<父親の哀愁>
玄関に座り込んで、ぐったりと骸はネクタイを緩めた。
ああ、この家の匂いを嗅ぐのもいつ以来だろう、懐かしくて涙が出そうだ。
今回は長期出張が立て込んで二ヶ月ほど戻ってこられなかった。
そうでなくともつなとはやとがそろいもそろって身ごもってからというもの外回り関係の仕事が骸に回ってくる確率が以上に高くなり、一週間家に帰れないとかざらだったのに。
しかも家に帰ったところで一日いられればいい方で、下手すると子ども二人の寝顔を堪能するだけして起き出す前にまた出かける、なんてこともあったりして。
これって労災出るんでしょうか、明らかに基準法違反してますよねぇと思うんだが、法律をだだ無視しているマフィアに労働基準法など適用されるはずがない。
二ヶ月いないと色々変わる。
普段はそうも思わないが、今回はおなかの大きさという身をもって時間の経過を知らせてくれる人たちがいるものだから、二ヶ月という時間の流れは偉大だと思う。
よっこいせ、と年寄りじみた掛け声と共に立ち上がって、放り出していた鞄片手に骸は家族が揃っているであろうリビングに向かう。
さすがに二ヶ月の連続出張(出向ではなく数日単位の出張の連続、移動回数はもう考えたくなかった)に悪いと思ったのか、今日と明日は休暇でいいとつなのお達しだった。
さすがにしんどいのだが、つなとはやとに非があるわけではないし、協力するといった手前あと数ヶ月はきっちり働いてやろうではないか。
その分の特別手当は弾んでもらいますが。
骸にしては非常に献身的な考えの下骸はリビングの扉を開け、目の前の光景に部屋に踏み入れかけた足を空中で止めた。
「すくー、おかわりー」
「ケーキは一日一個って決めただろうがぁ」
「だっておいしいんだもん。ママン−」
「・・・夜鷹と半分こね」
「わーい」
「わー」
なんですかこれ、ここって僕の家ですよね。
あそこにいるのは妻と子どもたちですよね。
とりあえずそこのケーキ切り分けてる鮫、僕と位置を変わってそのまま海に戻りなさい。
骸が帰ってきたことに恭弥とスクアーロが気付いていないはずがないのだが、二人は硬直している骸に目もくれずに子どもに構っている。
ごほん、とわざとらしく咳払いをした骸に、そこでようやく雪加が存在に気付いて、顔を輝かせてぱたぱたと寄ってきた。
「パパだー」
「雪加!」
抱き上げてその頬に親愛のキスをひとつ。
可愛らしい笑顔にそれだけで出張の疲れもふっとぶというもの。
雪加は嬉しそうに骸の首に抱きついて、邪気のない笑みで言った。
「いらっしゃいパパー」
「・・・いや、ここ僕の家ですから」
おかえりなさい、が正しいのであって、いらっしゃいではありませんから。
少し顔を引き攣らせながらも、ただいまですよと返して恭弥の座るソファに近寄る。
恭弥の膝には夜鷹が抱えられていて、目の前のケーキに夢中なのか懸命に口を動かしていた。
「恭弥、ただいま帰りました」
「ああ、戻ってきたの」
「ほーら夜鷹、パパですよー」
雪加を抱いている反対側の手で器用に夜鷹を掬い上げる。
ごっくんとケーキを飲み込んで、いきなり抱き手の交代に目を瞬かせた夜鷹は、急にじたじたと手足をばたつかせはじめた。
「ちょ、夜鷹どうしたんですか!?」
「まーまー まーまー まーまー!!」
やぁー、と暴れながらぐずりだした夜鷹に骸はおろおろしながら出来る限りの優しい声を出してあやそうと試みる。
「や、夜鷹・・・パパですよー?」
「せーかー! すくー! ままー!!!」
うぇぇぇぇぇん、と本格的に泣き出した夜鷹に骸は呆然とする。
そりゃあ滅多に家にいませんが、久しぶりに帰ってきたらおお泣きされるというのはちょっと凹む。
ひょい、と事態を傍観していたスクアーロが溜息を吐いて骸の腕から夜鷹を抜き取る。
脇の下に手を入れて宙ぶらりんのような恰好で持ち上げて、スクアーロは骸の方に顔を向けさせて言った。
「ほれ夜鷹、滅多に家にいねーが、一応あれでもパパだぜぇ」
「一応とか余計です! しかもなんであなたが抱っこすると泣かないんですか!!」
「俺の方がみなれてるからだろうよ」
「パーパ、ない!」
はっきりきっぱりと、胸を張って断言した夜鷹に、骸はその場に膝をついた。
雪加が気の毒そうな顔で骸の頭をなでている。
スクアーロもさすがに不憫に思ったらしい。
「・・・・存在が消されてるぜぇ、骸」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・僕が何をしましたか」
「俺よりいねぇだろ、おめぇ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
忙しい時のベビーシッターもどきとして時々六道家にやってくるスクアーロ以下の認識。
久々に会った息子にいらっしゃいと言われ大泣きされるって一体。
どんよりと梅雨前線を周囲に発達させた骸へのフォローを一切しないで、恭弥はのんびりと食後のドルチェを楽しんでいた。
後日、「旦那に産休なんていらないでしょう!」と山本に当り散らす骸の姿が見られたとか。
***
雪加に、「お父さん今度いつくるの?」って言わせてみたいという欲求が具現化したらこうなりました。
骸が不憫すぎて泣ける。