拍手の中、卒業生達は外へ出て行く。
はやとは歩いていきながら、後ろのつなの気配を感じていた。

これから教室に戻るけど。
それでもう、お終いだ。





<卒業>





「みんな、卒業おめでとう。残り少ない時間だから、私の話を聞くよりも、少しでもみんなと話してください。以上!!」
短い担任の言葉に、生徒達はじんわりと涙を浮かべた。
厳しいけどやさしい先生だった。
「起立――礼!!」
学級委員の最後の言葉で――彼らの高校生活が、終わった。

「……終わっちゃった、ね」
配られた卒業アルバムを撫でながら、つなが目を伏せる。
「はい。十代目、ご卒業おめでとうございます」
「それは、皆もそうだよ」

終わっちゃったね、とつなは視線を伏せたまま呟く。
つなは大学受験をしなかった。
高校を卒業したらイタリアへ飛んで――仕事を学ぶ。
日本で学べることも多くあり、それらはちゃんと学んできたが、やはり現地に行かなくては学べないものもあるからだ。
「つな、はやと、お疲れなのなー」
「山本も、お疲れ」

こちらへ歩いてきた山本に、つなは顔を上げて微笑む。
「結構緊張するんだね、式って」
「身動きできないのなー。おかげで肩こっちまってさ」
ぐるぐると肩を回した山本に、はやとがくつりと笑う。
「久しぶりにじっとしてたからだろうが」
「そーなんだよなー。はやとはきつくなかったか?」
「これくらいで根を上げてちゃ十代目の右腕になれねぇからな!」
威勢よく返したはやとに山本は声に出して笑い、そこは笑うところじゃねぇと怒られた。

「つなちゃん、お疲れさま」
「京子ちゃん!」
「一緒に写真とりましょうです! つなちゃんとしばらく会えないし!」
ひょこっと顔をだしたハルが携帯片手にそういったので、つなも頷いて三人で肩を寄せ合う。
「待って、はやとはやと! こっち来て!」
「は、はいっ、十代目!」
「山本君! 撮ってください!」
「了解なのなー」

ハルから渡された携帯を手に、山本は四人へレンズを向けた。
「チーズ!」
「「イェーイ!!」」
「あっ、京子ちゃんとハルずるい! あたしもつなちゃんと撮る!」
「はやとちゃんこっち! こっちに来て一緒に撮ろう!」
「お〜い武! こっち加われよ!」
クラスはあっという間にがやがやしだして、お互いの笑顔をフレームに収めていく。
アルバムのあいた所にメッセージを入れたり、それはもう賑やかに過ぎていく。

その光景を見ながら、つなの視線がまた下がっていく。
微笑ましいはずの教室の風景。
最後になる愛しい空間。
それを堪能したい気持ちはあるけれど、一つの想いが彼女の心を押しつぶしそうだ。

「どうしたの、つなちゃん」
柔らかい声と髪がつなの横で揺れた。
中学生のころから陽だまりのような京子は、変わらない笑顔を向けてくれる。
「何かあったの?」
「……」
隠しても仕方がないし、京子はよく知っていることだったから、つなは重い口を開く。
「今日……ザンザス、日本にいるんだ」
「卒業をお祝いしてくれるんだね」
「俺……だから、聞こうって、思うんだ」
「なあに?」

唾を飲み込んで、つなはぎゅっと目を閉じた。
「俺と結婚してくれるかなって」
「素敵だね」
ふわりと笑った京子のようになれたら、とずっと思っていた。
素直で、可愛くて、優しくて、明るくて、温かい。
髪も伸びて、女の子らしい体つきで。
そんな京子みたいになりたい。
「俺も、京子ちゃんみたい、だったら……」
「ザンザスさんは、つなちゃんのこと、好きだよ」
「でも、俺……」

何度も言ったんだ、とかすれた声でつなは呟いた。

「愛してる、結婚して、好きだよ、抱いてよ。俺は何度も言って、ザンザスは何の約束もしてくれなかった。だから、これで最後にするつもりで」
「どうして?」
「だって……辛いよ」
ぽろりと大きな涙を零して、つなは机に額をくっつける。
「ずっと、好きなのに。ザンザスは俺のこと、何て思ってるかわかんないし、答えもくれないし……これ以上側にいるの、辛いんだ」
「恋って、大変だね」
ぽつりと言った京子の言葉に、つなは思わず声をあげてしまう。
「もし、きょうも、ことわられたら。おれ……おれっ」
喧騒に包まれた教室の端であっても、彼女の震える声は確実に二人の耳に届く。

