<酔いどれの所業>
 

 


遅れてやってきた骸は、部屋の惨状から目をそらす。
確かに明日は休日だし、雪が降るからできることあまりないし、予定していた色々な雑務も流れていたし、ある一日はド暇である。
だからって。

「えへへへー、むっくろきたー」
真っ赤に顔を染めてけたけたと輪の中央で笑っていたのはつなだった。
しかしその隣に視線を移して骸は異常事態を察する。
くったりとつなに寄りかかって、手元のグラスをちびちび舐めていたのははやとだった、通常的にはありえない。
その隣で胡坐をかいているザンザスと山本のグラスにとくとくとリボーンが酒を注いでいた、というかそのグラスが不必要に小さいのはなぜか。
……あ、イッキした、アホだろうあの二人。

ちなみにルッスリーアと了平とスクアーロは仲良く部屋の隅でひっくり返って寝かされている。
ベルは……スクアーロの影で伸びていた。

「なんなんですかこの惨状は」
床には酒瓶がごろごろ、ついでに缶もごろごろ。
ここは確かザンザスの部屋だったはずだが、この惨状を片づけるのは誰なのか。
足元のごみを避けつつ近寄ってきた骸に、マーモンが無言でコップを渡してくれた、ついでにとくとくと透明の液体を注いでくれた。
「ありがとうございます」
「ま、飲みな」
「遅れてきた分イッキなのなー」
素面な山本にはやされて、骸は手の中の液体をあおる。
しかし速攻で噴出した。
「ブッ、な、なんですかこれ!?」
「スピリッツ原液」
「殺す気ですか!? 消毒用アルコールと大差ないですよ!」
部屋がアルコール臭すぎて気がつけなかったが、これはそうとうイっている。
よくよく見れば、マーモンも山本もなんか正気じゃないっぽい。
いったいドンだけ飲んだのか。

「リボーン、なに飲ませたんですか……?」
まともっぽい人物におそるおそる問いかけると、平然と彼は返してくれた。
「酒豪のやつらには上等のテキーラをショットで、あとはラムとか軽いやつだぞ」
「軽くないですよねそれ!?」
よくよく話を聞くと、足元の缶を消費したのは強くないけど飲みたがりのベルフェゴールとかであって、生き残っている連中は瓶をひたすら空けたらしい。
……アルコールどんだけとったんだ。
むしろこの部屋の面子はほとんど未成年だろう。
「まさか……」
いないとはおもったのだが、自分のセンサーが反応したので骸はけたけた笑っているつなの横を回って彼女の後ろにあったソファーの影を見る。

そこにいた。
体育座りをしてぐいとグラスの酒をあおる女子高生がいた。
「恭弥君……何してるんですか」
「遅いよ、咬み殺す」
「酔ってるんですか酔ってないんですか」
隣に腰をおろすと、眉をしかめた彼女の顔に酔っている兆候はない。
ほんのり頬が色づいていたけど、その程度だった。

「どっちに見える?」
そういって口角を吊り上げたので、骸はグラスの中のものを飲み干すのを諦めてテーブルにコップをおいた。
「恭弥君を連れて帰ります」
「ああ? きたばっかじゃねーかよぅ、てめーものんでけかす」
「……あなたも微妙にろれつが怪しいですよ。もしかして素面なのはリボーンだけですか?」
「そうだぞ、テメェも撃ち殺されたいか骸」
そう言ってリボーンが銃を向けた先は。
ものの見事に。


虚空だった。



あ、だめだこいつら。
そう思って骸は立ち上がると恭弥に手を差し伸べる。
「恭弥君、帰りましょう」
「……」
手元のコップをみて思案しているらしい恭弥には悪いとはおもったが、骸はいささか乱暴にその手から酒を奪う。
機嫌を損ねたらしく、むっと眉がよって恭弥は立ち上がったが、足元がおぼつかなくおもいっきりよろけた。
「ほら、帰りましょう。ふらふらでしょう? ヒバードはどこですか? この空中アルコール濃度はヒバードには毒ですよ」
「ヒバーバババッバッバッバンガバンバー♪」
ご機嫌で歌う鳥がひょこりと恭弥の袖の間から姿を覗かせて、こいつも酔ってるんだろうと骸はもう達観することにした。

