ね、と笑顔でいつものように凄い事を言ってきた母に唖然とする。
説明を求めてその隣の右腕の人に視線を向けるがそらされ、隣にいた父にすがるべく見上げるとケッという簡単な返答をもらった。
「じゃあ、考えておいてね、家継」
宿題ね? と記憶にある限りまったく変化しない母親の化物じみた笑顔を向けられて、家継はハイとただおとなしく返すしかなかった。
<次世代の守護者>
話を聞いてみつば・アドリアーナは無言で弟の頭をなでなでする。
母親そっくりの容姿の彼女にそれをされると色々な意味で複雑だ。
「どうしろってんだよ……」
「好きにすればいいと思うわ」
「姉さん、俺がハイパーに困ってるのにその態度はドーかと思うよ……」
あらあらぁ、だってほんとうにそう思うんだもの。
肩口ほどの髪を揺らして笑った姉は、綺麗に伸ばされ磨かれた爪を弾く。
その年相応の手入れの仕方もすっと伸びた指も華奢な体も母親に輪をかけて穏やかげな風貌もおっとりとした口調も、全部ひっくるめて彼女はとうていマフィアには見えなかった。
十一歳になった葵・フェリーチェは――興味を抱く年ではないのかもしれないが――訓練に邪魔だからと爪を短く切りそろえている。
対してみつばは綺麗に伸ばして手入れもし、色を塗ってさらにはラメストーンとかいうものまでくっつけている。
「家継は十一代目だもの、母さんはだからそう言ったのよ」
「確定じゃなくてもいいじゃん……姉さんとかさ」
あら、と姉は相変わらず綺麗な笑顔を見せる。
母のそれとは違って微妙に隙がない。
「姉さんはいやぁよ。だってリボーンと結婚するもの」
「……あのさあ、姉さん。何度目か忘れたけど何度でも俺、突っ込むからね」
なんであの悪魔。
「リボーンは素敵よ?」
「それ、言い続けてうん年たつけどさあ……」
いい加減冗談じゃすまない年齢なんじゃないかな。
そんな真っ当な家継の突っ込みはお姉さまによって華麗に叩き落とされた。
「いやね、家継。姉さんは本気よー」
「…………」
なんであの両親からこんな捻じ曲がった姉がでてくるんだろう? とそういえば妹もけっこうアレな性格であれ母さんに真っ当に似たのって俺だけ? と思いながら家継は思考を当初の会話に戻すことにした。
「で、俺で守護者を考えろ、って言われても」
母さんだって自分で考えたわけじゃないくせに……。
愚痴ると、そうでしょうねえ、と間延びした返答がくる。
「きっとー、母さんや父さんで考えてあると思うのよ」
「じゃあなんで俺に」
「きっとね、守護者って身近な人から選んだのね、だから家継が周りの人をちゃんと見ているかを知りたいのよ」
ね、と言われてそれが納得のいくものだったのでしぶしぶ頷いた。
「納得はしたけど、結論はでねーな……」
廊下を歩いていると、背後に本当に微弱な殺気を感知する。
「ナニ不貞腐れてんだ、エーレ」
超直感でわかる。背中に銃が、銃口が!
「……略すならセメテ上半分でオネガイしますよ、センセ」
ホールドアップをして降参してみると、にやりと笑ったのがわかって安全装置のかかる音がする。
てことはこ屋敷の中安全装置解除したまま歩いてたのか、鬼かあんた。
ようやく振り返ると、にやにや笑う彼がいた。
名前、リボーン。
職業、殺し屋。
所属、フリーだけどどうみてもボンゴレ。
趣味、つなおよび家継をいたぶること。
好きなタイプ、つ
「エーレ、ナニ考えてんだか当ててやろーか。テメーほんとにあのダメつなそっくりだな、中身だけ」
「読心術はヤメテクダサイ、っつーか踏んだり蹴ったりだ俺……」
「これで外見もそっくりだったらかわいがってやったのに。あの男似じゃあ、いたぶる気も萎えるぜ」
「おいそこセクハラ! っつーか俺も男にいたぶられたくはない!」
なら女にはいいのか、ううん微妙だから保留。
「姉さんなら今日は出かけてるぜ」
「はぁ? なんで俺がみつばに用事なんだ。それよりフェリーはどこだ」
「……リボーン、さあ。隠してるつもりなら露骨すぎるっつーかホント隠し事へ」
パシュ
廊下のど真ん中でサイレンサーが銃声を押し殺す音だけがする。
慌ててそれを避けて、家継は据わった目をしたリボーンを見やった。
「おい! ここボンゴレ本部! 俺そこのボスの息子!」
撃つんじゃねぇこの傍若無人ヒットマン!
