<08:あなたのこころ>
引き上げろ。
そう言われたはやとは、当然拒絶する。
「リング〜」
けたけた笑いながらのしかかってくるベルフェゴールの目は常軌を逸している。
「こんなもんでくたばるなんてばかげてる、戻れ!」
シャマルの言葉に、はやとは血を吐いて叫び返した。
「ふざけんな! オレが負けてみろ!」
――忘れない、骸と戦ったあの時を。
何もできずつなの荷物に成り下がったあの屈辱を。
「1勝3敗じゃもう後がねぇ! 致命的敗北なんだ!!」
負けられない、負けられやしない。
たとえなにがあったって、この勝負は負けられない……!
「もはや勝負になっちゃいねぇ! 戻るんだ!」
シャマルの叫びが空しくこだまする。
スクリーンで様子をみていたつな達は、響く爆音に気もそぞろだ。
もうすぐ――もうすぐ、図書室まで――
「手ぶらで戻れるかよ!」
そう、誓った。
必ずこの手にリングを持って帰ると。
「これで戻ったら、十代目の右腕の名がすたるんだよ!!」
「はやと、そんなこと――」
どこかに設置してある生きたマイクからの声に、はやとは頭から流れてくる血を押さえて答えた。
「十代目、オレが勝てば流れは変わります! まかせてください、これくらいオレが……!」
ざざ、と画像にノイズが走る。
爆発音がもう一つ追加された。
「獄寺!!」
「タコヘッド、戻って来い!!」
「はやと! 修行に入る前に教えたことを忘れたか!!」
『ここは死んでも引き下がれねぇ!!』
モニター越しに響いた言葉に、つなは震わせていた拳を握り締めた。
「ふざけるな!!」
場が、静まる。
爆音すらその音を潜めたように。
荒げた息の下で、言葉を続ける。
「何のために戦ってると思ってるんだよ!! また皆で雪合戦するんだ! 花火見るんだ! だから戦うんだ! だから強くなるんだ!」
若き十代目ボンゴレは、マイク越しでなくとも聞こえるように、叫んだ。
力の限り、彼女へ向かって。
「また皆で笑いたいのに、君が死んだら意味がないじゃないか!!」
『……十代目』
じじ、というマイクの音越しに確かにその呟きは聞こえた。
だがその瞬間に、無慈悲な爆音が全てを奪った。
「はっ――」
砂嵐が吹き荒れるモニターにつなは絶叫した。
「はやとーーーーーーっ!!!!」
黒煙の中からよろめく人影が現れる。
とっくにきれた赤外センサーを乗り越えて、つなは駆け寄る。
「はやと!」
「獄寺!」
数歩歩いてからよろめくように倒れたはやとは、ばたりと伏してその顔を隠して呟く。
「すみません十代目……リングとられるってのに、花火見たさに戻ってきてしまいました……」
震える肩を叩いて、つなは涙交じりの笑顔を見せた。
「よかった、はやと……本当、よかった」
「オレ、負けてんですよ……っ」
ごしごしと顔を袖で拭いて、はやとはつなの支えを借りて壁に背中をあずける。
「タコヘッド、無事――うおっ」
駆け寄ろうとした了平の肩を引っ掴んで、シャマルは強制的に後ろに引っ張った。
「な、何をするん――」
「お前は見るな」
「はあ!?」
極限理解不能だー! と叫ぶ了平をバジル共々壁の方に押しやって、シャマルは視線をはやとから外す。
「山本……」
ふらり、と立ち上がったはやとは山本の肩に拳をつけた。
「あ……ぞ……」
「ん?」
「オレだってお前なんかに頼みたくねーんだよ! よりによってお前なんかに!」
怒鳴ったはやとの顔は赤くて、山本は口元を吊り上げて笑う。
「わーってるって――でも、これはダメなー」
「ちょっ」
上擦った声をはやとにあげさせ、山本は真正面からはやとを抱きしめる。
「な、なにしてっ」
「……あ、山本、グッジョブ」
ぼそとつなが横で呟いて、だっろー? と山本が笑う。
何がなんだかわからないはやとが混乱していると、耳元で山本が笑い声交じりに教えてくれた。
「さらし、ほどけかけてたからさー」
「っ!!」
「はやと、けっこー胸大きいし見えたら困るだろー?」
「ば、ば、ばかいってねーでとっとと離せ!!」
「え、でも離すとみえるしー」
ぎゅう、と背中に回した腕に力をこめて。
つなには聞こえないように耳元でささやいた。
「……これ以上見せんのは、オレだけな」
バリン、グワシッ ズカン。
ギャッ! ドサッ。
「「……」」
ヴァリアーらしき黒服の人物を殴り倒して、全員の注目を浴びてそこに立っていたのは。
「僕の学校で、何してんの?」
シャツにネクタイ、ベストにミニスカにハイソックス。
そしてその両手にはトンファー。
「ヒバリさん!」
顔を輝かせたつなを睨んで、恭弥は常の調子で言い放つ。
「校内への不法侵入、及び校内の破損。連帯責任でここにいる全員咬み殺すから」
「あの人校舎壊されたことに怒ってるだけだー!」
いつもとかわんねー! と絶叫したつなの前で、恭弥VSスクアーロが勃発しつつあった。
「貴様何枚におろしてほしい!」
「ふうん、次は君?」
フっと笑った恭弥の前に、山本が割って入る。
「まーまー、落ち着けってヒバリ。怒んのもわかるけどさ」
いつも通りのにこやかな彼の笑顔も、恭弥にとってみればイラつきの対象でしかない。
ただでさえ並盛を留守にしているあいだにこんな事態になり、おまけにディーノも咬み殺せなかった恭弥のイラつきはMAXだった。
「邪魔だよ」
くい、とトンファーを持つ手首を動かす。
「僕の前には立たないでくれる」
空気を来る音とともに恭弥のトンファーが振り下ろされる。
しかし山本は一呼吸とともにその攻撃を避ける。
それと同時に背後に回りこみ――
トンファーを掴んだ。
「そのロン毛はオレの相手なんだ。我慢してくれって」
な、と言った山本を睨んで恭弥は「ヤダ」と簡潔に返す。
山本はすうとその目を細めた。
「オレにだってやらせてくれって」
「なんで」
あれは僕の獲物だよ、と雄弁に語る恭弥の目を覗き込んで、山本は自分の胸を掴んだ。
「いい加減、押さえきれねぇんだよ」
「……」
「怒りとかだけじゃねーんだ、オレの中の何かが――・……わかるだろ、ヒバリ」
ふうん、と呟いて恭弥はトンファーを引く。
「いいよ、譲ってあげる――いつか君を咬み殺させてくれるならね」
「……それは遠慮してーな……」
はは、と笑う山本の目の奥の光に、恭弥は軽く下唇を舐める。
ディーノの話は半分ぐらいしか聞いていなかったけれど、明日は面白いことになりそうだ。
***
・・・あれ、後半のシーンを描く必然性はあったのか?
まあヒバリさんが戻ったのが重要です。