<お嫁にしてね>
右を見ても左を見ても、にょきにょきと生えた木のように、大人の足ばっかりだ。
先日から傍についてくれているはやととも、はぐれてしまった。
九代目もいない。
パパもいない。
「……ふ、ぇ」
涙が滲み出して、ごしごしと擦る。
必死に知っている姿を探そうとするが、広い会場だ、大人ばっかりだ。
「しかしボンゴレのシニョリ−ナは相変わらず愛らしいな。うちのわがまま娘と変えていただきたい」
「おや、もう会ったのかね、うらやましい。何でも九代目がいたく溺愛しているそうじゃないか」
「しかし十代目はシニョール・ザンザスで決まりだろう。あの面構えに胆力は素晴らしい」
「九代目の直系であるしな。まあそのうち嫁になるのではないかね」
「なるほど、ボンゴレの血はいよいよ濃く、ますます安泰というわけだな」
「シニョール・ザンザスには少し若くないかね?」
「なあに、若妻を喜ばぬ男などいないさ」
それもそうだとか、めでたいめでたい、とか、和やかに話す大人たちから知っている名前が出ていたので、つなは思わず歩み寄る。
「あの」
声が届かなかったので、ちょっと上着を引っ張ると、初老の男性が気がついて腰をかがめる。
「おや、噂をすればボンゴレのシニョリーナ。いかがなさったかな?」
目線を合わすため腰をかがめてくれた彼に少し安堵して、つなは隠れたくなるのを堪えながら訴えた。
「ザンザスは、どこですか?」
「おや、エスコート相手から離れてしまったのかね」
すぐに探してあげようね、と優しく言われてこくこくと頷く。
「ドン・アネッリ。そちらが例のシニョリーナかね」
「お一人なんてことはあるまいに。付き人はどこへ?」
「はぐれてしまったのではないかな。大人ばかりの会場だからね」
「それはいけない。シニョリーナになにかあったら未来の十代目に殺されてしまう」
くすくすとひそやかに笑う大人たちをきょとんと見上げ、つなは首をかしげる。
「じゅうだいめ?」
「ああ、冗談だよシニョリーナ」
気にしないでくれたまえ、と言われても、気になったのでつなはその言葉を口の中で呟く。
「じゅうだいめ、って、だれ?」
「シニョール・ザンザスがそうなるかもしれない人という意味だよ」
「ザンザスが、十代目?」
つなは九代目がとても好きだ。優しくて美味しいお菓子もくれる。
十代目というのは、それと似たようなものなのだろうか。
「ザンザスは十代目になるの?」
「そうなるといいね。彼自身も頑張っていると聞くし」
「ふうん」
それはつなにもなれるのだろうか。
なれたら、ザンザスの傍にいられるのだろうか。
ああ、あちらにいるよ、と言われてつなは背伸びをしたがザンザスは見えない。
どうしようと困惑していると、ひょいと後ろから頭を撫でられた。
「おい。ふらふら歩くな」
「ザンザス!」
耳になじんでいる声に表情が緩む。気も緩んで、涙が落ちる。
頭を撫でている手にしがみついて、顔を拭う。
「つ、つなね……つな、はやとの手、にぎってた、のにね」
「わかったわかった、泣くな。……失礼しました、ドン・アネッリ」
「いやいや、可愛らしいシニョリーナのお相手をできてとても楽しかったよ」
つなの手を握ったままま談笑するザンザスが、それではと言って立ち去ろうとした時に、つなはようやく尋ねられた。
「ザンザス」
「あぁ?」
「ザンザスは十代目になるの?」
「ああ」
「つなもなれる?」
「……なりてぇのか?」
困惑したような顔でザンザスは尋ねたが、その微妙な表情の変化につなは違うものを感じたらしい。
「つな、なっちゃだめ?」
しゅんとした幼子に、ザンザスは眉を寄せたまま答える。
「いや……ダメってわけじゃねぇが。なりてぇのか?」
「うん」
こっくりと頷いて、つなはザンザスの手に楽しそうにじゃれ付いた。
ふわふわした髪を擦り寄せて、笑う。
「そしたらザンザスといっしょにいれる?」
「は?」
「いっしょに十代目になったら、いっしょにいれる?」
「……いや、あのな、つな」
くつくつと声をかみ殺して笑っている客人達の前で、ザンザスは微苦笑してつなの視線にあわせてしゃがみこむ。
不思議そうな顔をしているつなの頭を撫でて、言った。
「十代目は一人しかいねぇんだよ」
「え」
「だから、お前と俺が同時になるのは無理だな」
「じゃあ……だめ、なの?」
ふふふふ、とついに声を出して笑い出した客人の一人が、ザンザスと同じようにしゃがみこんでつなの顔を見ながら言う。
「気落ちしなさんなシニョリーナ。一緒にいる方法ならありますよ」
「ほんと?」
ぱっと顔を輝かせたつなに、中年の男性は楽しげに頷きながら言った。
「ええ、シニョール・ザンザスと結婚すればいいんですから」
「……ドン・キャバッローネ」
ちょっぴり低いザンザスの声だったが、つなはその提案に目を輝かせる。
結婚は王子様がお姫様とすることのことだ。
つなもそれができるらしい。
「ザンザス!」
「な、なんだ」
「十代目になって、つなをお嫁さんにしてね!」
「………………」
黙ってしまったザンザスに、くすくすと周囲の大人たちは笑う。
十も下の少女に唐突にプロポーズされたら、そりゃあ面白いだろう。周りは。
「だめ?」
首を傾げて覗き込んでくるつなのちょっぴり乱れた髪を直して、ザンザスはつなを抱え上げる。歩かせるより早い。
「……俺がドン・ボンゴレになったら、か」
「お嫁さんにしてくれる?」
たったと年寄り連中から歩み去りながら、首に腕をまわして顔を摺り寄せてくる子供に、ザンザスはちらりと笑った。
「してやるよ」
***
ザンザス15、つな5。
まだザンザスが十代目になれないって本人が知る前です。
ザンザスは知らないけどつなはずーっとこの時のことを覚えています。