なんでも諦められる。
あのヒットマンが虚空に銃口を向けた時点で酒の恐ろしさを噛み締めた。
「ほら、ヒバードも帰るそうですよ」
「……ん」
頷いて恭弥は骸に体重をかけてくる。
よっぽど足元がおぼつかないのだろう。
桜クラ病の時だって自分で歩いただろうに、と頼られていることを少し嬉しく思いつつ、そっと体重を支える。


ようやく部屋を脱出し(外の空気の正常さに泣きたくなった)エレベーターになんとか恭弥を運び込む。
お姫様抱っことかしてみたかったのだが、さすがにぐずられた、無念だ。

エレベーターに入った途端にくたっと座りこんでしまった恭弥に、骸は背中を差し出した。
「おぶりますよ」
「ん」
拒否されると思ったのだが、恭弥は素直に体重を預けてくる。
稀に見る――というか多分空前絶後の出来事に骸は酒なしでも舞い上がっていた。
背中に確かに感じる彼女の重さ、ぬくもり、吐息、ついでに乳&生足バンザ――なんでもない。

ゆっくりとマンションの出口まで彼女を運ぶ。
あとはタクシーを捕まえて彼女の部屋まで送ればいいだろう、送り狼にならなきゃいいだけの話だから。
それぐらいなら今まで何度もしているので大丈夫だ。
ついでにオートロックの番号も暗記している。

「恭弥君、少し待っていてくださいね」
すぐにタクシーを呼びますね、と座らせた彼女に携帯を取り出しつつ話しかけると、ぐいと伸びてきた手が彼の袖を握った。
「恭弥君?」
「……むくろ」
「はい」
「よばなくていい」
「え?」
骸は携帯電話をもったまま目をぱちくりさせる。
「でも、呼ばないと。十一月ですよ今。ここで酔いを醒ましたら風邪を引きます」
「あたためてよ」
「……へ?」

今度こそフリーズした骸が何もしないので焦れたのか、恭弥はふらりと立ち上がると真正面から骸に抱きついた。
「ちょっ――きょ、きょ、きょきょきょきょーやくん!?」
「うるさい」
「え、あ、あのあのあのあのあのですね!」
「むくろ……」

かすれた声で名前を呼ばれて、骸は上擦った声で返事をする。
酒で理性がカッ飛んでいるとはいえ、そんなに甘い声で呼ばないでほしい、こっちの理性もカッとびそうだ。
「さむいよ、むくろ」
「あっ、は、はい、すみません! コートをいまきせ――」
「さむい」

さむい、と繰り返されたので骸はおそるおそるその手を恭弥の肩におく。
満足そうに額を擦り付けられて、戸惑いながらゆっくりとその体を抱きしめる。
「……え、ええと……夢……ですよねえ」
「んー」
「これ、絶対、酒が抜けたら覚えてないんでしょうねえ」
一人呟いて、骸は笑った。


「酷い人ですね、貴女は」


その呟きに対する恭弥の応えはなかった。

 

 


 

 




***
まだ切ない恋人前時代。





骸「読めたオチでしたがあんまりだ!」
恭弥「なんで起きたらあんたがいるわけ!?」
骸「結局離れてくれなかったからタクシーで運んだんですよ! なんで寝起きに殴られるんですか!?」
恭弥「いけっしゃあしゃあと嘘つかないでよね、変態植物。人が寝てる横にもぐりこむとか最悪」
骸「嘘じゃないですよ!」
恭弥「ヒバードがそういった」
ヒバード「ムックロー カッテニ ハイッター!」
骸「君も酔ってたんですよ!」