<07:雷の誓い>

 


泣き声と共に少年はバズーカを打った。
同時に上がった炎と煙でフィールドは多いつくされる。

「やれやれこの現象、夢でないとすればずいぶん久しぶりに10年バズーカで過去へと来たようだ」
雨に濡れながら彼は視線をめぐらせた。
そこに立つ二人の少女を見て目を細める。
「あなたたちにまた会えるとは……」

大空の十代目。
嵐の右腕。
二人はまだ知らない、この先の未来を。
彼女達がどんな人生を歩み。
どんな未来を掴むのか。

中学生の制服だから、まだ十四五だろうか。
自身の年齢が上だからだろうか、酷く脆く幼く見える。
ランボよりも十年上の彼女は、いつも慈母のまなざしを向けてくれていたけど。
いつだって守って、いつだってかばってくれたけど。
そうだ、怖くないはずがない、だってまだ。

「懐かしい……なんて懐かしい面……」
そう言って、涙腺が緩んだのに気がついた。
慌てて顔を背ける。
「泣きそうだが、感傷に浸っている場合ではなさそうだな」

目の前で対峙している男については見当がついた。
ヴァリアーの一員、レヴィ・ア・タン。
そういえば昔は何かと自分に風当たりが強かった気がする、なるほどこれが原因か。
二十年後に戻ったら「変わってないですね」と言ってやろう。

――負けるわけには、いかないだろう。
年だって今は、自分の方が上なのだ。

「野蛮そうなのが、酷く睨んでる」
と、本人の目の前で言えるのはこの時だけだろう。
……ああ、それで風当たりが強かったのか、自業自得か。

「昔の俺は相当てこずったようだが……」
呟きながら足元のリングを拾い上げる。
それが自分の指になじんだことはない。

それは「彼女」から送られた指輪。
だから特別。
……だから、つけられなくて。

「見ててください――ボンゴレ」
昔のようにはもう、呼べない。
















はやとと山本と別れて、帰路についたつなはぴったりと黙り込んでしまう。
その理由はわかってたから、リボーンはくいと無言で帽子をあげた。
「……やっぱ、へんだよ」
呟いてつなは立ち止まる。
ぽろぽろと涙を流しながら、その場に蹲った。

ランボを助けるためにフィールドに干渉したつなは、なぜかそこに来ていたザンザスの攻撃を喰らい、飛ばされた。
高みから見下ろして獰猛に笑った彼は、つなにキツイ言葉をたたきつけた。

――本気でお前が俺に敵うと思っているのか?

それでも、敵わなくとも。
誰も失いたくないと。
友人もザンザスも、誰もなくしたくないと訴えたつなに、ザンザスは嗤った。

――お綺麗なことだ! だが――それが望みならそれでもいい
――だがこの戦いに敗れてみろ、お前の大切なモンは全て……消える

ぞくりと背筋が震えた。
本気だった。
そんなことはないと信じてた、彼が自分を傷つけるなんてことは考えられなかった。
どうして?
なぜこんなことになった?
つなの望みはたった一つだったのに。

「オレ、ムリだよ……もう、ザンザスと戦いたくないよ……」
涙声の教え子をリボーンは冷めた目で見やる。
ここで自分まで感情的になるわけにはいかなかった。
「ふざけてんじゃねーぞ、つな。あいつに勝たなきゃお前は」
「わかってるよ! でもそんなのおかしいよ! ザンザスが――ザンザスが、本気で、オレを――」
「あめーぞつな。おめーはあいつのことホントにわかってんのか?」

わかってる、よ、と途切れ途切れに返したつなの目が曇っていく。
ずっと。
十年間。
ひたむきに信じて愛していた相手を疑わなくてはいけないということ。
それが彼女にとってどれだけ辛いかわかっている。
わかっていて強制している。

彼女のため 以外の目的で。

「わかって――るよ、わかってるよ!!」
「じゃあどうしてこうなった。いいか、つな、甘いことを言っていると」
「わかってるよ! オレがどんなに甘ちゃんなのかわかってるよ! だってオレは嫌だから! マフィアのボスなんていやだ! オレは――」
落ち着け、と声をかけられてつなは絶叫するのをやめる。

代わりに泣いた。
みっともないぐらい泣いて泣いて泣きまくった。
小さな、自分の腕にすっぽり収まる小さな家庭教師にすがって泣いた。

認めたくなかった。
思い切れもしない。

裏切られた――裏切り? ほんとうに?
自分が一方的に慕って、一方的に信じていただけ?
相手の心が見えなくて、ものすごく不安で。

「リボーンは、いい、な」
細かく肩を震わせながらつなは涙をぬぐうこともしなかった。
それが許されていると思っているから、そんなことをする代わりに彼に回した腕に力をこめた。
「心が読めて……」
「あまったれんな」
「……うん」
「ダメつなが」
「……うん」
「泣くな」
「……ごめん」

ひっく、と肩をゆらしてようやくつなは立ち上がる。
汚くなった顔をごしごし拭いて、へなと笑った。
「だい、じょうぶ。ちゃんと修行して――ちゃんと、勝つ」
「……嫌なら」
「え?」
「……逃げてもいーんだぞ、つな。おめーはダメつなだからな」

家庭教師の精一杯の言葉に。
逃げないよ、と少女は笑った。
















家の前について、背中を向けたはやとは、次の瞬間抱きしめられた。
ぎゅうと胸を締め付けられる――物理的にも。

「やまも、と」
「……はやと」
耳元で呟かれた声が、回された腕が震えていた。
吊り上げかけていた眦をおろして、はやとは首をゆるく横に振る。

「とめるな。オレは十代目のお役に立ちたいんだ」
「だって、もしお前が――」
「死なない。大丈夫だ」
「だって――」
「お前だって、オレがいくなつったって戦うんだろ?」
体をねじって振り向いたはやとの言葉に、山本は渋々腕を離す。
そう、たとえお互いに止めたって、たとえつなが止めたって。
二人は戦いにいくのだろう――そんなの、当たり前すぎるほど当たり前で。
「怪我、するなよ」
「……しらねーよ」
ぶっきらぼうに返された言葉に、山本は笑って銀の髪に口付けた。
「はやと」
「っ、なんだよ」
耳元の声がくすぐったくて少し距離をとって振り返ると、なんともいえない笑みを浮かべて山本が立っていた。
「全部終わったら、皆で旅行いかね?」
「は?」

あっけにとられたはやとに、山本は笑顔を見せた。
いつもつなの前で見せているような笑顔。
「オレとお前と、つなと赤ん坊と、了平さんと、ハルとか笹川とかまあそのへんでさ」
「なん」
「いいじゃん? いこーぜ、な?」
「……旅行、って」
「オレとはやと同室なっ」
「んな!」
抗議の声をあげようとしたけれど、その時にはもう山本は角を曲がって去っていくところだった。

振り上げかけた拳をおろして、はあと溜息をついた。
「旅行、って……あの野球バカ……」

そんなこと考えてる場合じゃないだろう。
ゆるく頭を振って、入口をくぐった。



明日は、嵐戦だ。