<そうして彼らは4>
病室を出て、山本は一度深呼吸した。
どれくらい部屋にいたのか、廊下にでると電気のつけられていない通路は暗い。
時間感覚がすっかり狂っている、今が何時なのかさっぱり分からない。
どれくらい病室にいたのだろう、と山本はこめかみを軽く掻く。
あれからはやとと、今までしなかった分を埋めるかのように色々な話をした。
本当ならば体を気遣って休ませるべきなんだろうけれど、本人もその方が気が紛れるらしく、結局疲れてはやとが眠ってしまうまでそれは続いた。
眠っている間に、とそっと山本は抜け出てきたのだ。
まだぬくもりの残っている右手を緩く握って、山本はその拳をこつんと額に当てる。
本当はずっと傍にいたかったが、そういうわけにもいかない。
幸いというべきか、病室にシャマルが乗り込んでくることはなかったが、できるならばはやとが再び目を覚ます前にきちんと示しをつけておきたい。
実はずっと張られた頬が傷むのだが、この際あともう数発……もしかすると胴体にも喰らう覚悟を決める。
それくらいは仕方がない、そうされても文句は言えなかった自覚はある。
けれど引き下がるつもりはない。
守らなければいけないものも、守りたいものも、見極めたから。
「よっしゃ!」
にっと一瞬だけ笑みを浮かべて、すぐに真剣な表情をして山本は出口に向かった。
出口のドアは開けっ放しだった。
それだけ慌しく入った自分もそうだが、シャマルも閉めなかったのか。
もしかしたら外じゃなくて建物内の別の部屋とか、どこかに行ってしまったかとも一瞬思ったが、前者はともかくはやとを残してどこかに行くとは思えなかった。
もしかしたら建物の外にいるのかもしれない。
よし、ともう一度覚悟を決めて、シャマルに会ったらまず謝ろうと誓って外に足を踏み出した。
刹那。
反射的に飛びのいた山本のいた場所の地面がえぐられた。
コンクリートを粉砕し、その下の土までにめり込んだ拳を抜いて、冷ややかな視線を向けてきたのは。
「つ、つな……!?」
「ちっ」
舌打ちをしたつなは、グローブについたコンクリートの破片を払った。
その額には死ぬ気の炎が灯っている。
「次は避けるなよ」
「ちょ、つな!?」
本気だ。目が凍ってる。
「病院で治療受けてるんじゃなかったのか!?」
「はやとのおかげで掠り傷だよああもう自分にも腹が立つ!」
叫んでつなはグローブにまとう炎を強くする。
純度が高い、透明に近いオレンジに、山本は頬を引き攣らせた。
二人が付き合いだした時に、泣かせたら承知しないよ、なんて冗談交じりに言った。
「俺、言ったよね、はやとを泣かせるなって」
擦れ違ってるなと感じる時は幾度もあって、きっとどこかで破綻するからきちんと話し合ってとどちらにも言ったのに。
喧嘩して泣かせるならまだよかった。
泣かせる事すらできなかった山本に、それに気付かなかった挙句、引き金を引いた自分にも、腹が立つ。
炎をまとった拳をきつく握って、つなは地面を強く蹴る。
死ぬ気の炎の力を借りて加速して、立ち尽くす山本に向かって拳を繰り出した。
「…………」
「…………」
「……なんで」
「…………」
「どうして、避けない?」
突き出された拳は、ぴたりと山本の顔面すれすれのところで止まっていた。
その状態のまま尋ねたつなに、山本はくしゃりと顔を崩して答える。
「俺、こんだけ傷つけても、諦め悪いよな。……はやとの傍にいたいんだ」
だから殴られる覚悟はできてたし、逃げるなんてこともしない。
最初の一撃は反射運動ってことで見逃してください。
「シャマルに殴られるかなーと思ってたらつなだったけどな」
へら、と笑った山本に、つなは長い息を吐いて拳を下ろした。
「……山本、はやとのこと、好き?」
「愛してる」
きっぱり言い切った山本に、つなはふっと強張らせていた体を弛緩させる。
ほっとした山本の隙を突いて、腹部に一発。
「っ……!!」
「手加減はしたからね。あんまりやるとはやとが泣くだろうから」
死ぬ気の炎を消して、つなは腹を抱えて膝をついた山本を見下ろす。
あの時つなを庇わなければ、はやとはきっと自分にすら分からないようにして終わらせていたのだろう。
こんな結果にしてしまった自分に嫌気がさして、そこまでして尽くすはやとに怒りを覚えて、だからこれからは。
「はやと、大事にしてね。俺の一番の友達なんだから」
「わかってるよ」
「次にやった時は、恭弥さんや了平さんも容赦なく来るからね。今回は俺が代表できたけど」
意地悪く笑って言ったつなに、山本はマキシマムキャノンは勘弁だな、と苦笑を浮かべた。
……今回も、Xバーナーでなかっただけよかったか。
***
これにて収束。
もの的にデリケートな問題なのであんまりネタにするのもなぁと思いながら、この二人が落ち着くための衝撃としてこれ以外どうしても思いつきませんでした。
こっからはウザいくらいらぶらぶだよ!