者の責任だ」
「なんだそれ!?」
思わず突っ込んでしまったが、ザンザスは隣にいるつなに「なぁ、そうだろ?」とか同意を求めている。
そしてなんで頷いているんですかつなさん!
それは貴方の嵐の守護者が右腕かつ生真面目だからであって、俺はただの霧の守護者のなりそこないだ!!
内心そう絶叫している夜鷹を家継が見つめ。
ぐっ、と親指を立てた。
(裏切ったなコノヤロウ!!)
こうなる展開が読めていたであろう家継に叫びたかったがそうもいかず。
結果、夜鷹は悠斗のお目付け役として、各国の高級チョコを買うためにヨーロッパ中を走り回されたのだった。
その後しばらく、夜鷹がやたら悠斗によそよそしかったのも無理はない。
***
雨の尻拭いをする嵐、でした。
大空sは結構適当です。
ザンザスの料理上手は電脳パラレルから逆輸入。
きっと裁縫もできるんだろう。
チョコは全部ザンザスオリジナルだったので、そりゃもう怒りますとも。