<お父さんは六道骸 1>

 



六道骸はマフィアの鼻つまみ者である。
その罪状はたいてい3つか4つほど並べられてから「以下略」といわれる。
もちろんマフィア内での「罪状」であって、つまり一般社会的に見ればその十倍ぐらいはきっとある。

そもそも脱獄×3な時点で真っ当な生命体ではないというのが彼の知り合いの評価である。
最後の1はあなたたちがやったんじゃないですかぁという彼の訴えは無視された。
とりあえずたいていのマフィアにとってみれば「六道骸は敵」という公式が植えつけられていて、それは彼が今までにしたことを思えば当然だ。
なにせ六道骸は、マフィアを何より憎んでいる男なのだから。

というわけで大抵のマフィアの認識はそんなものである。
これはボンゴレ内部でも、というかボンゴレ幹部でも当てはまる。
彼の真の姿を知っているのは、本当に彼と直に交流のある極一部の人間・・・つまり守護者とかボスとかヴァリアー幹部とかに限られていた。


そして彼を真に知るものはこう言う。



「アイツはマフィアが敵とか憎いとかきっぱりすっぱり忘れてる」

と。













雪加は弟の手を引いて、人ごみを縫うようにして歩いていた。
まだ小さい弟は、ちらちらと不安そうな視線を兄ヘ向ける。
「お兄ちゃん」
「大丈夫だよ、夜鷹」
こくりと頷いた弟は心細そうにぎゅうと手を握り締めてくる。
雪加は気を引き締めて、背の高い大人たちが右往左往する道路を何とか通り抜けようとする。

もうすぐお母さんの誕生日だったから何か買いに行きたかったのだけど、父親は仕事だったしいつもかまってくれる大人達も出払っていた。
唯一手が開いているらしきルッスーリアおばさん(と呼ばされる)も待機していなくてはいけなかったらしく、お小遣いだけもらって二人で外に出たのだ。
運転手か護衛でもつけましょうか、とルッスーリアおばさんは言ってくれたのだけど、ぐずぐずしてお母さんが帰ってきてはだめなのだ。
だから大丈夫、と言ってヒバードだけつれてきた。

「おかあさん、なにがいいかな」
人ごみを抜けて商店街へ入る。
きゃっきゃと楽しそうな夜鷹がそう尋ねた。
「ハンカチとかいいってルッスーリアおばさんが言ってたよ」
「むらさきがいい」
「ヒバードもそう思う?」
「ムッラサッキー」
むらさきできまり! と嬉しそうな夜鷹は突然足を止める。
「夜鷹?」
どうしたの、と雪加もつられて足を止める。
前には何もない。
だとすれば――・・・


「夜鷹ッ!」

つないでいた手が無理やりもぎ取られる。
スーツの男に抱え込まれた夜鷹は泣き声ひとつ出さず、青い目で男達を睨んでいた。

「何をするっ!」
飛び掛っていこうとした雪加は黒服の男に軽く突き飛ばされ、ドシンと地面に転がった。
「アニキ、こっちはどうしますか」
「まあ、連れて行っても問題はないだろう」
「しかし、不気味なぐらい似てますね。本当に・・・?」
「これだけ似ていて赤の他人のわけがあるか」
それもそうですな、との会話を聞いて、雪加は状況を理解した。

前にもあった。
何で気がつかなかったのか。

「・・・僕だけでいいでしょ、その子は離して」
後ろ手に縛られながらそういうと、彼らは笑う。
「お前には用はないんだよ」
「いや、待て、この顔・・・幼いが、もしかしてあの「雲雀恭弥」の血縁じゃないか?」
顔を覗き込まれて、雪加は毅然とした態度で相手を睨み上げる。
雪加は母親にそっくりだそうだ。
弟の夜鷹が父親とよく似ているように。