「十代目、どうされましたか!?」
「つな、どうした?」
すぐに人垣の中心から飛んできた二人は、慈しむような目をした京子と泣いているつなの双方を見比べ、首を傾げた。
彼女がつなに何か危害を加えるはずもないが、これは一体。
「笹川、つなはどーした?」
「十代目、何かありましたか?」
つなは二人の言葉にふるふると首を振って答えない。
二組の視線に見つめられて、京子は小さく頷いた。

「今日、ザンザスさんに結婚してくれるかって、聞くんだって」
「「…………」」
黙った二人は突っ伏しているつなを見下ろす。
ボスの心情を考えていたのだろうか、しばらく無言だった二人のうち、先に動いたのははやとだった。
「十代目、そんな顔をザンザスに見せたいんですか?」
さっとハンカチを取り出すと、つなに差し出す。
「そうだぜ、つな。俺ならはやとが泣いてたらすっげー悲しい」
山本の言葉にはやとが耳を染め、つなは顔を上げた。
「でも、ザンザスは俺のこと、そんな……」
「と、とにかく顔を拭いてください十代目。俺は……貴方が泣いていると、悲しいです」

さっとはやとが顔を拭うと、ごめんねとつなは呟いた。
「俺……本当にダメつなだね」
「そんなことないです」
「伝える前に……泣いてちゃ、ダメだよね」
「そうだぜつな」
「……うん、だめもと、だもんね。ザンザスと付き合えた三年間だけでも、俺は十分幸せだよ」
胸の前で手を組んで頷いたつなに、京子は柔らかく笑う。
「つなちゃん、荷物は持っていってあげるから――」

いってらっしゃい。


その言葉に背中を押されたようにつなは立ち上がって――真っ直ぐ廊下を駆けていく。


「あんなに急がれて、転ばないでくださいよ十代目」
はらはらしているはやとに、しょうがないですね! とハルは笑った。
「つなさんは恋のためにダッシュです!」
「上手くいくといいね」
「いかなかったらびっくりなのなー」
ボソと呟いた山本の言葉に、たしかにそうだとつなの友人達は視線を合わせてから笑い出した。


大丈夫、貴方は彼に、きっと誰よりも。















靴に足を突っ込んで玄関を飛び出そうとした時、かかとを踏んだままな事に気付いて、慌てて足をねじ込んだ。
財布も携帯も教室に忘れてきたことに気がついたけれど、家に帰るだけならスカートのポケットに入っている自転車の鍵があればいい。
自転車置き場に行くために校舎を回りこみ、やっと目的地について――

「うわっ!?」

段差も何もないところで、つなは思いっきり足を滑らせた。
掃除したばかりで濡れていたのだろうか。
何もないところで転ぶのは確かに特技だけれど、よりによって今日じゃなくても――

せめて顔に怪我はしたくない、と両手を前に出してかばおうとしたが、数秒たっても衝撃がこない。
おそるおそる目を開けると、目の前に彼の顔があった。

「あぶねぇな。走るんじゃねぇつってるだろう、つな」
「ざん、ざす」
間違いない、彼だ。
どうしてここに。
「お前、荷物はどうした」
「教室に……京子ちゃんが」
「そうか」
会話をしながら、ザンザスはつなを抱きかかえたまますたすたと歩いていく。
下ろしてほしいというべきか、どこに行くのと尋ねるべきか。
つなが迷っている間に、すとんとある場所で下ろされた。
「??」
そこは体育館の横だった。
クラブハウスとプールがあるけど、この時期この時間では当然無人だ。


つなをそこに下ろしたザンザスは、数歩歩いて距離をとる。
いつも顔に浮かべている余裕めいたものが消えて、研ぎ澄まされた真剣さだけが残った。
「……つな」
「あ、あのねザンザス、俺」
言いたいことが、と続ける前に、赤い目が細められた。
「つな、話がある」
「……うん」
「別れよう」だろうか。
まず脳裏に浮かんだのはそれだった。
元々中学を卒業する時に、つなが一方的にお願いした結果付き合い始めたのだ。
高校を卒業したからその関係をお終いにしよう、というのは予想できる話だった。
だからその前に、言っておきたかったのに。
言うだけは、言っておきたかったのに。

不安に瞳を揺らしていると、離れたはずのザンザスが一歩近づく。
「な、に、ザンザス……」
下唇を噛みながらやっと声を絞り出すと、すとんとザンザスの体が沈んだ。
「え?」
思わず声を出したが、ザンザスの体が沈んだのは転んだからではない。
ザンザスは肩膝を地面について、つなと同じ目線になっていた。
「ざ……」

