――あのリング争奪戦から数ヶ月。
おそらくボンゴレの歴史には内紛として刻まれるであろう一月足らずの出来事を、忘れる事はないだろう。
涙と決意の証は今もつなの首にかけられている。
思い出したくはない、けれど忘れてはならないという戒めのように。




<ふたつめ>




ザンザスがつなの家を訪れたのは、ザンザスの謹慎が解けて一ヶ月あまりが経過してからだった。
本当はもっと早くに会いたかったが、それは流石に体面が悪いと我慢してきた。
その分人の目につかない電話やメールで近況を伝え合っていたが、それでも直に会えるのは違う。

「ザンザスが家に来るの初めてだったよね」
「ああ」
床にクッションを敷いて座るザンザスの隣に腰掛けて、つなは落ち着かないように視線を左右に彷徨わせていた。
ザンザスが来ると言うから急いで部屋を片付けたから変な物は目につかないはずだ。
服装もいつもよりちょっと気を遣ってみたりだとか、お茶も母親に頼んで奮発してもらったりだとか。
地道に努力しているつなの心情にザンザスは気付いているだろうか。
気付いていないのも寂しいが、気付かれてつなが意識しているのだと勘付かれるのも恥ずかしい。

「つな」
「な、なにっ?」
不意に名前を呼ばれて、上擦った声が出てしまった。
ぱっと顔を赤くしたつなに小さく笑んでザンザスは癖のある髪を撫でてくれる。
それだけで緊張が少しだけ和らぐ。
ザンザスが緊張の元だというのに変な話かもしれないけれど、昔からこうされると弱かった。

「つな、時計はどうした」
「時計?」
「……あの家庭教師に渡したやつだ」
「もしかして、俺の写真が入ってたやつ?」
何気なく指摘すると、微妙にザンザスの口元が歪んだ。
「……見たのか」
「見るよ、気になるもの。……あれずっと持っててくれたんだね」
「ああ」
「ちゃんとあるよ」
照れたように笑って、つなは机の引き出しからそれを取り出した。

触れるとざらりとした感触が指先に伝わる。
細かい傷がいくつも重なったそれは、いつも携帯されていたからだと思えば愛しい。
安いものだからか、数年の間にメッキが剥がれて留め具も大分緩くなってしまっている。
中の時計はもうずっと前から止まってしまっていただろう。
小さな子供が当時買えた代物としては上等な部類だったかもしれないが。

「……一度返した手前言いにくいが」
「返さないよ」
ザンザスの先回りをして笑顔で言うと、ぎゅっと時計を両手で包んで抱き込んでしまうつなに、ザンザスは僅かに柳眉を下げた。
その顔を見てつなの機嫌が少し上がる。
「……つな」
「やーだ」
「どうしても、だめか」
懇願の色を滲ませてつなを見つめるザンザスに、つなは頬を染めて口を尖らせる。
その顔は反則だ。

「一度は突き返したくせに」と意地悪を言えなくなってしまうではないか。
……それを言ったらザンザスがどんな顔をするか想像できてしまうから、最初から言うつもりもなかったけれど。



ザンザスによっかかるように体を倒して、時計の蓋の部分をかちゃかちゃと弄りながらつなは嘆息交じりに言った。
「だってこれ、メッキ剥げちゃってるし……今度はもっとちゃんとしたもの買って渡すから、だめ」
「値段など関係ない」
言い切ってつなの手ごと時計を握りこまれた。
「お前がくれたものだから持っていたい」
耳元で囁かれて、顔が沸騰した。

苦し紛れに、精一杯の強がりを口にする。
「……じゃあ、ふたつめはいらない?」
「要る」
即答したザンザスに、つなは顔を赤く染めたまま華やかに笑った。





 

 


 


***
無意識のいちゃつき。