<みみかき>





「ザンザス、御疲れ様」
「ああ」
ソファーに座りながらネクタイを緩めたザンザスのコートを受け取って、コートかけに引っ掛ける。
つなはすとんと彼の横に腰をおろして、脱ぎ捨てられていた上着も拾った。
「悪い」
「疲れた?」
「ああ……」
ザンザスの手がつなの肩を抱き、引き寄せる。
すり、と頭を肩口にこすり付けられて、つなは微笑んだ。

「お帰りなさい」
「ああ」
「今日はもう寝る? お風呂だけ入る?」
無言で体重をかけてきたザンザスに笑みを深くしてから、つなはしばらく彼の体重を支えていた。
お互いの体温が同じくらいになってきた頃を見計らって、もう一度風呂を勧める。
「シャワーだけでも浴びておいでよ」
「ああ……そうだな」
ゆっくりと身体を起こしたザンザスが、緩慢な動作でバスルームへ向かいながらシャツのボタンを外す。
「パジャマとバスタオル用意してあるから」
「ああ」
バスルームにザンザスが消えたのを見送ってから、つなはぱたぱたと歩いて内線電話をキッチンへと繋いだ。

「うん、疲れてるみたいだから夜食はいいや、ありがとう」
カチャンと受話器を置いて、うーんと大きく伸びをする。
コンコンと響いた音に振り返ってから、すぐに眦を下げた。
「入っておいで」
カチャリとノブが回って、前髪を下ろした息子が入ってくる。
「母さん、父さん帰った?」
「お風呂だよ。用事なら今日は疲れてるから明日にしてあげて」
「……じゃあ耳かき」
「いいよ、おいで」

近くにあった耳かき棒とティッシュを取って手招きすると、ぱたぱたと歩いてきて、つなの隣に腰掛ける。
おいでと声をかけると、ごろんと頭が膝の上に落ちてくる。
「かゆいの?」
耳の奥をのぞいたが、それほど汚れている印象もない。
ゆっくりと耳かき棒を押し入れると、すこしだけかさりとした感触があった。
「ちょっと。反対側の方がかゆい」
「そんなに汚れてないけどね……あ、動かないで」
比較的大きめな耳垢を掘り出してティッシュにとって、くしゃりと黒髪をなでる。

「なにかあった?」
「……そんなことない」
息子の顔はつなとは反対側に向いているから、表情はちょこっとしか覗けない。
けれども母親にしてみればそれで十分だ。
「父さんに似て強情だね」
「そんなことない」
「そこは否定しちゃだめだよ」

ほら反対側、と身体の位置を滑らせたつなに促されて、息子は立ち上がると先ほどとは反対側の向きに寝転ぶ。
少し癖のある黒髪を耳の前からどけながら、耳の中を慎重に見る。
「あ、これかな」
「っ……うん」
耳かき棒の先に引っかかった耳垢を引っ張り出すと、ふーと息子が息をつく。
「かゆくなくなった?」
「うん」
ありがと、と言われていいえーとつなは微笑む。

体を起こした息子は、おやすみなさいと頭を下げて部屋を出て行く。
それと、ザンザスが風呂からあがってくるのはほぼ同時だった。
下半身だけ服を身に着けて、上半身は裸のままだ。
「ザンザス、風邪ひくよ」
何度目になるかわからない言葉を言うと、がしがしとタオルで髪を拭きながら、大丈夫だと返す。
実際それで風邪をひいた事はないので、つなはそれ以上は言わなかった。

「あいついたのか」
「うん、さっきまでいたよ。ザンザスも耳、する?」
「ああ」
少し濡れたままのザンザスの頭がつなの膝の上にのせられる。
石鹸の匂いをかぎながら、つなは柔らかくなっているザンザスの耳の中を引っかいた。
「かゆいとこない?」
「ああ……」
「ザンザス、寝ないでよ?」
「ああ……」

くすりと笑って、つなは片耳を綺麗にしてから、裸の肩を叩く。
「ザンザス、反対側」
「ああ……」
「ザーンザス」
ゆさゆさと揺らすと、ごろんとひっくり返る。
自然、ザンザスの顔がつなの腹に押し付けられる格好になって、しょうがないなあとつなは苦笑した。
この位置だと耳の中が見えにくいのだけど。

「そんな大きな耳垢ないけど……ザンザス? ……疲れてるね」
「…………」
「え、寝ちゃった? だめだよベッドに行かないと……」
いつの間にかザンザスの腕が腰に回されていて、それにやっと気付いたつなは微笑む。
「御疲れ様、ザンザス」
すうと寝息を立てているザンザスだが、他の人を部屋に入れたら起きてしまうだろう。
かといってつながザンザスを一人で運ぶのは無理だ。
死ぬ気……になれば可能だろうけど、その気でザンザスを起こしてしまいそうだ。

「夏だから……いっか。でもこれじゃあ風邪ひいちゃうし……」
しょうがないなぁもう、と笑ってつなは肩にかけていたストールをさらりとザンザスの体の上にかけて、リモコンで電気を落とすと自分も目を閉じた。


おやすみなさい。また明日。







***
ちなみにザンザスと同じことをして母親にキれられた父親を見たことがあります。
父さんどんまい。眠かったんだろうな。

耳かきは「母親」を感じる時間だと思います。
(ただ西洋では定期的に耳鼻科で出してもらうのが一般的(ry なんでもない)
今でも帰省すると耳がかゆくなくても一度はやってもらいます。
自分でやりすぎて外耳道炎起こしててもね!
……人にやってもらう耳かきってなんでこう気持ちいいんでしょうね。