<sakura addiction>
儚くて
優しくて
壊れそう
君みたいな花
今年も咲いた。
薄紅色の花をめでて、恭弥は目を細める。
はらはらと舞う花びらは雪のようで、けれど柔らかな光を自ら放っているかのようだった。
手のひらに落ちた桜の花びらをしばらく眺めて、恭弥は手を傾けそれを落とす。
ひらと白い手からこぼれた一片はくるくると回りながら風に流される。
手を下ろして、もう一度見上げる。
ほのかに色づいているその色に包まれて、彼女自身の頬にもうすらと色がついて見えた。
その様子を離れたところから見ていた骸は、桜吹雪の中で佇む恭弥に近づきにくさを感じたのか放っておいたほうがいいと思ったのか、普段なら視界に入れば近づいて来るところをあえて素通りする。
(・・・何で)
横目にその姿を捉えた恭弥は不愉快そうに眉をしかめた。
「ヒバリ?」
肩の上の鳥の頭についた花びらを払ってやって、恭弥は花に背を向けた。
桜はとても好きだ、日本の美しさを象徴する花だから。
だけどある意味とても嫌い、彼のことを思い出すから。
幻想で見せられた桜はそれでもとても美しかった、彼はいつ、あんな綺麗な桜を見たのだろうか。
それとも想像?
聞いてみようかと思ったけど調子に乗せるだけの気もしたのでやめることにした。
代わりに、目の前に降ってきた花びらを片手で捕まえる。
「・・・こうやって」
捕まえることができたら楽なのに。
人も、心も。
いつものように教室ではなく応接間に直行する。
案の定、入ってきた恭弥は当然の顔をして机の上のコーヒーに口をつける。
その黒髪の上に一片の薄紅を見つけて、骸は口元を綻ばせつつ近づいた。
「恭弥君・・・」
「なに」
手を止めて見上げてきた恭弥の髪に触れようと指を伸ばすが、すっと怪訝に細められた目ですんでのところで止まった。
「桜の花びらが髪に」
「・・・」
そう、ともなんとも言わず恭弥は無言でコーヒーをすする。
彼女の位置は先ほどから動かない。
指を動かしていいのか迷って、結局髪に触れるぬようにそっと触って花びらを落とした。
はらりと舞った一枚の花びらを、なんとなしに空中で捕まえる。
ゆっくりと開いた拳の中の花びらはひしゃげてしまっていた。
「・・・ああ」
思わず漏らした溜息に恭弥が顔を上げる。
なんと説明すればいいかわからなくて、骸は困ったような顔を向けて笑うしかない。
「その、桜って、儚いですよね」
「桜は散り際が一番綺麗なんだよ」
そろそろ満開だから、今からが一番の見ごろだね。
そういわれて、骸は何処となくさびしくなった。
散るものをめでる日本人の性はなんとなくわからなくもないけれど、骸としては散り行く前の今の桜がとても綺麗だと思うのだ。
「今だって綺麗ですよ」
「今が綺麗なのは、散るのがわかってるからでしょ」
窓越しに満開の桜を見て、ああそうかと骸は目を細めた。
蟲惑的ともいえる魅力があるのはいつか消え行くものだから。
彼女と同じに。
踏みしめて
泣き出した
あふれそう
君みたいな花
今年も咲いた。
薄紅色の花をめでて、恭弥は目を細める。
「綺麗ですね」
隣の骸もそう言って微笑んだ。
顔は桜に向けたまま、指に指を絡めてくる。
恭弥は無言でそれを受け入れた。
「恭弥」
「なに」
「確かに散り際の桜は見事です」
何も言わずに恭弥は花を見上げる。
満開を過ぎた桜ははらはらと散りだしている。
桜吹雪の中で見上げた骸の横顔から彼の考えを察して、恭弥は先を促した。
「でも・・・桜は散るから美しいのではないですよ」
「じゃあなんなの」
ちらりと見上げられて、骸は笑う。
彼女の髪についた桜の花びらをとって、そっと髪を梳いた。
「今を懸命に生きているから美しいのです」
「・・・・・・・・・クサ」
ぼそっと突っ込まれて、骸はクフフと笑う。
何がそんなに楽しいのか、妙に上機嫌な彼をちらっと見上げると、逆に見下ろされて視線があった。
「恭弥」
「なに」
「抱きしめていいですか?」
「・・・・・・勝手にすれば」
何を言おうが無意味だろ、と切り替えされて骸は頬を緩める。
今日の恭弥はよくしゃべる。
「恭弥・・・」
背後から腰に手を回されて、優しく抱きしめられる。
それに眉ひとつ動かさず、恭弥は桜の花を見上げるだけ。
肩口に顔を埋めた骸が小さく肩を揺らして、耳元に聞こえる声に初めて感情を顔に浮かべる。
「何で泣くわけ」
「だ、だって、去年は」
「・・・去年?」
記憶をひっくり返して、一年ほど前のことを思い出す。
去年もここで桜を見ていた、あの時骸は通り過ぎるだけで。
桜は散るときこそ美しいとあの時にそう教えたのだったか。
「ああ」
まだ彼が何を考えているのかよくわからなかったあの頃。
今ではその脳みそにはナッポーでも詰まってるのだと思っているが、当時はわからなくて、不安で。
ほっとけばついて回ってくるのだからと、放って現状維持を望んでいたあの頃。
「今ここに、僕の腕の中に君がいるから」
それが凄く幸せなんです、とささやかれて恭弥はゆるい笑みを浮かべる。
「ねえ」
「はい」
「僕と戦ったときにさ」
その言葉で骸の体が硬直する。
触れてほしい話題ではないのだろう、まああたりまえだが。
「桜。あれ、いつ見たの」
「・・・恭弥の桜クラ病の話を聞いたので、桜が綺麗という噂の映画とか写真集を」
「じゃああれは・・・」
あれは想像の桜。
満開のそれも散り行く姿も、彼の想像のもの。
「参考にしたのはどこ?」
「・・・その、見まくり読みまくり全部混ぜて僕なりに一番綺麗なものにしましたから」
その言葉に恭弥は溜息をつく。
なんつぅ無駄仕事。
「つまり、僕にあの幻影を見せるためだけに資料を見まくったのか」
努力の方向がズれているのは性質らしい。
「き、綺麗でした、か?」
「もう一度見たいと思う程度にはね」
そっけない言葉に骸は顔を輝かせる。
うれしくて幸せで、ぎゅうぎゅうと腕の中の彼女を抱きしめると、痛いうっとうしいと悪態をつかれた。
それでもうれしい。
「恭弥」
答えない彼女に言う。
「大好きです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はあ」
呆れか諦めか、とりあえずそんな溜息をつかれたが骸はまったく気にしなかった。