<09:雨の対決>
雨戦。
目の前の少年にスクアーロは嗤った。
相手はまだ少年……――自分があの年頃のことを思い出す――……
……跳ね馬とバカやってた記憶しかなかった。
「とばすぜェ!!」
まずは先手。
そう決めて悪い足場でも難なく前に踏み込む。
鋭い横なぎの一撃の後は、手元のわずかな動作で火薬を炸裂させ、それをまっすぐに相手に向かって叩き込んだ。
見かけは派手だが殺傷能力は低い。
この試合模様は外へ中継されているから、手を抜いているように見えるわけにはいかないし、結構大変なのだ……。
俊敏に背後へ飛び退った山本は、すでにその手に刀を抜いていた。
「ほぅ、避けたか」
呟いてスクアーロは更に追撃をかけるべく構えを変える。
しかし山本は防御に回ることなく、そのまま刀を握り締めて前にでた。
慌ててスクアーロは壁に足をかけて空中へ飛び上がり……
ザッ バシュッ ガギョンッ
「…………」
たった今まで自分が台として体重をかけていたコンクリートの柱……の残骸を見て、スクアーロは言葉を失った。
ゆらりと立ち上がった山本は、据わった目でこちらを睨んでいる。
彼が切ったのはスクアーロではない。
彼が狙ったのは――……
「……う゛お゛お゛ぉ゛ぃ゛……」
吊り上げていた頬が引き攣る。
誰だ、この男を「一般人」と結論付けていたのは。
使えない諜報員部め。
ある意味あの最強と噂の雲雀恭弥よりタチ悪い。
「これでやっと、ぶちまけられるのなー」
くっ、と笑った山本は、正確に仕掛けられていたカメラとマイク全てを破壊していた。
「何がボンゴレリングだ、何が後継者だよ。獄寺に傷までつけやがって……一生もんの傷まで残ってんだ!」
「そこが怒るポイントなのか……げっ」
すぱん、と飛んできた一撃をギリギリで交わした。
髪が数本持っていかれる。
……今の一撃目で追えなかったのだが。
ええと、俺は確か剣帝を倒したヴァリアーNo2のはず。
落ち着こうオレ。
「やらせってのはわかってんだ! 気が抜けた攻撃してきてよぉ!! 負ける気ならとっとと負けろー!」
「それでも剣士かお前!?」
思わず突っ込むと、相手は足を止める。
きょとんと数度瞬きをしてから、混じり気の笑みを浮かべた。
それが、わい。
「つなと獄寺が泣き止むなら、ド卑怯な手でもかまわないのなー」
にかっと笑って、山本は刀の構えを変えた。
スクアーロは次の一撃を警戒して腰を落とす。
山本は、竹刀にしか見えない変形刀を振り上げた。
「突っ立っててくれるとありがてーな? オレ、初めてだから」
「ばっ……真剣勝負ナメてるのか!?」
「ナメてるのはお互い様なのなー……それとオレ、今、もーれつに怒ってっから」
水飛沫が視界を覆った。
ザーという音しか立てないマイクに、砂嵐だけの画像。
唇を噛んで、つなは隣に立つはやとの手をぎゅうと握った。
……気が気じゃなかった。
ザンザスが、近くにいるし。
「大丈夫だよはやと……オレにはわかるよ、山本は無事だよ」
「……し、心配なんてしてないっすよ」
「オレは心配だよ」
心臓がえぐられそうに痛い。
山本の対戦相手はヴァリアーNo2、剣帝を倒した男。
ディーノから聞いていた話から感じた印象では、酷い人ではない……むしろ面倒見がいい人だ。
だけど、ザンザスの真意がわからない以上、何もわからない。
わからない。
「だい、じょうぶだよ、はやと」
しっかりしないと。
オレが、動揺してどうするんだ。
きっとはやとはもっとずっと心配しているんだから。
「オレ、山本のこと信じてるから」
「……はい」
「大丈夫……だいじょうぶ」
自分に噛んで含めるように呟いたつなに、誰より頼もしい一言がかけられた。
「大丈夫だぞ」
「だよね!」
「ああ、大丈夫だ。なんたってあいつはお前の「雨の守護者」なんだからな」
頷いたリボーンに、つなはこくこくと何度も頷いて。
それからその視線を、離れたところに座っているザンザスへ向けた。
「姫が見てるよ、ボス」
「うるせぇ」
頬杖をついたザンザスは、いきなり壊れたマイクとカメラを復旧させるのに忙しいらしいチェルベッロには聞こえない音声で呟いてきたマーモンに同じく小声で返した。
「あんな目にあってもまだ信じてもらってるなんて、どうやってたらしこんだのさ」
「減俸されたくなかったら黙ってろ」
「されてもいいから聞きたいね、リボーンに高値で売りつける」
舌打ちをしてザンザスは小さな守銭奴から視線を背けた。
ここにはクッション役のスクアーロも潤滑油のルッスーリアもいない。
「しししっ、ボスってほんとにロリコンだったんだね」
「もう一度病院送りにしてやるぞ」
声と視線だけで威嚇すると、冗談だよと肩をすくめてマーモンの後ろに隠れる。
ちょっと僕に隠れないでよとマーモンに抗議されても、しししっと楽しそうに笑うだけだ。
小さな盾にされたマーモンは、そのどこにあるかわからない目をつなに向けてからザンザスへ向き直った。
「まああれに純粋に好かれちゃあ、気持ちはわかる気がするよ」
「術師は少ないから、テメーがいなくなると補充が面倒だな」
「さり気に僕を殺す算段を立てないでよ、どこまで嫉妬深いのさ」
「無限」
「断言したよこの二十四歳……!」
もはやなんと称せばいいかわからないから、単純に勇者って言っておくよ。
そんな投槍なコメントをもらいつつ、ザンザスはいまだ砂嵐なスクリーンを見上げた。
カメラに映ってないからといって戦わないという選択はあるまい。
ということは内部で戦闘は続行しているわけで。
そして今までの試合結果からすると、スクアーロは負けなくてはいけないわけで。
なお水槽にはそのうち獰猛な生物が放たれるわけで。
……考えたら頭が痛くなってきたが、スクアーロの実力を信じるしかない。
無論いざとなれば死ぬ気の炎をMAXでチャージした弾を連続で校舎にぶち込むだけだ。
関係のない場所とはいえ、校舎が半壊しさらに全壊の危険がでてこれば、さすがに戦いは止まるだろう。
ブチッ
鈍い音とともに、スクリーンに映像が蘇った。
どうやらまだ生きていたカメラの接続をつなぎなおしたらしい……が音声はない、マイクは全滅か。
遠目だが、そこに立つのはスクアーロと――山本。
何をしたのか、両名満身創痍で……よくアレだけ彼を追い込んだものだ。
何を言っているのかはわからなかったが、二人が走りだした瞬間に水飛沫が画面を多い隠す。
「……テンパってはやまるんじゃねーぞ、バカ馬……」
呟きは、つなの横で誰より心配そうにスクリーンを見つめている古馴染みへ向けられた。