はなれていかないで。
僕の傍にいて。
ずっといて。
<撫子>
六月九日が何の日か雲雀だってわかっている。
去年は知らなかったふりをしてやり過ごした。
今年はどうするべきか。
「恭弥君っ、きょーやくーん」
「うるさい」
駆け寄ってきた骸に背を向ける。
きょぉーやくーんと項垂れた骸は、それでも気を取り直して話しかけてくる。
「今日は何の日かご存知ですかっ」
「・・ロックの日」
「せいかーいです! でももう一つあるんですよ、クフフ」
どうでもいいよ、と言ってもう一度背を向ける。
きょーやくん! と慌てた骸がまた追いかけてくる。
風紀委員室に入ると、背中で扉をしめた。
当然骸は締め出されるわけで、でもめげずにはいってこようとする。
「きょーやくんっ! 今日は僕の誕生日です! 祝ってください!」
素直すぎるだろうそれは。
雲雀はくすりと笑って扉の向こうから話しかけた。
「なに、僕に祝ってほしいの」
「ほしいです!」
「・・・ワォ、いい度胸。なにをしてほしいわけ」
沈黙。
骸は軽いパニックになっていた。
だって雲雀がそんなことを言うなんて。
「ええと・・・デ」
「断わる」
それっきり泣き声しかしなくなったので、雲雀はソファーに腰掛けて仕事をすることにした。
「どうしたの六道君」
「クフフ、なんでもありません」
「ここ、離れたほうがいいわよ、風紀委員室だから」
「そうですけど・・・そうですね・・・」
聞こえてきた声に雲雀は手を止めた。
聞こえてくるのは女生徒の声、それは間違いない。
この部屋の前まで来るとは珍しい。
「ねえ六道君。この間言ってたお礼、今日してもらえる?」
「今日・・・ですか。なんです?」
「デートよ。しっかりエスコートして」
ぽき、と雲雀の手中でシャープペンシルが折れた。
ヒバーリ? とヒバードが首をかしげる。
使えなくなったシャープペンシルを落として、雲雀は立ち上がる。
「僕は人待ちをしてるんですけど・・・」
「じゃあその待ちが終わるまで、ねっ。待ってる人から連絡きたらそれで終わりでいいから」
「・・・わかりました、返礼はしなくてはいけませんものね」
骸の気配が部屋の前から消える。
立ち上がったままの雲雀は、無意識に握り締めていた拳を下ろした。
「恭弥君・・・?」
街を引っ張りまわされて、結局あのあと雲雀からの連絡ももらえず、落胆した骸はそのまま家で一晩待機していた。
クロームには「早く寝てくださいね」といわれ、犬と千草からはなにか冷たい言葉をかけられたけれど、やっぱり徹夜してしまった。
それで朝一番に応接間にきたわけで、だけどもそこには雲雀の姿はなかった。
きょろきょろと見回しても彼女の姿はない。
仕方ないから、ソファーに座って待つことにする。
けれども徹夜したのが祟ったのか、暖かい部屋の中でいつのまにやらまどろんでいた。
ばさと音がして何かが頭に当たる衝撃。
鼻へ届いた香りに骸は目を開ける。
ばらばらと頭から落ちてきたのは・・・花?
「これは・・・?」
「人の部屋で寝ないでくれる?」
冷えた声が後ろから響き、骸は花を片手に振り返る。
腕組みをして不機嫌絶好調な顔の雲雀がそこにいた。
「恭弥君・・・!」
「出てけ」
ぴしゃりと命じられて、骸は自分の周囲にばらまかれた花を一本ずつ拾い、雲雀の顔を見やる。
「これはあなたが?」
「どうでもいいでしょ」
否定しないところを見るとそうらしい。
黙々と花を全て集めてから、骸は無言で部屋を出る。
もちろん次に向かうのは図書館だ。
花はおそらく撫子。
それはわかったけれども、いったい雲雀がどんな意図でこの花を投げつけてきたのかは気になった。
花束で買ってきて頭へたたきつけるとか、本当に彼女らしい行動だ。
「ええと、撫子・・・花言葉ですかね」
妥当そうな本を引っ張りだして花束片手に調べていた骸は、ある一文を読むと本をそのままにして最速で廊下へ飛び出した。
「恭弥君ッ!」
許可なしに応接間に駆け入って、骸は机に向かっていた雲雀に思いっきり抱きつく。
「恭弥君、大好きです、大好きです!」
「・・・」
無言で答えない雲雀の肩に顔をうずめて、ごめんなさい、と骸は呟いた。
「ずっといますから、君の傍にずっと」
何度も繰り返した言葉のあとに、ようやく小さな声で答えが返ってきた。
「・・・・・・そう」
「はい、約束です。絶対に離れません」
「・・・・・・そう」
静かに呟いた雲雀に、骸は誓った。
素直になれないあなたを、絶対に一人にしません、と。
***
撫子の花言葉「いつも私を愛して」