下校時間直前の時間帯。
明日の連絡なんて冗長なことをぼんやりと生徒が聞く時間。
早く帰りたい部活行きたいていうかとっとと解放しろ、という一種の気だるさに全員が意見一致する一日に一度の時だ。

「では起立――」
日直が号令をかけ、全員が立ち上がった瞬間。
校門前に赤のフェラーリが止まった。

 





<これが俺の彼氏です>


 




全生徒が停止し、そして窓に駆け寄った。
教師の言葉など届いていない、というか半数の教室では教師こそ真っ先に窓に張り付いた。

「なんだあれ! 規格外すぎる!」
「あ、降りてきたぞ! なんか黒尽くめだ!」
「なんかデカくない!? なにあれ、誰!?」
「うそっ、手になんか持って……花束じゃねぇか!」

生徒教師の絶叫が響き渡る中、フェラーリから出てきたのは黒尽くめの長身の男だった。
彼は助手席から花束を取り出す、ピンクの花の花束だ。
そのいっそミスマッチな映像は、すたすたと校庭を横切って校舎へと向かってくる。
そして校舎の中に消えた、こうなったらもうどこに行くかだ。
今度は全生徒が廊下に集中する。

職員室か一年か二年か三年か!?
全校生徒が固唾を呑んで階段を見守る中、足音は職員室の前を通り過ぎ、階段を上ってくる。
二年のクラスがある階へ行くための廊下を通り過ぎ、三年のクラスへの階段も通り過ぎる。
こうなるとあとは一年しかいないではないか。

俄然ざわついた1−Aは、ただし全員教室の中に引っ込んだ。
なぜなら廊下を歩く男がまっすぐにこちらに向かってくるからだ。
「十代目、十代目」
はやとが突っ伏して寝ているつなを揺り起こす。
むにゃ、と呟きながら顔を起こしたつなは、なぁにぃ? と寝ぼけた声を返した。
「もうホームルーム終わった?」
「そ、それどころじゃないっすよ! ほら、あそこ!」

ふえ、とつなが腑抜けた声をだして顔を上げる。
なぜか誰もいない廊下の向こうから。
歩いてきて。

「ざっ……!?」
目を丸くしたつなが立ち上がる前に、がらりと教室の扉が開かれる。
どう贔屓目に見ても極道でしかないザンザスは、片手に花束を持ったままちらりと教室を一瞥すると、カツカツと足音と共に真っ直ぐに歩いていく。

席でぽかんとした顔をしている彼女の前へ、薔薇の花束を差し出した。

「つな、行くぞ」
「え――あ、うんっ!」
立ち上がったつなに、ザンザスは花束を渡す。
抱えきれないほど大きなピンクの薔薇の花束に、彼女はとろけるような笑みを見せた。
「へへ……えへへ、ありがと」
ぼすっと男の手がつなの頭に置かれる。
鞄は? と聞かれてはやとがさっとつなの鞄をさしだした。

「行くぞ」
「うん」
ザンザスの後についてたったったと走っていくつなが、教室を出、階段を降り、校庭に出る。
誰もがそれを見るために無言で窓辺へ詰めかけた。
フェラーリの助手席を開け、つなを乗り込ませた男は運転席へと消える。

そしてフェラーリは道の向こうへと消えていく。
瞬間、教室に時間が戻ってきた。

「な、なんなんだアレ!」
「ちょ、ちょ待、なんだあの男! 沢田のなに!?」
「キャーッ、つなちゃんって彼氏いたの!? しかもなにあれ、大人!」
「っつーかどう控えめに見ても極道! 極道ですヨ!」

騒然となった教室の中、はやとと山本はいそいそと鞄の支度を終えた。
それからダッシュして教室を出ようとしたが、がっちりと捕まった。

「ちょっと獄寺! 山本! なんだあれ!」
「あー……プライバシーなのなー」
「っザけてんじゃないわよっ! なにあれ、極道!?」
教えなさいよー! と女子に引っ張られて、はやとは溜息をつく。
「まあ、恋人は恋人だ。だから十代目を狙う奴らはあきらめろ!」

ええ〜!! と教室が沸く中、二人はさっさとエスケープする。
後は明日登校する彼女に任せよう。そう決めた。










教室に入った瞬間に皆に取り巻かれる。
慌てて助けを求めるものの、はやとも山本も知らん顔だ。ずるい。

「ね、ね、つなちゃん。昨日のあの人って恋人?」
「外人だよね!? どこの人? なんて名前? いくつ? なにしてんの?」
「昨日あの後どこ行ったの!? どうやって知り合ったの!」
「あの人極道だよね! カタギにはみえないんだけど!」
女子からの次々の質問に、泡食ったようになって答えられないつなに、さらに男子から質問が飛んだ。
「ちょ、なにあのガタイ、ていうかフェラーリって私物!?」
「あいつと恋人って嘘だよな沢田! てゆーか絶対騙されてるソレ!」
「やめとけって、まだ山本の方がナンボかマシだって!」
「職業何!? 何したらあんな体になんの!?」
「っつーかもう寝……」

