<ヒエラルキー>
ひょこん、と道場に顔を見せたみつばを見つけて、悠斗は珍しいと声をあげ、陽一はげ、とヘンな声をあげた。
みつばが道場に顔を見せるのは珍しい。
男くさいだの汗をかくのが嫌だのと、格闘の訓練を滅多にしない彼女は、それこそリボーンあたりが誘わない限り道場に足など向けない。
しかし今日、リボーンの姿は見当たらない。
――はて、彼女が一体何の用だろうか。
みつばはひどくご機嫌な様子で道場に入ってくる。
両手を背中の後ろに回していて、なにやら持っているらしいが、陽一の視点からは何を持っているかまでは分からなかった。
けれど悠斗からはちらっと見えていた。
なんだかふわふわしていて白い何かが。
「ねえ陽ちゃん」
「ちゃん付けで呼ぶなって言ってるだろみつば姉、俺もう十三なんだけど」
口を尖らせて陽一は抗議する。
すでに何度も繰り返されるそれは、一向に受け入れられた事はないけれど。
そして今日も、陽一の抗議はさらりと流されて、みつばが「陽ちゃん」と笑顔で詰め寄ってくる。
「今日は何月何日?」
「……二月二日だろ」
「そうね」
「それで猫の日ー、とか言って猫の格好させようとか思ってないよな」
にこにこと笑っていたみつばの顔が一瞬固まる。
……図星かよ。
悠斗が隣で苦笑している。
図星を指されたところで退くみつばではなく、更に笑みを深くして、ずいと陽一に顔を寄せた。
「それも最初考えたんだけどね」
「考えたのかよ」
「でもそれじゃあ捻りがないって思ったのよ。ほら、実際陽ちゃんにも予想がつく事だったわけだし」
「…………」
それでわたしもっと深く考えたのよ。
にこにこにこにこと笑いながら更に近づいてくるみつばに、陽一はじりじりと後ずさる。
悠斗はどうやらみつばの標的にはなっていないようで、それでもとばっちりがこない事を祈ってか、いつの間にか壁際によって気配を殺していた。
わざわざ道場にみつばがやってきたのは陽一に会うためだったらしい。
昔から陽一はみつばだったり雪加だったり夜鷹だったり家継だったり挙句の果てには年下であるはずの葵であったりから遊ばれいじられているのだけれど、中でも率先して遊んでいるのがみつばだった。
どうして自分ばかり遊ばれるのかという問題は、今は横に置いておく。
何にせよ、何かにつけて遊ばれる陽一を、ぶっちゃけ命に関わるわけではないし、自分の身のが大事だという理由で、兄である悠斗は助けない。
なんという薄情ものの兄なのか。
じりじりと下がっていた陽一の背中が道場の壁に当たった。
左右に逃げようにもすぐに角になってしまい、完全に追い詰められた。
「でね、二っていったら双子かなって思って。双子っていったら陽菜ちゃんと陽ちゃんでしょ?」
「なにそのこじつけ」
「だから双子の日って事でおそろいで可愛くしてあげようって」
そう言って、みつばは満面の笑みで隠していた両手を前に出した。
悠斗にはすでにそれがなんなのか見えていたものを、初めて陽一は目にする。
ひらっひらしたレースがついたワンピース。
薄青なのはせめてもの情けなのか。
肩の部分が少しふっくらとしていて、裾や袖にはふんだんに白のレースが重ねられている。
しかもよくよく見ると、色こそ青いものの、デザインは限りなくメイド服に近かった。
――そうと認識した瞬間、陽一は全力をもってその場の突破を試みた。
のだが。
「悠斗、自分が着たくないなら捕まえなさい」
「わるいのな、陽一」
「――兄貴の薄情もん!!」
結局のところ無駄な足掻きに終わった。
「陽ちゃん似合うね」
「……なぁ陽菜、それちっっっとも嬉しくねぇから」
自分とそっくりな顔をした姉が、色違いの服を着てにこにこと隣で笑っている。
結局着せられて連れてこられたところには、家継を始め子供達が待っていた。
「おお、似合う似合う」
「やっぱまだ成長期前だからかねぇ」
「陽菜と並ぶとまるっきり双子だなぁ、女の」
好き勝手言いやがって、と思うものの、反論したところでちっとも堪えてくれない。
膝上しかないスカートの丈はスースーして落ち着かない。
ハイソックスなんて普段履かないし、頭につけさせられたリボン付きのヘッドドレスも違和感がある。
隣の姉はそれらがよく似合っていると思うけれど……という事はつまり、顔立ちがまだほとんど変わらない自分もまた、人からは同じように見えているという可能性は否めないわけで。
「ほーら二人とも笑いなさーい」
デジカメを持ったみつばがにこやかに言い放つ。
「はーい」
「…………」
楽しそうな姉に溜息をひとつ吐いて、まあいいかと陽一は諦めた。
後数年に渡ってこの画像でからかわれる事になった時に後悔してもすでに遅い。
***
初めて陽一書いてこれか。