「沢田つな、俺と結婚してくれないか」


真っ直ぐに見つめられて、息が詰まる。
言われたことが一瞬理解できなくて、くらくら言葉が頭をめぐった。


「余計なしがらみを背負わせる。年も離れているし、俺は愛想がいい男じゃねぇ。だが、お前を世界の誰より、愛している」
息が詰まって、声が出ない。
目を丸くしてただ固まっているつなを見て、ザンザスは何を思ったのだろうか。
「好きだ、つな。ずっと、好きだった――つな?」

大粒の涙が浮かんで、流れた。
瞬きをするたびに流れる涙は、ぼろぼろぼろぼろと落ちて、顎を伝って、制服を濡らす。
「つな、泣くな」
困ったように眉を寄せたザンザスはまだ立ち上がらない。
つなはしゃっくりをするように息を一度吸ってから、一歩の距離を倒れこむように埋めた。


「ザンザス……ザンザス、ザンザス!!」
太い首に腕を回して、黒い髪に顔をこすり付ける。
「つな」
静かな声で名前を呼ばれて、もう一度小さくしゃくりをあげた。
「俺の愛しいつな。返事を聞いてもいいか」
柔らかく髪を撫でられて、つなは肩口に顔を埋めて、頷いた。

「こんな俺でいいなら、ずっと、ザンザスと一緒がいい」

夢のようなふわふわした気持ちに包まれて、つなは目を閉じる。
すっとザンザスの手が背中を撫でて、低い声が耳朶を打つ。

「つな」
「っ」
小さく跳ねたつなの背中をもう一度撫でて、ザンザスは低い声で続けた。
「結婚、してくれるんだな」
「うん」
「……なら、いいな?」
かすれた声で問われて、つなは瞬きする。
どうもいつもと違う様子に、体を離して彼の顔を覗き込もうとする。
「ざん……んっ……ぅ、ん、う」
それは叶わず、視線があう前に顎を持ち上げられて、唇を奪われた。
すぐに深くまで舌が入ってきて、つなは必死にそれに応える。

「卒業おめでとう、つな」
「ん……あり、がとう?」
唐突に言われた言葉に首をかしげていると、ふわりと抱き上げられる。
さっきもこんな状況でここに来たな、と思っているとぼわっと顔が赤くなる。
「ザ、ザンザスっ、が、学校だし、お、下ろしてくれて」
「夕食は美味いものを用意してある」
「え、じゃあ家に戻らなきゃ」
「俺と二人でだ」
「え……?」
「嫌か?」
「い、嫌じゃない……けど……」

そんな声で、顔で言われたら何も言えないと思いながら語尾を小さくしていったつなの額に口付けて、ザンザスは校門前に止めてあった車に乗り込む。
「ざ、ザンザス……どこ行くの?」
突然のキスに顔を赤くしたままのつなに、ザンザスはアクセルを踏みながら答えた。
「一つ頼みがある」
「なに?」
「嫌になったら逃げ出せよ」
「は?」
悪いが、と言いながらザンザスはつなの額に手を伸ばして、前髪を払いのけた。
「――堪えきる自信がねぇんでな」
「は?」
目を丸くしたつなをのせた車は、真っ直ぐにホテルへと向かっている。










大きなホテルについたつなは、それから大きな部屋に連れて行かれた。
「え、な、なに?」
「シャワー浴びて、着替えたければ着替えろ」
その部屋に所狭しと置いてあるのは色とりどりのドレスで、傍らには振袖も並んでいる。
目がちかちかするような光景に絶句していたつなの頭を撫でて、ザンザスは足した。
「別にそのままでも構わねぇ」
「レ、レストランで食事、なの?」
「貸切だから他の客はいねぇよ。制服のままがいいなら俺は構わねぇ」
それも見納めだからな、と囁かれてつなはかっと顔を赤くした。
さっきからずっと赤くなりっぱなしだ。
「な、なんで振袖……?」
「もう着れなくなるだろう」

その一言が理解できなくてしばし考えをめぐらせていると、軽く背中を押される。
「振袖は結婚してない女の服だろうが」
「あっ……え、え、あっ!!」
言われた意味を理解して、もう全身が真っ赤なんじゃないかというほど赤くなったつなが振り返ると、ザンザスがぱたんと扉を閉じるのが見えた。
好きなのを選べということだろうか。
しかしこんなにあってもつなは困ってしまうだけだ。