叫んだ家継には次の瞬間、米神に銃口が突きつけられていた。
ええと……ああうんまあ図星を突いた自分が悪かった。
「め、めずらしいな葵に用事?」
「ああ。面倒な仕事がきたからな」
「まさか葵に手伝わせる気じゃないだろうな!?」
「……んなわけねーだろ、バカか。俺が用があんのはバイパーだ」
「ああ・・・」
バイパー、またはマーモン。
ヴァリアーの幹部でこの目の前の男の古馴染みで、幻術系の技を得意とする。
ついでに葵の師でもあり、それ故か葵は念写にも長けている。
「葵ならこの時間は部屋だと思う」
「そうか。で、テメーは何の結論を出すんだ?」
帽子の下からいやみな視線が飛んでくる。
ああもう、聞かれた自分がバカだった。
「母さんに……」
「つなに?」
「……守護者候補をリストアップしろって言われたんだよ!」
なーんだそんなことかという表情になって、リボーンはふいっと背を向ける。
なんだその興味の失い方!
「俺はならないからな」
「頼みたくもない!」
絶叫したら耳元を銃弾が掠めていった。
父譲りの黒髪が数本舞う。
「…………」
項垂れた家継は、即効でここから離れることにした。
紙になにやら書いてうんうん唸っている家継の姿を見つけて、夜鷹は近寄る。
「どうしたんだ?」
「あ、夜鷹」
顔を上げた家継の目の下には隈。
そりゃあ最近は「いい加減仕事少しは覚えろ」という誰かのスパルタ教育によって書類仕事もこなしているらしいが、寝不足になる量ではないような……。
「何かいてるんだ」
ひょいと覗き込むと、そこには白い紙に書かれた7つの。
そしてその横に書かれた名前、ついでに消したあともある。
「母さんからの宿題……俺の守護者がどうなるか考えろって」
その一言でいろいろ飲み込めたので、夜鷹は頭を抱えている弟分に加担してあげることにした。
「今のところ誰が確定なんだ」
「……雪加は雲」
「…………」
否定できない。
実弟をしてそう思わせるのだから、確かに雪加は雲の守護者でガチだろう。
「全員埋めなくていいんだ……全員ではなくても」
そもそもあれじゃねーか、不正解だった場合の処置を聞いていない。
呟いて青ざめた彼にドンマイとか思いつつ、夜鷹はある一行に目を眇めて乱暴に塗りつぶす。
「あ、ひで」
「俺は、絶対に霧じゃない」
「だめ?」
「断固拒否する」
あの父親の息子というだけで今までどれだけ苦労してきたか。
命を狙われ命を狙われ能力を狙われ、目を抉り出されそうになったことだってあるんだ。
いっとくが俺は六道骸の生まれ変わりでもないし(本人いるじゃねーか、クローンとでもいいたいのか)ついでに幻術も得意じゃない、術師じゃない、ホントに! ……てことにしておいてほしい。
ついでにオッドアイでもないから右目をえぐっても効果ないから。
命をギリギリまで追い詰めても赤くもならないから。
「じゃあ、悠斗からいくかー……つってもあいつはたぶん雨だけど」
武器的に。
もう性格とか爽やかに無視だ。
ていうか雨の守護者を見ていてもSなんだかMなんだか爽やかなんだか暑苦しいんだから黒いんだか白いんだかわからないんだから仕方がない。
雨=剣士
そんな認識しなかった。
「俺は?」
「夜鷹? 夜鷹は……ナンだろ」
霧しか考えたことなかった、と笑った幼馴染に夜鷹は容赦なく殴りを入れた。
いってーと頭を抱える彼を見下ろして鼻を鳴らす。
「いい加減、俺とあれを切り離して考えてほしいな」
「でも夜鷹、敬語使ってる時とか戦ってる時とか、ほんっと骸さんにそっく、だーっ!」
もう一発食らわせて、夜鷹は据わった目でどこからともなく武器を取り出す。
「精神崩壊レベルの悪夢でも見させてさしあげましょうか」
上品ともいえなくない笑みを父親そっくりの顔に浮かべておまけに敬語。
なんで夜鷹、怒ると敬語になるんだろう。
本人は無自覚らしいのだが、彼の父親をよく知っていると本気で恐怖だ。
「い、いや……あ、そうか」
睨んでくる夜鷹を見ていて、ふと思いついたのでそこに入れてみる。
思いのほかしっくりして、頷いた。
「うん、夜鷹は嵐」
「嵐?」
すっと渦巻いていたオーラがひく。
……ほんとうに、この一家は怖い、いろいろな意味で。
「夜鷹ってさー、銃でもナイフでも何でも使うし、ある意味怒涛の攻め」
喧嘩してベッドを振り回されたときにはどうしようかと思ったな、昔の話だけど。
「……そんな簡単でいいのか」
「いーんだろ、俺が考えてくるもんなんてきっと予想済みだしさー」
とりあえずこれで三つ決まった。
あと一つ埋めれば堂々と親に持っていっても文句は言われまい。
さあ、晴か雷か霧か。
どれを埋めようかと家継は頭をもうしばらく抱え込むことにした。
***
ごめん夜鷹。
壊した。