<つな嬢の憂鬱>
玄関で新しくおろしたパンプスを脱いだ。
内側の柄が小さな花模様になっていて、消臭効果まであるので少し高かったけど頑張って買ったのだ。
それを丁寧にそろえて、部屋に上がる。
先に行っていたザンザスは部屋へとつながる扉を押さえて振り返るところだった。
「つな」
「これ。おみやげ」
たたたと走っていって土産を渡すと、無言で受け取った。
土産は母さんと相談して決めた、ザンザスが好き(なはず)なお店のケーキだ。
つなにはショートケーキ、ザンザスにはチーズケーキ。
「こ、ここのケーキ好きだった……よね?」
「ああ」
シンプルな答えによかった、と胸をなでおろす。
それから見上げたザンザスが少し笑っているような気がして、彼の視線を追って赤面した。
「あ、その、はいてくるっ」
スリッパを履き忘れていたことに気がついて、玄関まで戻ると出してあったスリッパに足を入れる。
赤いチェックの小さめのスリッパで、自分用なんだと気がついて笑顔がこぼれた。
もう一度廊下を歩くと、ザンザスが開けておいてくれた扉をくぐる。
その向こうはリビングで、自分の家の居間より大きいそこに目を見張る。
「わあ、おおきいー」
「座ってろ」
「うん」
ドカンと置いてある白のソファーは革張りで、ザンザスの長身でも優に横になれる程度には大きかった。
対面の壁には液晶テレビがある。
その置いてある棚もテレビも漆黒だった。
柔らかく日の光が差し込む大きな窓には光沢のあるグレーのカーテンがかかっていて、白のレースのカーテンが今は外の景色をさえぎっている。
つなは白のソファーの隣にある少し小さめの黒のソファーに腰掛けることにした。
足元はふかふかとした黒の絨毯で、一歩踏み出すごとに沈み込む。
「……」
ソファーに浅く腰掛けて、つなは持ってきた鞄を膝の上に置くとぎゅうと握りこんだ。
イタリアの九代目に会いに行くたび通される部屋だってとても豪華だった、古めかしくもあったけれど。
だけどなんとなく九代目がそういうものを持っているのは当然のような気がしていたので、よく考えたことはなかったし違和感を抱いたこともなかった。
けれど、一等地に立っている高級マンションの最上階のここに来ていると、場違いさを感じる。
エントランスを通った時も、そこにいた人に不思議そうな視線を向けられたし。
「どうした」
ケーキを皿に乗せて持ってきたザンザスが不思議そうな視線を向けてきたので、つなは慌てて笑った。
「ううん、すっごいとこに住んでるんだなって」
「そうか」
「ザンザスに似合ってるよ。うん、オレは浮いちゃってるけど」
スリッパを動かして絨毯の毛並みを変える。
しばらくそうやって遊んでいると、かちゃりと目の前にカップが置かれた。
座ってろと言われたから座っていたのだが、正直ザンザスがカップに紅茶を注ぎだした時は驚いた。
え、これザンザス? と思ったぐらいだ。
「ざ、ザンザス……?」
「どうした」
「あ、う、ううん。ありがと。いただきます」
カップに手を伸ばして、一口飲む。
いい香りがして、つなは微笑む。
「うん、おいしい」
「……そうか」
少しだけザンザスがほっとした声をだしたので、つなはくすりと笑った。
ザンザスがお茶を入れたのを見たのはつなだってこれが初めてだった。
つなが来るから練習してくれたのかもしれないと、そう思うと嬉しかった。
「でもザンザス、こんなとこ借りちゃって、何週間ぐらいいるの?」
「借りたというかここはボンゴレ所有のマンションだ」
「え、そーなの!? だってここ借りたらいくらぐらい?」
「賃貸じゃなくて分譲だが……二億ぐらいだろうな」
グェ、とつなの喉から変な声が出る。
慌てて咳き込んで、言わなかったことにした。
「へ、へえ……」
「まあ四五年は住むからな」
「……え?」
目をぱちくりさせたつなに、ザンザスは小さく笑う。
「四五年はヴァリアーは日本を拠点に活動することになった」
「え……う、うそ」
「本当だ。十代目の護衛も重要任務だからな」
柔らかく頭を撫でられて、つなはじわりと目に涙を浮かばせる。
今までは彼はずっとイタリアで、あまり会えなくて。
たまに会えてもすぐに戻ってしまって、めったに会えないのがさびしくて。
それがイヤだと何度駄々をこねただろうか、だけど仕事だから仕方なかったのに。
きっとザンザスが頼み込んでしてくれたことなのだと、そうわかってつなは嬉しかった。
「ざん、ざすっ」
崩れそうな顔を隠すために抱きつくと、なだめるように背中を撫でてくれる。
首にきつく両腕をまわして、ありがとうと繰り返した。
落ち着いてからケーキを食べて、それとない話をしながらザンザスが席を立った。
立ち上がったつなはきょろきょろと左右を見てから、そっとリビングを抜け出す。
玄関から外に出て、リビングとは反対側に行けば、廊下が続いている。
その一番奥の扉をそっと開いた。
「わあ」
白いカーペットに大きなベッドが置いてあって、ビロードの赤の掛け布団がかかっていた。
