<大事な人>
元々引っ込み思案なところがあるつなだが、少し慣れれば人懐っこい素が見えてくる。
絶好調に災難も引き寄せつつ(登下校中に犬に襲われた数、十七回)つなとはやとはどうにか小学生活を送っていた。
二学期のある日、彼女は朝からきょろきょろと周囲を見回していたけど、目的の人物がいるはずもなく。
「つなさま」
「はやと……ザンザスがいないよぉ」
つなかいたのに、おてがみかいたのに、と泣きべそをかいているつなを体育館においておくわけにもいかず、校門前まで連れて来ると、不思議そうな顔をした彼女の両親がそこにいた。
もうすぐ開始時刻なので来たのだろう。
「お、おいつな、どうした?」
「パパ……」
慌てた家光が抱き上げると、つなはうぇえええんと泣き出してしまう。
「転んだの?」
母親の第一声がそれだが、彼女は本当によく転ぶので正しい指摘だ。
今回は違ったのだけど。
「ザンザス……ザンザスがいないよぅ。オレ、手紙かいたのに、いっしょけんめい、かいたのに」
夏休みを使ってやっとひらがなとカタカナを覚えたつなの字は、将来が垣間見えるほど下手だった。
それでもつなは頑張って字を学んだ。
ザンザスに手紙を書くんだ、とそれだけのために。
「この間来たばかりだろ」
「だって、つな、こびとさんになったのに! みにきてほしいって、かいたのに」
小人は少し出てきて、くるっと回ったり歩いたりしてから退場していく、脇役だ。
それでも、頭にのせる帽子が可愛くて、結構人気の役だった。
いつもは勉強も掃除も上手くできないつなが珍しく立候補したので。先生も目を細めて快諾したと奈々も聞いている。
本当はつなはお姫様(達)をしたかったのだという。
だがつなは小学校へははやと共々「男子」として入学させていた。
先生も知らない以上、お姫様には立候補できない。
だから「小人」なのだろう。
可愛くて、でも男の子でも女の子でもできる。
「つっ君、パパがビデオとってくれるって」
ぐずぐず拗ねる娘の髪を撫でて言うと、「びでお?」とつなが顔を上げた。
「そう、ビデオ。それをザン君に送ったら見てもらえるわ」
ハンカチで濡れてしまった顔をぬぐうと、目元が赤くなってしまっている。
「笑顔で可愛く小人さんをするのよ。ここにいなくてもザン君はつなを見るんだから」
「みてくれるかな……」
ぼそりと呟いたそれは完全に女心から来た言葉で、奈々は可愛くなって娘の頬に頬ずりする。
「んもうっ、可愛いんだからつっ君は! 見てくれるに決まってるわ!」
「よかったぁっ……」
はにゃんと笑顔になったつなは今日はじめての笑顔だったので、はやとも家光もちょっと胸をなでおろした。
演目を終えて教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていると、いきなりはやとの隣にいたつなが走り出す。
「つなさま!?」
慌てて上履きが汚れるのもかまわず走っていくと、体育館の外に、男がいた。
それは知っている顔で、つなは真っ直ぐ彼の所へ駆けていく。
「ザンザス!!」
「つな、可愛かったぞ」
「見てくれたの!?」
ああ、と頷いてザンザスは腰を落とし、つなの髪の毛をかき回す。
「転ばなかったじゃねぇか」
「うんっ!」
あのね、れんしゅうではすっごいころんでね、と頬を赤くしながら話すつなを見て、少しだけはやとの胸が痛くなった。
つなの事は大好きだ。
親や九代目に言われたからではない、一緒に過ごしてそろそろ二年だけど、ずっと変わらない。
つなは泣き虫でドジで一人で何もできないように見えるけど、何度失敗してもぶつかっていく強さがある。
その時に泣き言は言わないし、やると決めたら必ずやる。
絶対敵わない野良犬や上級生に、はやとをかばって立ち向かう事だってある。
はやとはつなに文字や算数を教えたりしているけど、つなははやとにいつも色々な事を教えてくれる。
カルタにお絵かきといった遊びも、花の名前も、小遣いを握り締めていく駄菓子屋も、友達と遊ぶ楽しさも。
はやとにとってつなは何より大事な存在で、彼女を失ったらきっと息もできなくなる。
でもはやとは知っている。
つながザンザスのことを大好きで、大好きで、大好きなことを。
はやとがつなのことを大好きなのよりも、もしかしたら強く、好きなことを。
はやとがつなをあんな風に笑わせたことがあっただろうか。
いや、一度もない。
こんなにずっと傍にいて、一度もない。
「……っ」
先に教室に戻ってしまおうか、と護衛としてはとんでもないことも考えてしまう。
ずっとお傍にいなくてはいけないのに。
でも、だって。
(お守りできれば、よかっただけなのに)
笑ってほしいとか、幸せでいてほしいとか。
それははやとの身勝手なのだろうか。
「はやと、どうしたの、はやと」
手を引っ張られて、はっとはやとは顔を上げる。
首を傾げてそこに立っていたつなは、はやとの手を引いてザンザスの前までつれてくる。
「ザンザスっ、はやとは王子様だったの、かっこよかったよね」
「ああ、かっこよかったな」
「そんな」
「先生もよろこんでたよ。はやとはすごい、ねっ」
「そんなことは……オレは……」
つなは知っているだろうか。
つなが小学校に上がる時に一人称を「つな」から「オレ」に直したとき、せめて「僕」にしろよと呆れていたザンザスに返したのが「おそろいがいいもん」だった。
おそろい。
そんな些細な言葉に憧れて、羨ましくて。
「おそろい」というものがほしくて。
はやとが「わたし」ではなく「オレ」にしたのだということを、つなは知っているだろうか。
「ほら、教室に戻るんだろう」
「ザンザス、帰っちゃわない?」
「帰るもなにも、ジジィがいるから帰れねぇ」
「九代目もいるの!?」
「ああ」
わあいと笑ったつなの笑顔に、やっぱりはやとの胸はつきんと痛んだ。
***
ビデオ? DVDだろjk
みたいな突っ込みはやめてください。
小学校の時はビデオだよ昭和生まれだもん!
あと駄菓子屋もレトロですかね。
最近の小学生はどこでお菓子買うの?
え、コンビニ? 週100円でどうやって?