「はいはい退場〜」
最後の質問をした男子をぶん殴ったはやとは、ぺいっとそいつを教室の外に投げ出す。
やはりそっちの話題はNGなのだと全員が飲み込んだあたりで、もう一度同じ質問が繰り返された。

「とりあえず、あの人はあんたの何!?」
「ざ、ザンザスは……こ……」
「こ!?」
詰め寄るクラスメイトの前で、つなは下を向いて頬を赤らめた。
「こい、びと、だよ」
照れたように笑うその姿に、大多数は大盛り上がりする。
盛り下がったのはつなを狙っていた一部の男子だ。ドンマイ。
「で、名前はザンザスね! 職業は!? 年は!?」
「ってゆーか沢田さん騙されてるんじゃないの? ホントにあの男大丈夫?」
「ざ、ザンザスは俺に優しいよ! だ……騙してるとか言わないで」
眉をハの字にしたつなはしゅんと萎れる。
それに慌ててゴメンと謝ると、ううんと首を横に振った。
「ザンザスは誤解されやすいんだよね。そんなに怖い顔してるかなぁ……男っぽいカッコイイ顔だと思うけど……」

ド厳つい顔全体に痣があって黒スーツを崩し着て髪にエクステつけた190cmを越えた外人が誤解されても仕方がないと思う。
全員が心を一つにして突っ込んだが、幸いつなには届かなかった。不幸にもか。
「で、年は!? 結構上だよな!」
「うん。今年で二十六歳」
「にじゅ……!?」
場が固まる。そりゃそうだ。
高校生にとって二十代後半のなんと遠いことか。完全に別世界じゃないか。

友人とは違い、その手のことにはちーとも縁がなさそうだったつな(なんせ一年前までは男子として生きていたし)に、そんな年上の彼氏がいることは卒倒するぐらい意外だった。
しかも十歳差。外見を考えれば完全に犯罪だ。

「し、仕事は……? カタギでしょうね……?」
「ザンザスは社長さんだよ。昨日は早く仕事が終わったから迎えにきて、で……デート、してくれたんだ」
幸せそうに笑ったつなに、とりあえず相手の男が真っ当(らしい)ということはわかった。
ひとまず周囲のテンションは少し下がる。
しかしまだまだ標準よりは高いままだ。

次の質問をするのは誰かと互いに譲りあう空気の中、一人の男子が尋ねる。
「ど、どーやって知りあったんだ? どんぐらいの付き合い?」
「遠い親戚なんだ。子供の頃からずっとだよ」
 子 供 の 頃 ! ?
一同が思わず凍る。聞き耳を立てていた教師(三十二歳男性既婚)も固まった。

ソレってええと、紫の上計画? 子供のうちからツバつけて育てました的な?
ということはこれはもはや刷り込み? そしてやはりあの男は犯罪者?

「つ、付き合ったのはいつから……デスカ?」
これでイヤンな事実が判明したら是が非でも一度つなをちゃんと説得してみよう。
全員がそう思う中、つなは照れ照れしながら答えた。
「き、昨日でまだ二ヶ月だよ……俺が死ぬ気で告白したら、やっとOKくれたんだよ……」
えへへ、と笑ったつなにまたも全員が卒倒しそうになった。

ちょっと待て。
二ヶ月はおいといて、やっと? 告ったのはつなから?
ということは過去に何度か告白していてその時はNOと? ソウイウコトですか?

パニックになる寸前の一同の反応を誤解したのか、つなはさらに無自覚で爆弾をぶん投げた。
「つ、つりあわないのはわかってるよ! けど、だって俺、ザンザスのことすっげーすっげー好きだもん……」
目を潤ませて下を向く。
慌てたのは今まで精悍していたはやとだ。
つなの肩を抱き寄せてぎっとクラスメイトを睨む。
「お前ら、十代目を泣かせるな! 大丈夫ですか、十代目」
「あ……うん。ごめん、大丈夫……ちょ、ちょっと、パニくっただけ」
ごめん、と繰り返したつなの涙をぬぐってはやとは微笑む。
「十代目は愛されておいでです。昨日だってお泊りになったんでしょう?」
「うん。俺のパジャマまで買ってあったんだよ。ザンザスが選んでくれたんだって」
「よかったですね」
「……ん」

こくりと頷いたつなをはやとは穏やかな顔で見やる。
いきなり目の前で展開された異世界ワールドに反応が遅れていたクラスメイト達だったが、彼等がさらに質問を重ねる前になんとか正気づいていた教師が手を叩いた。
「お前ら、とりあえず……とりあえずやることやっちまおうぜ」
かつてないほど投槍な態度ではじまった朝の会は、歴代最速で終わった。たぶん。



 

 


***
どう終わらせたらいいかわからなくなった。
このままザンザスを出したかったけど、クラスメイト半数が重軽傷を負いそうだったので自粛。

ザンザスが優しいのはつな限定です。皆さん忘れないように。