<03:宣戦布告>
しばらく待ってみてもまだ涙がとまらないつなに、山本は困惑の表情を隠せない。
人前で泣くような子ではないと想っていた、少なくともこんな風には。
説明を求めて肩の上の家庭教師を見やったら、そっぽを向いていた。
……教えてくれる気はないらしい。
「どうした、つな」
「……オレが説明する」
こっちこい、と招かれて山本ははやとの隣に立つ。
泣きじゃくるつなの背中を叩きながら、はやとは山本に説明した。
「……ええと、つまりそれはどういうことだ?」
「わかんねーよ。ただ、ザンザスがボス候補から外れたってこと……だと思う」
「……? ボンゴレリングってのは結局なんなんだ? それ持ってるとなんかあんのか? っつーかザンザスって誰?」
「お前……ほんっとーに野球バカだな! いいか、十代目は――」
呆れて声を荒げたはやとの唇に指をおいて、山本はにかっと笑った。
その目は笑っていなかった。
「ちょっとタンマなー」
「な――!」
隠していない気配だったから気がついた。
当たり前だ……彼らが本気で気配を隠していたら気がつくわけがない。
ご丁寧に殺気まで付随させてくれて、ありがたいことだ。
当然山本より先に気がついていたリボーンは、けれど銃を抜いていない。
「後ろ……いや、上っ!?」
ばっと二人は上空を仰ぐ。
それほど高くは――しかしブロック塀の上だ、攻撃が軽々と届く距離ではない。
「ふん、三人だけか」
月明かりの下、銀髪の男が嗤う。
その髪にはやとは見覚えがあった、記憶にある限り、あんなに長い銀髪は一人しかいなかった。
「ししし、三人だけどアレはアタリだよね、ボス」
金の髪の上に王冠を乗せた少年が笑って、つなを指差した。
「山本、十代目を――」
咄嗟につなをかばおうとするはやとに、銀髪の男はなおも哂う。
「闇討ちは本業なんだがガキ相手にそこまでする理由もねぇからなぁ!! これをやるぜぇ!!」
投げつけてきたその丸められた紙の束の意味を、山本にはわからなくともはやとにはわかってしまう。
「……十代目」
まだ立ち上がらない彼女の手にそれを渡す。
意思がないように、ゆるゆるとその手は書を開いた。
「これは……」
それが九代目の死炎印の押された本物の勅命書であるということと、イタリア語で書かれた内容を理解できる獄寺は愕然とする。
ところどころの単語しか拾えないつなは、何度も何度もその目を走らせて、結果、理解できないといわんばかりに眉を寄せた。
後ろから覗き込んだ山本は、何の話だあ? とマヌケな声をあげる。
なんと伝えればいいのか考えあぐねたはやとの代わりに、帽子をぐいと深く被りなおしたリボーンが重々しく口を開いた。
「九代目と門外顧問の間でボスを誰にするかの意見が割れたんだ」
「意見が割れた……て」
「九代目はザンザスを、門外顧問はつなを推薦した。これは異例のことだから九代目の命令がきたんだ。同じ種類のリングを持つ者同士、タイマンで勝負しろ……ってな」
「……リングって、こいつか?」
山本がポケットから引っ張り出した指輪は、中央から欠けている。
自分が受け取ったものとよく似たそれに、はやとも自分のポケットにはいったままのそれを上から握り締めた。
紙から視線を剥がして、つなは立ち上がる。
そしてようやく見上げた。
見誤ることなんか出来なかった。
月明かりに浮かぶシェルエットは、会いたくてたまらなかった人。
「……ザンザス」
呟いた少女の髪を夜風がすくう。
大きな目に涙をにじませて彼女は名前を呼んだ。
「お前にボスは無理だと、九代目のお達しだ」
腕を組んで見下ろす見知らぬ男の表情は冷たい。
しかし山本は傍らのはやとの表情に戸惑ってもいた。
「……うそだ」
呟かれた言葉は小さく、つなの耳にも入っていないだろう。
だけどはやとの横顔は硬直していて、その目はガラス球のようだった。
九代目の署名のはいった紙を投げ捨てて、つなは彼を見上げる。
「つな!」
リボーンの声にも耳を貸さず、つなは一歩足を前に動かす。
肌をちりつかせるほどの殺気の中でも、怖気づかずに。
「皆が傷つくのもヴァリアーの人が傷つくのも嫌だよ!」
答えないザンザスに、つなはポケットに手を突っ込んでその中からグローブを取り出すと、右手を振り上げる。
「十代目!」
はやとの言葉より早く、グローブは避けようともしないザンザスの顔に当たった。
「ザンザスがボスになってよ! それでオレをお嫁さんにしてくれるって約束したじゃないか!」
「……」
「オレはずっとそうなりたかったのに! ずっと言ってたじゃないか! マフィアのボスなんか嫌だ! オレは、オレは――」
「説明をしてもよろしいでしょうか」
つなの叫びに、冷徹までに無機質な女の声がかぶさった。
全員の視線をあつめた二人の女は、同じ髪形で同じ仮面をつけ、よく似た服を着ていた。
「今回のリング争奪戦では、我々がジャッジを務めます」
「我々は九代目直属のチェルベッロ機関のものです。九代目の依頼で動いております。依存はありませんか、ザンザス様」
「……」
畳み掛けるような女たちの言葉に、つなもはやとも山本も言葉を失っている。
チェルベッロ機関?
九代目直属?
しかしつなたちの疑問が解消される猶予もなく、女達は淡々と事柄を決めていく。
「それでは十日後の夜十一時、並盛中でお待ちしております」
「え」
戸惑いの声をあげたつなに背中を向け、出てきたのと同じように唐突にチェルベッロは消えていく。
後に残されたのは黒尽くめの男たちと、つなと、はやとと、山本で。
「十日だ」
ザンザスは口を開いた。
横柄に、傲慢に。
「十日やる。死ぬ準備をするには十分だ」
「ザンザス!」
つなの叫びにザンザスは答えない。
「あのさ〜……えっと、話し合えばいいんじゃね?」
横でへらりと笑って言った山本に、ザンザスの鋭い視線が向けられる。
それを受けて、ぞくりと冷や汗が出てくるのを感じながら、山本は視線をそむけない――そむけられない、そむけたら、殺されそうで。
「カスが」
無造作に銃を引き出し、無造作に引き金を引く。
「つなッ!」
「十代目!」
叫んではやとがつなの前に踊り出――
「はやとっ!!」
つなの悲鳴と同時に、鮮血が夜の闇に舞った。
「はやと、はやと!」
「だ、大丈夫です十代目。かすり傷です、本当に」
「すぐに止血しないと――ハンカチ、ハンカチ……はんか、ち、ないよ、リボーン、どうしようどうしよう」
血が流れてくる友人の腕を押さえて、つなはパニックに陥っていた。
大事な人。
誰より大事な人が誰より信頼している人を撃った。
どくどくと血があふれてくる。
それなのに認められない、理解できない、理解したくない――
「しっかりしろダメつな」
ベシンと後頭部をはたかれて、ようやく少しだけ我に返る。
「聞いたとおりだ、しっかりしろ」
「う――うそ、だ……ザンザス、が、オレやはや、とを――うそ、だ、そんなの、そんなのうそだあああああああ!!!!」
絶叫したつなは両耳を多い、その場に蹲って泣き叫んだ。
何も聞きたくなかった。
***
なーかせったー。