<12:大空の死闘>
ぐい、と無言で酒をあおったザンザスは、グラスをガンッと机に叩きつけた。
かろうじて割れなかったのはグラスの意地か。
「いいか、気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
「わかってるわよーボス」
「了解してるよ」
「もちろんです」
「ししし、楽しみだ〜」
口々に返した面々を見て、ザンザスは思わず溜息をついた。
危機感がない。
今日は最終決戦――大空戦だ。
ここまでのスコアは3−3。
現在大空のリングはザンザスが持つが、実際は決着がついていない。
その決着をつけるのが、今晩の戦いだった。
……先日の雲戦に関しては言及したくない。
ボンゴレの技術の粋を、あのミニスカ少女は三秒で叩きのめして破壊しつくしてくれた。
技術部的にはよりよい動きのために、中に人を乗せる計画もあったらしいが、装甲をド厚くしない限り無謀だとアドバイスしてやろう。
……というか中に人を乗せるって……あの機械の動力源が死ぬ気の炎である以上、乗るのは必然的に九代目かザンザスになったわけで、ということはこの場にいない九代目が……ますます却下してよかった。
「ボス、自棄にならないでね」
「…………」
心配そうなルッスーリアの言葉は聞き流す。
そもそも自棄になってなきゃあこんな手を考えつくわけがない。
彼女を傷つけて。
泣かせて。
怒らせて。
戦わせて。
これが終われば、あの少女は名実共に「次期十代目」となってしまう。
戦いを厭い、ボスになることを拒んできたつなを、後戻りできなくさせる。
その最後の一歩を、すでに堕ちきった自分が無理やり腕を掴み引きずり込むのだ。
しかし、今の状勢ではとてもつなの次期十代目就任が認められるわけがない。
だから。
大空戦――
六つのリングと守護者の命、それを賭けて争われる。
「……これで、よかったのかザンザス」
呟いたリボーンの言葉を聞きとがめて、コロネロはどういう意味だコラと突っ込んだ。
「いいも何も、チェルベッロはあっちの味方じゃねーかコラ」
「相変わらず観察眼がなってねーな、ザンザスが望んで戦ってるように見えるのか」
「見えるもなにも……そうだろコラ」
コロネロは呟いてから首をすくめる。
「違うのか、コラ」
「……これが『差』なら、オレは諦めるべきかもしれねーなー……」
「リボーン、どうしたコラ」
「なんでもねーよ」
呟いてリボーンは頭の上に大人しく座っているレオンの頭を撫でた。
つなの制服を特殊な糸で作り直した結果、ぐったりしている彼の相棒は、わずかにその首を持ち上げる。
眼前ではとうに戦闘は始まっていた。
ザンザスの手から放たれた光球が校舎にあたり――溶かす。
「おい……鉄筋の校舎だぜ」
シャマルが引きつった顔で呟いた。
「憤怒の炎だ」
その特性をあのダメ弟子はわかっているのだろうか。
彼女は。
彼女は、本気で戦えるのだろうか。
「……試してみるか?」
軟弱な炎だとあざ笑ったザンザスに、つなは応答する。
その手に炎を燃え上がらせて。
「貴様の炎とオレの炎、どちらが強いかを」
「ぶははは! それ程消えたきゃ、かっ消えろ!」
真正面から炎と炎がぶつかり合う。
圧倒的な熱に、先にザンザスの炎が焼かれた。
「ぐっ――」
炎を突破したつなの拳は、派手にザンザスを殴り飛ばす。
一瞬彼女の表情は歪んだが、すぐに元に戻った。
琥珀の目がザンザスを睨む。
ああ、その目は嫌いだ。
「……かかってきやがれ」
銃を抜く。
そして挑発する。
銃口を守護者のリングが置かれたポールへ向けて。
撃つ。
「まだまだだろう?」
無言でつなは空に飛び上がる。
ザンザスはその後を追った。
炎と炎が激突する。
何度も何度も、繰り返す。
「これ如きで!!」
叫び、ザンザスの猛攻が再び始まる。
火力に関しては相手のほうが絶対的に上。
どう足掻いてもつなは――避けれなければ、死。
「なん……なんなんだ、あの戦いは……」
呟いた声に全員が振り返る。
そこにいたのは、ディーノと。
車椅子にのった、S.スクアーロだった。
「あれは怒りだ」
呟いたスクアーロは包帯の間から覗いている片目で、戦いを見上げた。
「俺はあの怒りに憧れついてきた」
「なんで、なんでだよ! ザンザスは、だってザンザスはつなのっ」
ディーノの涙交じりの声にスクアーロは返さない。
一度だけ。
あの夜、見たのだ。
まだ知りあって間もない頃、まだ親しくなかったあの頃。
無力な自身に怒り絶望し、ボンゴレの血を受け継がなかったことを、大切な存在が呪われ血を受け継いだことを呪った彼の怒りを。
(……俺は何をしてたんだ)
だって、泣いている。
あの空を飛ぶ二人のボスは、それぞれに泣いているのだ。
たった今まで憤怒の炎が燃え盛っていた両手が凍ったことに、ザンザスは愕然とする。
まさか、この若さで――恐るべき、ブラッドオフボンゴレ……呪われし、天才の血。
「ありえねぇ……」
その力が強ければ強いほど、その肩にのしかかる荷物は重い。
初代が日本に渡ったのはきっと――重圧から自由になりたかったのだ。
せめてもっと、弱ければ。
ボスなど務まらないほどに……初代の血が流れているといったって、どれだけその血が薄まった。
「くっ……」
凍った両手を下げて、動けなくなったザンザスを、ようやくつなは見ることができた。
先ほどの戦いの間に、開いたその傷。
「……それ、は」
前に。
零地点突破を受けた――
「……あ」
記憶が――割れる
そうだ、あの傷は。
あの傷、は。
「いかせろクソジジイ!」
「そうはいかない、お前は私のかわいい息子なのだから」
争う声。
やめてほしいのに声が出ない。
「ザけてんじゃねぇ! つなが……つなが暗殺されかけたんだぞ! 俺がこの手で、」
「それは私の仕事だよ」
「ボンゴレに任せておけるか! 大体テメェが俺が実の息子だと嘘をつかなければこんなことにはっ……!」
「すまない、ザンザス」
悲しげな声。
それと共に響いた苦痛の声。
ぱきぱきと何かが凍る音。
その声はザンザスのものだったから、彼が苦しんでいるとわかったのに。
すぐにそばに行きたかったのに。
目が開かない。
声が出ない。
「……お前が身を盾にしてつなが無事でも、私は救われない。お前とて私の大切な息子なのだから……十代目と、同じほど大切な……」
……そうだ。
あの古傷は。
八年前に――なりふり構わず飛び出そうとしたザンザスを九代目が強制的に止めた時についたもの。
――わかっていたんだ。
オレしかいないって。
オレが――オレだけが十代目だって。
見たくなかったんだ。
あの人がオレのために傷つく現実なんて。
「これごときで!」
無事な足を動かして走ってくるザンザスに向けて、つなは両腕を伸ばす。
……もう、いい。
もう、十分だ。
(もう、いいよ、ザンザス……ありがとう)
「……零地点突破、初代エディション」
それで、すべてが終わった。
***
真面目に文章にすると前後になりそうだから戦闘はざっくり。