<04:それぞれの覚悟>





身支度を整えて、つなはリボーンの前に正座する。
ハンモックに揺られながら片目を開けたリボーンは短く問うた。

「何のつもりだ」
「オレを鍛えてください、先生」

凛とした声に、リボーンはぴょんとハンモックから飛び降りた。
真剣な眼差し、けれどその目は赤い。
きっと一晩泣いたのだろう、そして、決めたのだ。
「修行するのか」
「うん」
「――ザンザスと戦うんだな」
「……戦う」

ぎり、と奥歯を噛み締めた音が聞こえた。
リボーンはじゃらりと用意しておいたものを取り出してみせる。
「……お願い、します」

弾を銃にこめながら、リボーンは銃口を下げたまま問う。
「何で覚悟を決めた」
「……ダメだから」
「何がだ」
「オレ、ずっと守ってもらってばっかりだったから。それじゃダメだから。ザンザスが何を考えているのかわからない。だけど、オレはザンザスのこと信じてる」
「……」
「信じてる、だから戦う。戦って勝つ。けれど誰も殺さない、それがオレの答え」
ふ、とリボーンは笑って銃口をつなに向けた。

「向こうがその気じゃなかったらどーすんだ?」
「……殺す前に止める」
「上等だ、ダメつな」

バアン、と銃声が響く。
倒れていくつなを見ながら、リボーンは唇を吊り上げた。

「鍛えてやるよ、オレの生徒」

それがお前の答えなら。















白いカーテンが風に揺れる。
「――っ」
顔をしかめたはやとは腕を引っ込めようとするが、ぐいとそれを掴んでシャマルは離さない。
「大人しくしてろお転婆」
「つっ、たっ」
「当たり前だ、無理矢理治してるんだからな」
腕の焼けるような痛みにはやとは唇を噛み締める。
それに気がついたシャマルは胸ポケットからハンカチをだすとそれを唇についとつけた。
「これでも噛んでろ」
「……」
大人しくハンカチをくわえ、はやとはその目に涙をうっすらと浮かべて痛みに耐える。
かなり手荒い処置をしたシャマルは、傷口の上から包帯を巻いた。

「これでいい。半日は動かすんじゃねぇぞ」
「……シャマル」
包帯の巻かれていないほうの手で、はやとは立ち上がりかけたシャマルの白衣の裾を掴む。
その仕草に目を細めて、シャマルは元通りはやとの隣に腰をおろした。
「なんだ、恋愛相談か? それとも年上の渋さに目覚めたか?」
「……オレを、弟子にしてみねーか」
うつむいて言った彼女の手を、そっと白衣から外して、シャマルは立ち上がった。

「やーなこっ」
「何でもする! 毎日、少しだけケイコつけてくれればそれで――」
「何でもって、何でもか?」
振り返ったシャマルは、一足ではやとの前にまで来ていた。
ぐい、と頬に手を当てて無理矢理上を向かせる。
「俺と寝るのか? はやと」
目を見開いたはやとは、しかし最初の衝撃が去ると、睫を伏せる。
「……ああ、いいぜ」

ふ、と笑ってシャマルははやとから手を離す。
両手を白衣のポケットに突っ込んで、背を向けた。
「帰れ」
「シャマル!」
「帰れ!」

ピシャンと。
鋭い音と共に、扉が閉められた。

















これでも着とけ、と投げつけられた防具を身につけ、山本は始めて入る建物の中を見回す。
「こんな道場あるなんてなー。オヤジが昔剣道やってたのは知ってっけど、今でも来んのか?」
答えない父親の前で面をつけ、竹刀を握った。
「オヤジ、防具は?」
「必要ねえ。いいか武、父ちゃんの剣はお前の野球と同じよ――」

一歩。
すり足で歩く。

そして、手首を返し――刹那の打ち込み!

「ごっこじゃねぇんだ!!」

すさまじい気迫と共に打ち込まれた一撃を、山本は手にしていた竹刀で防ぐ。
当然打ち込めると――それを見ていた誰もが思ったはずの見事な一撃を、確かに防いでいた。
「オレだって、ごっこじゃねぇ!!」
叫んで全力で父親の竹刀を跳ね飛ばす。
思いのほか強い力を受け、山本の父親はわずかによろめいた。
「野球じゃ戦えねぇんだよ! 野球じゃ守れねぇんだよ!!」
「――いい目だぜ、武」
竹刀を握りなおし、父親は笑う。
楽しそうに、愛しそうに。
「守りたいモンがあるか」

「――ある」

竹刀を構える。
時代劇程度でしか見ていなかったけれど、その動作は妙に体になじんだ。
「オレには、守りたい女がいる!」

傷つけられて、目の前が赤くなった。
それは憤怒の赤、激情の赤。
状況は許せば切りかかっていたに違いない――絶対にかなわないとわかっていたから踏みとどまったものの。

