<次世代の遺伝>
「聞いてくださいつな君! 僕は今日感動しました!」
「……なに?」
顔を合わせるなりなんなんだと思いながら、つなは努めて柔らかく返す。
大体こういう時の骸はしょうもない事を言うのは十年になる付き合いからよく分かっていた。
……十年もこれと付き合いがあるのかと思うとどっと疲れが襲ってくる。
思い返せば初対面の時から多大なる被害を受けた。
そこから中学高校と好き勝手した骸の所業を挙げていくとキリがない。
しかし「霧の守護者」の称号を持っている以上、この縁は切っても切れないもので、この付き合いが、これから数十年にわたってもまだ続くのかと思うと頭が痛くなった。
イザという時は完璧なまでに人の行動を読んで先に行動するくせに、どうして普段はこんなにもKYなのか。
つなの心中に気付いているのか、気付いていても綺麗に無視しているだけなのか、骸は興奮冷めやらぬ様子で机に手を突いて身を乗り出す。
思わず椅子を後ろに引いた。
「夜鷹です! あの子の才能をぞくぞくと感じましたよ!」
「うるせーな、とっとと本題に入れ」
隣におかれた机で書類を片付けていたはやとが苛々とした声で言う。
もう今日の仕事は終わってあとは帰るだけだったところにいきなりやってこられたからご立腹なんだろう。
家では悠斗や陽菜や陽一が待っているだろうし、つな自身みつばや家継と数日まともに顔を見てもいないので、速く帰りたい。
このままだとはやとがダイナマイトと取り出しかねなかったので、夜鷹がどうかしたのかと尋ねて話を進ませる事にした。
骸は目を輝かせ、ぐっと拳を握って朗々と言った。
「だってまだ五つですよ! 五つなのに幻術を使えましたよ! 僕がちょっと教えただけなのに!」
「………………」
「……………………え、まじで?」
「まじです!」
思わず問い返してしまった。
だけどそこでへぇよかったねと単純に返せない。
はやとも声がないようだ。
子供の才能が発見されるのはとても喜ばしい。
喜ばしいが、だって夜鷹だ。
外見が骸そっくり、生き写しといっていいんじゃないかってくらいに似ている夜鷹なのだ。
ここで幻術の才能まで似られたらどうなるのか。
…………あんまり考えたくない。
良かったね、と言った笑みが引き攣っていなかった自信はない。
「は……はは、で、ええと、雪加のほうは?」
「ああ……雪加は幻術の才能が」
「が?」
「まったく壊滅的にありません」
「お前の息子なのに!?」
「恭弥の息子でもありますから。恭弥には幻術がとっても効きにくいんです」
「……なるほど。てことはあいつらは容貌も能力もまるっと親からスライドさせて受け継いだっつーことか」
受け継ぐなら逆に受け継げばいいものを、容姿と一緒に受け継がないでほしい。
まるっと2号が二人じゃないか。
あと十年もしたら骸と雲雀そのままじゃないか。
頭を抱えたくなりながら、つなはせめてもの、と忠告をする事にした。
だけどなんとなく分かっている。
たぶん、むだだ。
「……雪加がクフフとか笑ったらしいしね。夜鷹にも気をつけてあげてよ骸」
「問題ありません! クフフと笑う夜鷹はどんなに愛らしいでしょうか」
にこにこと上機嫌で笑っている骸に、つなは遠い目をしながらはやとに言った。
「……俺、自分の息子がクフフってある日笑ったら絶望するね」
「……ええ、俺もそう思います」
恭弥はその日、生まれて初めて心の底から敗北を感じたという。
膝をついて打ちひしがれる恭弥は一生に一度お目にかかれるかどうかというレア度だが、見たいというよりこの時ばかりは同情心が勝る。
自分達だって、子供がクフフとか笑ったら泣く。
「ちょっと君達、僕のアイデンティティ全面否定ですか!?」
「笑い声をアイデンティティって言ってる時点で色々終わってるからなお前」
「きょーやー! つな君が僕をいじめますー!!!」
「……帰りましょう十代目」
「そうだね」
骸のアイデンティティを全面否定したまま、ぎゃいぎゃい叫ぶ骸を無視してつなはいい笑顔で席を立った。
明日は恭弥へ並盛饅頭を差し入れしよう。
きっと打ちひしがれているに違いないから。
***
長男にヘタは遺伝しなかったが笑いが遺伝した。
そうしたら次男には笑い以外が遺伝した。