「お手伝いさせていただきますね」
すっと暗闇から出てきた妙齢の女性に、会話を聞かれていたのかと気恥ずかしくなった。
「その……俺、子供体形だから……」
「服は着る人を引き立てるもの。似合う服を探すのが私の仕事です」
「ええと……俺にはどんなのがいいですか?」

そうですね、と言いながら女性は手早く服を何着か取り出す。
「肌がとても白いし全体的に色素も薄めですから――ドレスならばこちらかこちら、これなんかをあわせればいかがですか?」
「サ、サイズ合うんですか?」
ばばっと並べられた四五着のドレスに目を丸くしていたつなに、もちろんですよと女性は微笑んだ。
「貴方様のためだけに買い集められた服ですから」
「え……え!?」
これ全部!? と部屋を見回したつなに、もちろんですよと女性は頷いた。
「これは全部、つな様へザンザス様からのプレゼントです」
「そ、そんな……」
つなが持っている私服よりずっと数の多いそれは、全て豪華で、きらびやかだ。
こんなものもらえない、と言おうと思ったけれども本人がここにいない以上、言ったって意味がないだろう。

「それとも振袖になさいますか?」
「っていうか……」
並んだ着物の数はドレスには劣るものの、かなりの数があった。
鮮やかな色彩が目に眩しい。
「もう、き、着ないのにこんな贅沢……」
「留袖に直せますし、お子さんに譲ってもよいかと」
「こ、子供って……そ、そんな」
まだ実感もないのに、と呟いたつなだったが、じっとその二つを見て。

しばらく見て、つ、と指を一つの服へと向けた。
「……あれ、似合いますか?」
「もちろん似合いますとも」
「じゃあ、あれで。あの……」
「はい、お着せするのも髪もメイクもいたしますよ」
その言葉に、安心したようにつなは表情を崩した。










一歩踏み入れると、重さでちょっとくらっとする。
音もなく扉が開いて、キラキラ光る空間があった。
「うわぁ……」
目を丸くしていると、すっと右手をとられる。
「綺麗だな」
「……あ、ありがと」
「振袖にしたのか」
「う、うん……」
つなの選んだ振袖は金と紅の細かい蝶が散った絵柄だった。
派手なはずだが、地の色がおちついているためか全く派手な印象は受けない。
「なんか、これが良いなって思って。ちょっと大人っぽすぎたかな」
引かれた椅子に腰掛けると、そんなことはねぇと答えが返ってくる。
「よく似合ってる」
「着物なんて、着たことなかったよ」
「苦しいだろう」
「ちょっと」

笑ってザンザスが片手を振ると、最初の料理が運ばれてくる。
もしかしたらおなかがきつくて入らないかも、と心配したけど、上手く帯を締めてくれたのか、美味しい料理がするすると入っていく。
「つな、飲むか?」
ワインを傾けていたザンザスに尋ねられて、躊躇ったが首を縦に振った。
「ちょっとだけ」
「舐めるだけにしておけよ」

自分のグラスに注がれた赤い色を眺めて、そっと香りを嗅ぐ。
ふわっと広がったのはとても甘い香りだったのだけど、口に含むと、少し苦い。
けれどその苦味はすぐに消えて、残ったのは香りだった。
「美味しい……と思う」
「そうか」
ザンザスの口許がほころんだので、つなはワイングラスをくるくる回す。
「なんてワイン?」
「お前と同じ年のワインだ」
「え?」
葡萄の当たり年じゃねぇんだが、と言ってザンザスはワインを口に含んでから目を細めた。
「色々な偶然が重なって、このワインは美味い。奇跡のワインだ」
「ふーん……」
くん、と匂いを嗅いだがまだつなにはその美味しさは分からない気がして、それ以上口には含まない事にした。
色々な偶然によって作られた奇跡のワイン、それはまるで。

「お前みたいだな」
ボソリといわれた言葉にまた赤面する。
どれだけつなの鼓動を飛び跳ねさせたら、この人は気が済むんだろう。
けれど。
「お、俺もそう思う……よ」
ボンゴレの一家に生まれたこと。
幼いころにイタリアで過ごしたこと。
ザンザスが九代目の養子だったこと。
ずっと、彼に。
「だって、ザンザスに恋しなきゃ、俺は俺にならなかったから。ザンザスに出会えたことは、奇跡だよ」
「……奇跡、か」
「日本と、イタリア。ボンゴレがなきゃ、出会ってもいない」
年も違う、きっと生きていく世界も違っただろう。
だからつなはボンゴレの血が憎いとは思っていない。
「ザンザスに会えて、好きになって、よかった」
「結婚して、も加えておけ」
「う……うん」

