<定例会議>
ぱきん、とペン先が嫌な音と立てた。
たぶんまた潰れたのだろう、細い線も綺麗に書けるから気に入っていたのに、これで何本ダメにしているのか。
けっこう高いんだけどな……経費で落ちないかな……。
紙の上に黒く丸いシミを作ってしまったペンにキャップをして、並盛高校生徒会書記は横の机で写真に崩れた笑みを向けている男子生徒を見やった。
全校生徒に大人気な生徒会長様は、週に一度の生徒会定例会議の真っ最中にも関わらず、手元の写真をうっとりと眺めている。
写っているのは先日産まれたという生徒会長の子供。
高校生で子供がとか結婚がとかそういう疑問は、相手が「あの」風紀委員長であるという事実と共に校庭の片隅に埋められた。
「並盛の生徒会長だから」「並盛の風紀委員長だから」という理由がこの町でまかり通る理由は、自分がこの学校に入学してから身をもって実感した。
会議が開始されてから時計の長針が反転しても、一向に会議は進まない、というかほとんど始まっていない。
中心となる会長がこの状況なのだからどうしようもない。
周りもすでに分かっているから、できる書類整理をしたりだとか自分の仕事をしたりだとか勝手にやっている。
それでいいのか生徒会。
このままではいつまで経っても帰れない。
バイトの時間に遅れてしまうではないかと、書記は嫌々ながらに会長に向けて口を開いた。
「……会長」
「ああ、見てください。僕の子供かわいいでしょう〜」
「もうイヤというほど見せられたので知っています。そろそろ話進めてください」
「最近寝返りがうてるようになったんですよ〜ころころ転がっていくのが見ていて可愛くて
「……副会長」
「あ、うん、そろそろ会議を進めようか」
苦笑まじりに副会長が書類の端を調えて机の上においた。
それを合図とするように、会計も電卓を叩くのを止めて前を向く。
書記も席を立って、今日の議題を書き連ねておいた黒板の前に立った。
「さてと、今週の議題は五つかな?」
「あ、議題1と2と5は風紀委員が処理してくれてます」
「だそうです」
写真片手にあっちの世界に飛んでいたと思った会長が、ふっと現実に戻ってきてそんな事を言う。
副会長が慣れたように相槌を打って、書記は溜息混じりに議題の1・2・5の横に「風紀委員」と書いた。
「で、議題4については僕が昨日、息子をあやしながらやったので今日やるのは3だけですね」
「……そうですか」
「じゃああとはお願いします。僕は風紀委員の仕事があるのでこれで抜けます」
「いつから風紀委員になったんですか生徒会長!?」
思わず突っ込んだ会計女子に向けて、会長は爽やかな笑顔で述べた。
「奥さんが体調が優れないので僕が代行です」
「お大事にとお伝えください。あとは僕らがやっておくんでどうぞ」
「ではヨロシク」
副会長の言葉に片手をあげて、いそいそと会長は外に出て行った。
それを見送って、書記は溜息を吐いて黒板の文字を消す。
残りの議題はそれこそ今日の下校時刻までには終わってしまいそうなものしか残っていなかった。
生徒会の仕事ってこんなにも楽なものなのだろうか。
「副会長! 私もう我慢できません!!」
……と思っていたのは自分だけではなかったらしい。
会計の子は自分と同じ二年生だけれど、確か今期が初当選だったのだ。
あの会長の実態を毎週毎週こうも見せられると、そろそろ切れたくなるのも分からなくはない。
……誰もが一度は通る道だ。
自分も前期で初めて書記をやりだした頃は、何度か泣きたくなった。
主に会長の偶像破壊に。
「あやしながらってどんだけなんですか!」
「僕らがやろうとしたら半日くらいはかかっちゃうからなあ」
のほほんと答える副会長は、会長が就任してからずっと副会長をしてきた強者だ。
「……それを息子さんあやしながらやっちゃう会長が、なんかどうしようもなく、嫌です」
「ああうんわからないでもない」
「ですよね!?」
「楽になっていいじゃないか」
「楽ですけど、こうも楽だと生徒会の意義がなさすぎて泣けてきます」
「慣れないと生徒会ではやっていけないぞ」
にこにこと笑ったままの副会長に、会計の子は机に伏しながら唸る。
「どうして副会長は平気なんですかぁ……?」
「ううん、たぶん後輩は、六道に色々幻想を抱いてるんだよね」
「はあ」
六道骸。
髪型は少し不可思議だが、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経有り。
彼があの風紀委員長の雲雀恭弥にめろめろでようやくくっついたと思ったら子供が生まれて結婚しましたというのは先日のトップニュースだったのだが、あれだけ大事にしているのを見ると好感度が下がるわけがない。
そんな骸に対して後輩達はそれはもう尊敬と憧れを向けているわけで。
が、しかし、同学年から言わせてみれば、そんなことはまったくないらしい。
「雲雀とあと笹川との乱闘でしょっちゅう教室壊れるし。おまえら中学並盛じゃないんだっけ? あの頃なんて何回校庭に避難したかなんてわからないからなぁ」
「…………」
「あと、僕は昔、沢田が言っているのを聞いたことがある」
「沢田って、私達と同じ学年のですか?」
「そうそう。『あれはナッポーなんです、ヘタなんです、変態で腐った南国植物なんです。だから何かあったら言ってください、埋めますから』って。いい笑顔で言われた覚えがある」
「…………」
「それ以来そういう目で見たら、特に疲れる事もなくなったかなぁ」
「……なんだか今、疲れました」
「そか」
けらけらと笑って、副会長は割り振りを書いた紙を全員に配りだした。
***
酷い生徒会副会長。