雲雀恭弥。
その名前も十分にマフィアの間では恐怖の的だ。
ボンゴレに属しているかも判然としない人物、最凶との噂もある。
彼女が目をつけた組織は必ず壊滅し、後には何も残らない、とか。
その情報網は情報屋をはるかにしのぐ、とか。
噂では政界にもかなりのコネクションがある、とか。
とにかくそんな雲雀恭弥の弱みを握りたがるマフィア・・・にかぎらず・・・は多い。
よく似た雪加が血縁者と判断されておかしくはなく(間違ってもない)以前に誘拐されたこともある。

「・・・そう。僕は雲雀恭弥の血縁だ」
「じゃあこっちも使い道はあるな、せいぜい丁寧に扱え」
「だからその子は離して!」
叫んだ雪加に、男は首を横に振った。
「そうはいかない、坊ちゃん。俺たちの目的はこっちなんだ」
「・・・」

猿轡までかまされた弟を見て、雪加はちらりと空を見上げる。
そこに羽ばたいていた黄色い塊は、もう遠くにいって見えなくなっていた。










ボンゴレ本部のセキュリティはすばらしいが、空を飛ぶ小さい鳥には無力だった。
それを利用して好き勝手しているヒバードがかごの中にいるのは珍しく、骸は餌を片手に近づいた。
「珍しいですね、おなかが減りましたか」
話し掛けながら餌をやろうとすると、いきなり指先をつつかれる。
「あいたたた、な、なんですか?」
「ヤタキョ セッキョ ムックロー」
「夜鷹と雪加がどうかしたんですか?」
「キョキョキョ」
珍しく慌てているらしいヒバードは同じ言葉しか繰り返さない。
長時間何かを覚えているのは難しい鳥だ、だいぶ頑張ったのだろう。
「ちょっと見せてください」
ヒバードの足についている機械を取り外す。
それをパソコンにつないで、パスワードを打ち込んだ。

「・・・・・・これ、はっ」
顔色を変えて骸は立ち上がる。
「ヤタ カー!」
「わかってます、ヒバードはここで待機・・・いや、恭弥のところへ」
「ヒバリ!」
ぱさぱさと飛び上がったヒバードが窓から出ていく。
骸は机の引き出しの中の武器を懐へとしまうと、ヒバードと同じように窓から。

飛び出した。











暗い部屋から通路を通って、真っ白の部屋につれてこられる。
夜鷹はそこで違う服に着替えさせられた。
「よし、そこに寝ろ」
「・・・」
「早くしろ!」
バシッと頬を打たれて、夜鷹は無言で寝転ぶ。

「よし、拘束」
パチッと音がして、両足が固定される。
両手も同じように寝台に固定された。
「よく右目をチェックしろ」
「・・・・・・異常なし、通常の目です」
まぶしい光に右目を照らされて、夜鷹はにじんでくる恐怖を押さえ込む。
何かと守ってくれる兄はここから遠い。
お母さんも近くにいない。
お父さんもここにはいない。
「何か危機に陥ると発動する可能性はあるな。始めろ」
「はい」

かちゃかちゃという機械の音が遠くでして、夜鷹はぼんやり焦点を合わせようとする。
右目が痛くてまぶしくて、よく見えない。

「はうっ」

突然体に刺激が走り、夜鷹は小さな体をびくつかせた。
びりっとした。
せいでんきというものよりずっと強い。
「ぎゃっ」
もう一度。
「ひっ」
もう一度。
「や・・・やだ・・・やだぁ、いたい、いたいよぅ」
耐え切れなくて泣き出しても、男は冷静に一言命じる。

「もっとあげろ」
「これ以上は心臓に負担がかかりますが」
「かまわん。心停止しても発動しないことを確かめろとの仰せだ」
「わかりました」


今度こそ本当に耐え切れない痛みが走って、夜鷹は痙攣しながら絶叫した。






目の前が赤と青になる。
それからにじんで緑がまざって全部の色がまざってぐるぐるする。
「・・・・・・」
にじんだ視界の向こうに黒い影がいる。
手には知っている武器がある。
『・・・・・・』
影が何かしゃべっているけれど、夜鷹はわからない。
『・・・・・・・・・』
続けられた言葉の意味もわからない。
けれど黒い影がゆっくり鮮明になっていって、そのシェルエットが誰かわかった瞬間夜鷹は叫んだ。

――おとうさん!