端のほうには小さなソファーが二つとテーブルも置いてある。
そのテーブルの上には中身が半分ほど減ったブランデーと、伏せられたグラスが二つ。
「……」
おそるおそるベッドに近づくと、つなは腰をおろす。
家のベッドに数段まさる弾力に、最初は遠慮がちに押していた手もだんだん強くなった。
「ふあー……」
ころんと上半身を投げ出す。
きれいに整えられているけれど、わずかにザンザスの匂いがした。
顔をベッドに埋めて、つなはすんと鼻を啜る。
とたん、足音が聞こえたので顔を上げた。
「……つな」
何をしてる、と言いたげなザンザスの視線を向けられて、つなは小さく笑った。
「ザンザスいいな、ベッド大きい」
「んなもんどうでもいいだろうが、こっちこい」
部屋に入らず言い放たれて、つなはベッドの上に起き上がる、けれど下には降りない。
「ザンザス、こっち来てよ」
「……なんでだ」
「オレ、この部屋好き。リビングはザンザスの匂いしないもん」
「…………」
溜息をついて、ザンザスが部屋に入ってくる。
けれど扉は閉められなくて、つなは眉を寄せた。
「ザンザス、扉」
「めんどくせぇ」
言い放って、部屋の少し離れたところにおいてあった椅子に腰掛けた。
つなは頬を膨らませて、手招きする。
「こっちきてよ」
「……狭ぇだろうが」
「大丈夫。オレ、こっちにいくし」
ベッドの中央の方に体をずらして、手招きをする。
しぶしぶといった様子で、ザンザスはベッドに腰掛けた。
「ね、しばらく日本にいてくれるの」
「ああ」
「……オレのため?」
下から顔を覗き込む。
無表情に近かったザンザスが、ふいと視線を逸らしてつなは笑った。
「他に理由はねぇな」
「えへへっ」
抱きついて、顔を寄せる。
触れそうなほど近くに寄ると、小さく唇を啄ばまれる。
「んっ」
もっと、と仕草で強請るともう数回同じことを繰り返される。
大きな手が髪を梳いて、少し引き寄せられた。
「ん――ぅ」
軽く唇を吸われて、それからあっけなく体は離される。
「ちょ、ザンザスっ」
「もう夕方だ。早く帰れ」
「え、ちょ、なんでっ」
ぐいと横抱きにされ、つなは足をばたつかせる。
けれども視線を合わせないザンザスは無表情で、何を考えているかわからなくなった。
「ざ、ザンザス……?」
「明日から一週間ほど留守にするが、戻ったら連絡する」
「ちょっと、ちょっと待ってよザンザスっ!」
玄関先に下ろされたつなは、思わず食って掛かった。
「ま、待って! オレ、なんかした? そ、それともザンザスはやっぱオレのこと嫌い?」
「……」
答えないザンザスに、つなは泣きそうになる。
けれど泣いてしまったら負けだ、このまま彼になだめられて家に帰される。
「オレ、子供っぽいから? 胸がないから? ガキだから? 男みたいな格好ばっかしてるから?」
言いながら涙腺がどんどん緩んでくる。
ついに目尻からこぼれて、それからはもう止められなかった。
「き……キスしてくれん、のは、オレが頼んだ、から? オレはザンザスにとって、は、親戚のガキ? オレが十代目になるから? 九代目に頼まれた、から?」
「……」
「十も年下だから? 美人じゃ、ないから……? こた、答えてよっ!!」
ぐしゃぐしゃの顔をこすったつなの頭に、軽く手が乗せられた。
驚いて顔を上げようとしたけれど、思ったより強く押さえられて顔が上げられない。
「……お前は美人だ、つな」
「……っ」
「あと数年もすれば、もっと綺麗になる」
「ザ、ザンザスッ」
「もう、帰れ」
静かに告げられて、つなはそれが命令だとわかった。
これ以上ここで駄々をこねても、ザンザスは何も答えてはくれないだろう。
「ぅん……」
泣きじゃくって困らせた。
馬鹿な子供そのままで、駄々をこねて無理強いをした。
呆れられて当然で、怒られて当たり前。
仕方ないんだ、自分はこんなガキだから。
「……っく、っ」
家への道を歩きながら、また涙が出て来た。
昨日の夜ずっと考えて選んだ服、新しく買った靴、お気に入りのバッグ。
めったに着ない女物の服、せっかくリボーンに我侭言って渋った彼に上からコートをはおることを条件に了承させたのに。
「どうしたダメつな」
「リボーンっ」
帰り道に立っていた小さな影にかけよって抱きついた。
零れてくる涙の止め方を教えてほしかった。
「リボーン、リボーン」
「……そんなの簡単だぞ、つな」
小さな家庭教師の手がつなの濡れた頬を撫でる。
「思いっきり泣いて忘れちまえ」
「オ、オレ……オレ、やっぱり、やっぱりダメなんだっ……」
「あんな年増やめちまえ。いいかダメつな、オレの生徒、オメーに相応しいイイ男はいくらでもいるんだ、だから泣くんじゃねぇ」
その言葉にそれでも首を横に振って。
つなはリボーンを抱きしめてずっとずっと泣いていた。
***
つな視点なのでザンザスがとても表情豊かです。
この後ちょっとあってディーノあたりに殴り込みをかけられるといい>ザンザス