真っ赤になって俯いたつなの前に、ことんと次の料理が置かれた。










料理が終わると、二人はしばらく窓から見える夜景を楽しんだ。
星は薄曇りでよく見えなかったけれど、雲の隙間から差し込む月光がさっと町を照らすのは綺麗だった。
「行くか」
ザンザスが言って立ち上がったのを見て、あたふたと立ち上がろうとして手を握られる。
「ゆっくり歩け」
「ご、ごめん」
たしなめられて慎重に足を運んで、レストランを出て行く。
ふかふかの絨毯に足を埋もれさせながら前に進むと、ザンザスがエレベーターの前で立ち止まった。

「着替えた部屋、ここの隣だよ?」
「部屋に行く」
「部屋……?」
「…………」
首をかしげたつなをちらっと見て、ザンザスは到着したエレベーターに乗り込む。
その手に引かれてつなも中に入って、二人は上に上がっていく。
「なんか……うそみたい」
暖かい手に寄り添って呟いたつなは、ザンザスの無言の促しに先を続ける。
「学校で、ザンザスに言われたこと……夢みたい」
「結婚してくれ」
間髪いれず繰り返された言葉に、真っ赤になって睨みあげた。
「も、もう! お、俺だって言おうって思って」
「中学の時は先を越されたからな」
「さ、先って?」
「……中学生ってのは、三月三十一日まで中学生だと聞いたからな。その時に言うつもりだったんだが」
苦々しいザンザスの横顔を見上げて、もしかして、とつなは尋ねる。
「俺に……告白、してくれるつもり、だったの?」
「ああ」
「え、だ、だって」
「なのにお前は卒業式の日に言いやがって」
「……早く、言いたかったんだ」

もうダメかもしれない、とあの時も思っていたっけ。
これでダメなら諦めようと、そう思っていた。


軽い音をたててからエレベーターの扉が開く。
踏み出すそこは相変わらず毛が長い絨毯が敷き詰められている。
ふわふわするそこを歩きながら、つなは突然足を止めたザンザスにぶつかりそうになった。
「わ、ザンザス!?」
「つな、ここの鍵は外からは開かんが中からなら開くからな」
「は?」
「内鍵はかけねぇ。入れ」
「う、うん?」
不可解なザンザスの言動に首をかしげながら、つなは部屋の奥へ足を進める。
そこにはリビング――としか言えないスペースがある。
ホテルとは思えないような空間だが、数度足を踏み入れたことのある――スイートルームというやつだ。

「つな」
名前を呼ばれたので振り返ろうとした瞬間、すくい上げるように抱き上げられた。
今日で何度目だろうと思いながらちょっと頬を染めていると、ザンザスはずんずんと奥に進んで、リビングスペースの奥の扉を開く。
かちりと音がして電気がつくと、そこには寝室があった。
中央にある大きなベッドは、ザンザスの持っている広いベッドよりも大きい。


「愛している、お前だけだ」
すとんとベッドの上に下ろされて、くすぐったい口付けを受けた。
唇を合わせるだけのキスから、だんだんと舌を絡めるキスへ。
するりとした足元の感覚に、足袋を脱がされたのだと知る。
「俺も……ザンザス、大好き」
「……つな」
聞いたことのないような声に背筋がぞくりと泡立つ。
瞬間、くるっと景色が動いて、柔らかい衝撃を感じた。
「え」
ベッドの上に倒されたのだと気付いた時にはもう、ザンザスが覆いかぶさっている。

「本当は、結婚まで待つのがスジなんだが」
「え、え」
「これ以上は待てねぇ。つな……いいか?」
見下ろしてくる双眸が、優しさとか呆れとか、そういうものではなくて。
見たことがない色で、けれどそれが「雄」であると――なぜだかわかった。

未知への恐怖で、体が震える。
しかしつなの頬を伝って流れているのは歓喜の涙だった。


「うん」
答えて、手を彼の首に回す。
「俺も、待てない」
落ちてきた唇と指に、ゆっくりと目を閉じた。








 


***
十年以上よく待ったと思います。
この後のプレイも書こうと思ったというか、それが本命だったはずなのに満足した。
続いたら野獣ザンザスです。


というか前技なげーよザンザス。
予定では十行ぐらいで押し倒す予定だったんだよ。