「遊びじゃねぇのか? なら一本打ち込め。そうしたら教えてやる」
「遊びじゃねぇよ!!」
大きく振り上げ――振り下ろす。
だがそんな大げさな動きは読まれていて当然、父親はとうに回避済みだ。
そしてがら空きなった横から一撃……
「くっ!」
それはなんとか予想し、山本は防ぎきる。
しかしその直後の背後からの一撃は予測不能で。
「ぐあっ! ……く……卑怯……だぞオヤジ!」
「卑怯? 笑わせちゃいけねぇ。遊びじゃねぇってのはこういうことよ」
痛みに転がった山本は、その一言に目を見開いた。

「遊びじゃねぇ、か」
「そうだ」
「……なるほど」

横たわった姿勢のまま、山本は体を起こそうとするのと同時に足払いをしかける。
それを飛んでさけた父親が着地使用とした瞬間。
「くらえっ!!」
吼えるのと同時に右手に握っていた竹刀で足元を狙う!
さすがに対応しきれず、しかし上手く避けてかるくふくらはぎをかするにとどめたが、じんと骨を伝う痛みに父親は楽しげに笑う。
「そうだ武。それでいい」
「あれも避けるか……オヤジ、つえーのな」
「あたりめぇよ! お前のオヤジだぜ!」

それでも、と山本は竹刀越しに不敵に笑った。
「一本とってやるぜ、オヤジ――アイツの敵、とらなきゃいけねーんだ」
「やってみろ」

守りたいもののために。
















三度響いた爆音の中、はやとは力尽きて空を仰いでいた。
「ちくしょー、どーしてもできねぇ……」
幼い頃見せてもらったシャマルの技、彼が楽々披露して見せたそれを、はやとはいまだできない。
本当に片手間にしていたのに、そんなことすら自分はまだできないのだ。
だけど、つなを支えるためには強くならなければならない。
他の者の手を借りられないのであれば、一人だけでも。
「たとえこの身果てても……!」
「はっ、勝手に修行して自滅とは、楽な相手だな」

降ってきた声に思わず全身がこわばった。
その声を知っている。
よく知っている。
自分と同じくらい、つなのそばにいた。

「ざ……ざんざ……」
「まあ好きに息絶えろ。テメーみたいなカスのことは知ったこっちゃねぇ」
はやとの前に立っていたのは黒尽くめの男だった。
見間違えるわけもない。
ヴァリアーのボス、十代目候補、ザンザス。
「何でお前がここに――!」
「カスの命なんざ粗末にするのは当然だが」

ひっくり返ったままのはやとの近くで足を止め、膝を折り、その顔を近づける。
「粗末にするなら治したりするんじゃねぇ、足掻くのはみっともねぇんだよ」
「な、なにを……」
ふん、と笑ってザンザスははやとの左腕を押さえる。
離せと彼女が叫ぶより早く、そこにまかれた包帯を露出させた。
「粗末にしたいならすりゃあいい。こんなもんいらねぇだろうが」
「っあっ!」
血で半ば傷口とくっついていた包帯を無理にはがされて、激痛にはやとは悲鳴をあげる。
白と赤でまだらのそれを剥ぎ取って、ザンザスは相変わらずの笑みを崩さない。

「これ以上医者に無駄な労働させんなら、俺が直々に手間をなくしてやるぜ、ドカス」
かちゃりと眉間に押し付けられた銃に、はやとは震えを押し隠せない。
「あ……」
「テメェも守れねえ守護者なんざ、不要なんだよ」

「はやと!」
隠れてはやとの様子を盗み見ていたシャマルが見かねて叫ぶ。
そちらを向き、ザンザスは無言で銃を手の中でまわすと、ざっと森の中へ消えていった。

「はやと、大丈夫か! はやと――……はやと?」
慌てて駆け寄り、抱きしめた少女に声をかけたシャマルは、返答がないのに違和感を覚えて彼女の顔を覗き込む。
無表情に近いそれだったはやとは、シャマルの視線に気がつくと、少しだけ眉尻を下げた。

「オレ――自分の命が、見えてなかった」
つぶやいた灰色の髪に、安堵して顔を埋めた。
「……ああ、今度無謀なことしてみろ。俺がいらねー命摘んでやる」
「シャマル」
「……ったく、この十日間でどれだけナンパできると思ってるんだ」

シャマルの腕の中で、くすりと笑う声がした。
「無事に仕上がったらとびっきりの美人紹介してやるよ」
「ほんとか? 期待してるぜ我が弟子」
「……調子いーなおい」










 

 

 


***
書き直したらつなの出番が減った。