<枯れないカーネーション>

 



普段刀を握る手には泡だて器を、血に塗れる代わりに小麦粉を手につけて、スクアーロがキッチンに立って作っているのは子供達の三時のおやつだ。
ヴァリアーの仕事は殺しであって、ベビーシッターではないという抗議は二年ほど前に散々やって、諦めた。
雪加や夜鷹、みつばに家継、悠斗までまとめて面倒をみる事もあるため、面倒をみるスキルも磨かれた。
ついでに菓子やら食事やらを作っていて、すっかりベビーシッターが板についたよねとかだから自分の婚期を逃すんだとか親達にこっそり言われている事を本人は知らない。

今日は子供四人がまとめて六道家に集められていた。
夕方になったら山本が悠斗を、つなが綱吉を迎えにくる手筈になっている。
骸と恭弥は今日はそろって出張なので、雪加と夜鷹についてそのまま泊り込む予定だ。
大抵簡易保育所に使われるのは本宅か六道家なので、スクアーロにとっては勝手知ったる人の家。

ふと気配を感じて振り返ると、隣の部屋で遊んでいるはずの家継と悠斗が机の影からこちらを見ていた。
スクアーロに気付かれて、二人はぴたりと足を止める。
どうやら気付かれないようにとこっそり近づくつもりだったようだが、腐っても暗殺部隊の人間が気付かないはずもない。

暇になって悪戯でもしにきたか、とスクアーロはボウルと泡だて器を置いた。
三歳になってずいぶんと足腰も丈夫になった二人は、同時に子供特有といっていい悪戯心にも目覚めたのか、ちょくちょく悪戯をしかけてくる。
そのほとんどはほほえましいもの(つな談)なのだが。
……最近の問題は、それを仕込むのが雪加、夜鷹、みつばだけでなく、ベルフェゴールが便乗し始めたことか。
あれが絡むと悪戯が悪戯の範疇を越える。

二人とも両手が後ろに回っているところを見ると、何かを隠し持っているのだろう。
悪戯をしかける前にばれたとあっては大人しく部屋に戻るかと思ったら、二人はそのままスクアーロの前にまでやってきた。
「スクー」
「あのね、せっかにいちゃんにきいたの」
「あげるー」
「あげるー」
言って二人が出した手には、いびつに折られた赤い折り紙があった。
三歳が作るとなればこれくらいが妥当だろうが、正直何を折ったのか判別できない。
腰をかがめて二人からそれを受け取ったスクアーロに、誇らしげに二人は笑う。

「かーねーしょんー」
「つくったー」
カーネーション……ああ、なるほど、確かに赤い。
言われなければとてもじゃないがカーネーションどころか花にすら見えないが、言われてみればそう見えるような見えないような……頑張れば見える、だろうか?
「家綱、悠斗、渡せた?」
「わたしたー」
「わたせたー」
笑いながら入ってきた雪加に、家継と悠斗は満面の笑みを浮かべてとたとたと近寄っていってはしゃぐ。
それによかったねと相槌を打って、いまだ頭の上に疑問符を浮かべているスクアーロに雪加は言った。

「今日は母の日でしょ?」
「あ゛ぁ……?」
「母の日はおかあさんにカーネーションを送るって話をしたら、スクアーロさんに送るんだって。本物は買いに行けないから、折り紙で作ったんです」
僕からもどうぞ、とにこにこと三つめの折り紙カーネーション(これはさっきの二つと違いきちんとカーネーションに見える)を渡され、スクアーロはぽかんと口を開ける。

「母の日」という行事自体にも馴染みがなかったが、それで自分がカーネーションを渡される事にどうしてなるのかが更に分からない。
だいたい母の日なんだから渡す相手は母親であってスクアーロではない、断じて。

その後ろから更にみつばと夜鷹が現われて、あげるーと新たなそれをスクアーロの手に押し付ける。
計五つの紙の花を手に、スクアーロはそれを見つめる事しかできなくて。

雪加とみつばはその心の内を理解しているのか、くすくすと笑う。
この計画を最初に立てたのはみつばで乗ったのは雪加と夜鷹だ。
けれどこれは悪戯とは呼べない、呼べるわけがない。

家継と悠斗がスクアーロの膝にのっかかるようにして顔を覗き込んで、うれしい? とにこにことスクアーロに聞く。
「いつもありがとー」
「ありがとー」
「……あ゛ぁ、ありがとうなぁ゛」
まっすぐな笑みと言葉を向けられて、スクアーロはそうとしか言えなかった。




















