<01:渡された大空>
家に駆け込んで、つなはいやぁーな予感が的中していたことに溜息をついた。
年頃の娘がいる家でパンツ一丁で眠らないでほしい。
「父さん……」
ぐがーごがーと寝ている父親に冷めた視線をむけて、つなは肩をすくめた。
「しょうがない、かぁ」
つなの父親はボンゴレの門外顧問だ。
その仕事が大変なのはつなだってわかっているし、その仕事のほとんどがイタリアであるから、日本にあるこの家に滅多に帰ってこられないのだってわかっている。
けれどつながここでこうやって暮らしている間にもあの国にいるのだと思うとある意味とってもうらやましい。
大好きな人と同じ国。
ここ半年ぐらい日本に来てくれてないのだし、せめて彼がどうしているかを聞きたかった。
「とーさん、起きて」
起きてよ、とぺしぺし顔を叩きつつ繰り返したつなの声に、家光は顔を歪ませてくしゃみ寸前のような表情になった。
「父さん」
起きてよ、と繰り返されてようやっと目を開ける。
疲れていてもそこは娘ばかな父親の性か、つなの顔を見てぱっと意識を覚醒させた。
「ああ……おお〜つな! 元気だったか〜!」
がばっと起き上がって抱きつこうとしてきた父親から必死に飛び退り、つなは窺うように眉を下げた。
「父さん、なにかあったの? どうしていきなり帰ってきたの?」
「ん? ああ……まあな。今までもちょくちょく帰ってたぞ……真夜中に」
「きがつかねーよ!」
突っ込んでつなはぴたりと口をつぐんだ。
父親が取り出した箱を見て。
「……何、持ってるの」
先ほどまでのテンションから一気に下がった静かな問いかけに、家光はまいったなと力なく首を振った。
「開花したたとは聞いたが」
「なに、もってるの」
「お前に、だ」
父親の掌に乗っていた箱。
抗えない力に誘われるように震える指を伸ばし、けれど途中で握り締めて留まった。
これは嫌だ、受け取れない、受け取っちゃいけない。
「いやだ」
「つな」
「嫌だ!」
叫んでつなは家光に背中を向けて部屋を出ようとする。
しかし部屋の出口には、小さな家庭教師が銃を構えて立っていた。
「どけリボーン!」
「どかねーぞ。おめーはコレを受け取るんだぞ、つな」
「嫌だよ!」
叫んだつなは、二人を睨んで。
「だってこれは――」
拳を握った。
嫌な予感しかしない、そしてこの直感は当たるのだ。
血とともに受け継がれてきた超直感は、望まないことほどによく当たる。
望んだ未来が来ない予感。
けれど、つなは抗うために叫ぶしかなかった。
「これはボンゴレリングじゃないか!」
その本物を見たことはなかったけれど、つなの血は確かにそれがボンゴレリングだと告げていた。
ファミリーに代々継承されている指輪を毛嫌いしているわけではない。
だけどこれはつなの手に渡るものではなかったはずだ。
つなはその指輪が嵌っている人物の手を、その人の隣に立って見たいと思っていた。
決して自分の指に嵌めたいだなどと、思ったことなどなかったのだ。
頑なにボスになることを拒み続けていた少女へ、リボーンは皮肉った笑みを向ける。
「門外顧問の権限は知ってるはずだぜ? おめーに受け取らないなんて選択があるもんか」
「それは――だって!」
「だっても何もねぇ。受け取れ、つな」
「……そうだ、受け取れつな」
家光になかば押し付けられるようにして受け取った箱を、リボーンに気圧されるようにして開ける。
そこにあったのは一つの指輪。
すでにチェーンも通されたそれを、家光は震える娘に差し出した。
望んでいた未来が壊れていくことを感じつつ、知りつつ、認められず。
「いや、いやだよ。だって、オレは、それは」
「――命令だ」
静かに命じられて。
つなはその目を凍らせる。
門外顧問はボンゴレの実質No2。
その家光の言う言葉は、ボンゴレの構成員にとっては絶対。
たとえ構成員ではなくても。
つなにとっては。
「……嫌だよ」
か細い声でつぶやいて、けれども指輪を受け取る。
ぎゅうとそれを右手に握りこんで、顔を上げる。
「なんでオレなの……」
「門外顧問である俺の……」
きっと睨みあげたつなは口を開いた。
力任せに、激情をたたきつける――容赦なく。
「リボーンも、父さんも、何言ってるの! なんでオレなの!? オレはザンザスにボスになってほしいのに! だから頑張ったのに!」
「つな」
「何でオレなの!? オレのどこが相応しいの!? 初代と同じ武器だから!? でもそれならザンザスの方がすごいじゃない!」
二人に口を挟む隙も与えず、まくし立てた。
戦いながら思ってた。
時々やってくるマフィア関係者と戦う時も、骸と戦っている時も。
「オレは戦いなんか好きじゃない、誰かを傷つくのを見たくない、オレにはボスの資質がない!」
守れたことなんてない。
守ってもらってばっかりで。
――だけど、守ってくれる、その背中が好きなんだ。
「リング……渡すから。ザンザスに渡すから」
「――好きにしやがれ」
涙に滲んだ声で呟いたつなに向けて、静かにリボーンは言った。
銃口をつなの眉間に向ける、まっすぐ、ぶらすこともなく。
「ずいぶんご執心だけどな、つな。残りの所在がわかってから言いやがれ」
「え?」
「もうお前の守護者には配り終えているからな」
「なっ……」
「てめーはあいつらのボスだ。その気がねーとはいわせねーぞ」
「……い、嫌だよ!」
悲鳴をあげたつなに、けれどリボーンも家光も容赦がなかった。
動くわけではなく、声を荒げるわけでもなく。
無言で、その目で少女を追い詰める。
「ボスは、テメーだ、ダメつな」
絶対の言葉。
つなは家庭教師に逆らえない。
「それが門外顧問の意思だ」
「――っつ、ひ、ひきょう、ものっ!」
つなは、ボンゴレに属することを厭ってはいない。
彼女が望む未来は、十代目となったザンザスの隣に立つこと。
だから――ボンゴレの彼のそばにいたいから――ボンゴレの掟は絶対。
例えばつなが望むなら、ザンザスはボンゴレの掟に背くことをするかもしれない。
しかしそれはザンザスの罪となり、彼にはボンゴレから罰が下される。
つなはそれを望まない。
ゆえに、門外顧問である家光の言葉と、九代目の信が置かれているリボーンの言葉は。
なにより、絶対なのだ。
「つな」
「っく……」
泣きそうな顔でいやいやと首を横に振りながら。
それでも、つなは指輪を自分の首にかけた。