影は武器を少し動かす。

『夜鷹、聞こえますか』
「おとう、さん」
『すぐに助けに行きます。少しだけ、待っていて下さい』
「・・・・・・うん」

苦しくて痛くてとても怖い。
だけど助けに来るといったから。

「まってるよ・・・まってる」

呟いて夜鷹は暗い中一人で泣いた。










冷たい地下室の中で何とか抜け出せないかと考えていた雪加は、鉄格子の外に現れた姿に顔を輝かせる。
「お父さん!」
「しーっ、静かに、雪加。今から出します」
そう言った父親にあっさりと出してもらって、雪加は服の裾を引っ張る。
「夜鷹が!」
「わかっています・・・一人で外に出れますか、雪加」
「僕も、夜鷹助けに」
「・・・・・・そういうと思いましたよ」
苦笑して骸は雪加を抱き上げる。
「声を出さないようにしてくださいね」
「うん」

子供を抱えて、骸は幻影で姿をくらまし更に奥へと入っていく。
それだけのことができる骸が凄いのか、それを許すこの建物の警備が甘いのか。
見張りをすべて計算したかのように潜り抜け、骸はある部屋の前でそっと雪加を降ろした。

「雪加、ここでおとなしくしていてくださいね」
「はい」
三叉を持ち上げた骸は、すうと目を細める。
次の瞬間、扉はぶち破られた。



寝台に息細く寝かされている幼子。
よく見えなかったが、その右目から血が涙とともに流れているのはわかった。
彼を囲んでいた男達は、扉が破られた音に一斉に振り返る。


「クフ・・・クフフフフフフ」

その機械は骸も知っていた。
電流を流す装置。
それを、この小さな子に、彼らは。

「クフフ・・・クハハハハハハ、愚かですね、なんて愚かなのか」

右目に手を当てる。
ぐいと指を押し込んで、無理やり動かす。
激痛のあとに、その目には五が宿った。

「殺し生き返らせまた殺してあげましょう」

クフフフ、と笑いながら骸は三叉を横へ薙ぐ。

「永遠に死しそして生きまた死す苦しみを味わいなさい」

クハハハハハ、と笑う。
気圧された男達は動けない。
全身が恐怖を訴えていたけれども、彼らは指先ひとつすら動かせない。



「クフフ・・・安心するといい。発狂死など、させませんよ」

間近に迫った黒いオーラに、彼らは包まれた。






雪加を横に、夜鷹を抱えて出てきた骸を恭弥は迎える。
とたとたと走りより、抱きついて泣き出した雪加の頭を軽くなで、それから骸を静かに見上げる。
「・・・で」
「脳神経の限界まであと一月というところでしょう」
「わかった、あとは任せて」
「はい、お願いします」
呟いて、骸は腕の中の次男を抱きしめる。
それからしゃがみこんで、血の流れる右目を押さえて、ごめんなさいと呟いた。
「ごめんなさい・・・夜鷹、僕の・・・僕の息子に生まれたばかりに・・・」

眼球の破損はなくとも、何かで傷つけられたかつかれたのか。
どれだけ痛かっただろう、どれだけ怖かっただろう。

「ごめんなさい、夜鷹・・・」
「・・・おとう、さん・・・」

小さな声がする。
小さな手が、泣く骸の顔を触ろうと伸ばされた。


「たすけにきて・・・くれ、たね」

その手をとって、骸はなんとか微笑んだ。
「はい、助けに来ましたよ」
「うん・・・」

小さく微笑んで、夜鷹は意識を失った。




 



***
骸パパ。