「俺さ、五歳くらいまで、スクアーロさんが母さんだと本気で思ってた」
「あ。俺も」
子供達に用意されたお菓子をつまみながら、ぽつりと家継が漏らした言葉に悠斗が同意する。
小さい頃のことを思い出したのは、今日部屋の掃除をしていた時に小さい頃のアルバムを見つけたからだ。

基本的にマフィアが自分の姿を残すのはご法度とされているが、身内だけが見る上に小さい頃の写真なんぞあったところでどうでもいいのでここぞとばかりに残したに違いない。
家継のアルバムなので本人が写っているのは当然として、姉であるみつばと、兄弟同様に育てられている悠斗の姿も結構ある。
一般家庭にもあるような成長記録といったところか。
生みの親であるつなとザンザスよりもスクアーロとルッスーリアの方が写っているのがいささか違う気がするが。
そこでふと、小さい頃の自分の勘違いを思い出したわけだ。

「あー……なんとなく、わかる」
「そうだね」
「あれ、雪加と夜鷹も?」
両親の仕事の問題で屋敷で暮らしていたような家継達とは違い、この二人は自宅にいたような。
そりゃ遊びに来る時はスクアーロが必然的に面倒をみていたけども。
「僕らは屋敷で面倒みてもらうより、自分達の家に来てもらうことの方が多かったから。家継達もけっこう来てたよ? アルバムに一緒に写ってるのあったから」
「そうなの?」
「小さい頃だったから覚えてないかもね」
きょとんとした家継に、みつばがくすくすと笑いながらカップを手に取った。
「ここにいる中でスクアーロさんのお世話になってない人なんていないんじゃない?」
「そうですね、小さい頃の記憶を掘り起こしてみると一度ならずとも面倒をみてもらってると思います」
「家継と悠斗はそれこそ本当の親みたいに懐いてたから。小さい頃、折り紙でカーネーション作って送ったの覚えてる?」
「……うすらぼやーっとは」
皆で折り紙のカーネーションを作ってスクアーロにあげたのは三才の時だったか。
あの頃はまだ母の日とかカーネーションの意味とかよく分かっていなくて、雪加とみつばに言われるがままに作った気がする。
カーネーションどころか花かすら分からなかったようなアレはどうなっただろうか。
ちなみに今でも母の日は連名でスクアーロあてにカーネーションを送っていたりする。
本物のカーネーションだが。

綺麗に焼かれたルッスーリア手製のクッキーをつまみながら陽菜は首を傾げて疑問を口にする。
それは誰もが一度は思うことだが、本人には言えないことだ。
「でもスクアーロさんてヴァリアーのトップ2なのよね」
「そうだね」
「なのにどうして私達全員の面倒みてるのかしら」
「……それは俺も思う」
「誰もが思うことです……一度聞いてみたことがあるのですが」
「スクアーロさんに?」
「いえ、つなさんに」
雪加はゆるく首を振って紅茶で唇を湿らせる。
子供達の好奇心に満ちた視線が自分に向けられているのに小さく笑って、数年前、自分が今の陽菜と同じくらいだった頃に、つなに対して問いかけたことへの答えを口にした。
「天職だそうですよ」
「……天職」
「昔はディーノさんとザンザスさんの面倒もみていらっしゃったようですし」
「…………」
あれ、あの人達同世代じゃなかったっけ。
全員が同じ考えを浮かべて、時々遊びにくるディーノとスクアーロのやり取りを思い出して沈黙した。
ああなるほど。


静かになった場に、紅茶のおかわりを運んできたスクアーロが姿を見せる。
普段はうるさいほどの彼らがしんと静まりかえっているのに一瞬面食らったスクアーロだったが、すぐにあの特有のダミ声でどうしたぁ、と言ってきた。
「……スクアーロさん」
「なんだぁ?」
「……いや、なんでも」
訝しげに眉を寄せているスクアーロに、子供たち全員はああ、確かに天性の世話焼きなんだろうなぁと心の中で呟いた。



 

 

 

 

 


***
大きくなっても宿題の面倒とかみてるんじゃないだろうか。

ちなみに小さい頃にもらった折り紙はきっちり取ってあると思う。
というか全体的に保存してある。