泣きそうな顔をして、歩きよった母親に抱きしめられる。
「葵……葵、ごめん、ごめんね」
どうして母親が泣いているのかわからなかった。
褒めてもらえると思ったのに。
「ママン?」
「ごめんね葵……」
泣きじゃくる母親に困って、幼女は手の中の拳銃を握りしめる。
これがいけなかったのだろうか。
だからママンは泣いているのだろうか。
殺してはいけなかったのだろうか。
<次世代の霧>
無言でザンザスはそれを机の上に置いた。
ごく普通の生活をしている人物ならばあまり目にすることのないものだ。
しかしここにいる彼らにとっては日常生活に欠かせないものである。
「これを葵に持たせたのは誰だ」
お互いに顔を見合わせる。
しばらくの沈黙の後、手を上げたのはリボーンだった。
やっぱりお前かと言わん限りの目で見たザンザスは、溜息を吐いた。
「六歳の子供に持たせるものか、これは」
「俺はゼロ歳から持ってたぜ」
しれっと悪びれず言い放ったリボーンにザンザスは無言で眉を上げる。
「てめぇだってこの屋敷にきてから持ってたはずだ。つなはボンゴレの十代目。その娘なら狙われてあたりめーだ。もう三回も狙われたんだぞ」
「子供に銃は持たせない、少なくとも十二になるまでは。それがつなの命令だ」
「狙われてからじゃおせーんだ! 葵が撃たなければつなはどうなった! 完全に死角からの攻撃だ、あいつは葵をかばっただろう、そうなればっ……」
リボーンの握った拳が震えた。
黙していた骸が口を開く。
「とりあえず雪加を護衛につけましょう」
「……わかった」
「あと、念のためにヴァリアーを傍においておくことを勧めます」
「なぜヴァリアーだ」
クフフ、と笑った骸の隣にいたスクアーロがケッと吐き捨てた。
「葵が死んで喜ぶのは敵対組織だけじゃねぇぜ、ボス」
「…………」
それはボンゴレも同じく。
十代目のつなを快く思わない部下もいる。
彼女の就任から十年ほど経っているのに、いや経っているからこそか、ボンゴレ十一代目の座を狙う輩はうようよしている。
それには彼女の実子である三人の子供達が邪魔だ。
長女のみつば・アドリアーナは今年で十二。
本人の性格もあってあまり表立って外に出てはいない。
しかし彼女の護衛にはリボーンをはじめ、コロネロやラル・ミルチなどアルコバレーノが随所でつくため、難易度があまりに高く狙いにくい。
長男の家継・ラファエーレは今年で十。
明朗で運動神経もよく、十一代目候補筆頭。
公の場にもよく顔を出しているため、ヴァリアーなり守護者なりが護衛についていることが多く、また本人の戦闘スキルもそこそこのもの。
また彼の隣にいつもべったりの山本悠斗がすでにいっぱしの剣士であるため、手出しが困難。
そうなると必然的に、次女の葵・フェリーチェが狙われやすくなる。
まだ幼い彼女は母親と一緒にいる事が多いが、どうしても隙ができやすい。
だから狙われる、まだ六歳の女の子が。
「雪加」
「なんですか、葵」
不服そうな顔をした弟が書きなぐる宿題を横で監督しつつ、雪加は葵の髪留めをつける。
「このあいだ、ママンを泣かせちゃった」
「……そう、ですか」
事情は自分の両親から聞いていた雪加は返答に困る。
葵はただの六歳の子ではない。
ただのマフィアの子でもない。
姉と兄がやや平和主義でのんびりしたきらいがあるためかどうか不明だが、葵の外見は母親似でも中身はかなり父親似だ。
彼女は現実主義で、そして六歳にして非情になれる。
つなを狙った敵を撃ち殺した時、葵はまったく動揺しなかったという。
彼女を動揺させたのは母親の涙であり、褒められなかった事への落胆だ。
「ちゃんと殺したのに」
「……葵、やり方を教わったのは誰からですか?」
「みつばねーちゃん」
「……ワォ」
たしかに十二になるみつばは護身術もとい銃器の取り扱い方を教わっている。
しかしそれを六つ下の妹にストレートで教えないでほしい。
「兄貴、好きにさせとけよ」
「いくらなんでも情操教育的に悪いでしょう」
「……は?」
「雪加、ここ教えて」
「答えはaですね。葵、まだ六つなんだから銃は早いですよ」
「……自分だってつなさんに隠れてぶっ放してたくせに」
ぼそっと突っ込んだ夜鷹のツッコミは葵の耳には入らなかったらしい。
雪加は不満そうな顔の葵の頭を軽く撫でる。
「とにかく、銃器は禁止です」
「なにならいいの」
「そうですねぇ、つなさんは葵に武器を持たせたがってないようですから、武器なしでいけるもので……」
そう考えて身近にいる大人たちを考える。
晴の守護者はたしかに武器がないが彼の場合肉体が武器だ。
あのレベルにまで葵を持っていくのはムリだろう。
そもそも「細胞が違う」らしいし。
嵐の守護者も武器がないといえばないが、武器と爆薬は同じくダメだろう。
そうなればあとは……霧か。
……実父なのだが、なぜだか人に勧めにくいのはどうしてだろう。
別にくふくふ笑いながら術を使う必要性はないのだから、いいはずなのだが。
「やっぱりマーモンに頼むわ」
「……ああ」
そうだその手があった。
そういえば彼も幻術使いだ。
「力じゃ雪加にはかなわないもの」
くやしいなと呟いた葵に、力で僕に勝つつもりだったのかとなんとなくやりかねない血筋を思い出して、幻術系をする気になってよかったと思った雪加だった。
***
そして横で聞いていた夜鷹は、
「よっしゃあこれでつなさんに術系進められなくてすむ\( ̄▽ ̄)/」と思っていた。
とても無駄な足掻きですが。