<あほあほ戦闘2>
荷物を落とし単身で目的のビルの中に窓を破って入り込んだザンザスは、ようやく静かになったフロアを見回す。
なお発射されまくった散弾銃は片方の銃からの炎で防いだ。
幾つか貫通したが、速度の落ちたそれは避ければいいだけの話だ。
「……ふん」
硬く閉ざされたのは防火シャッターだろう。
鼻で笑うと、手のひらに溜めた憤怒の炎をぺいっと投げた。
どろり溶けたそれを踏み、更に奥へと進んでいく。
「敵だ! 奴だ!!」
響いた悲鳴はなかなかに心地いい。
しかし今は殺戮を楽しむ時ではなかった。
ザンザスは両手に火球を集中させ、天井に叩きつける。
鉄筋コンクリートのビルが見事に溶けた。
「……あのカスめ。減給だ」
舌打ちして、床を蹴り上階へと移動する。
マーモンの情報によればつなの所在は五階か六階とのことであったが、ザンザスの超直感がびりびりと彼女がそれよりも上階にいることを告げていた。
部下の情報と自分の直感なら自分の直感を信じるザンザスである、その行動に迷いはない。
しかしもう一つ上のフロアについたザンザスは舌打ちした――何のためかここの壁はムダに分厚く溶かせない。
更に奥へ引っ込んでいた敵たちが、妙なものを出してきた。
彼等が手にしたそれと、それぞれの口元にあるマスクを見てザンザスは状況を理解する。
「チッ」
迷わず駆け出す――もはやこうなったら時間との勝負だ。
ザンザスは道を開くため容赦なく銃をぶっ放した。
ビルの中に入る入口を見つけて、スクアーロとディーノは中へと進入した。
入ったすぐ先の見張りは降りるときディーノがフツーに蹴倒す。
ぐげ、という声が聞こえてようやく上に乗っかったことを察したぐらいだ。
「えーっと、つなは五階か六階って話しだったよな。ここは十階だから……えーっと」
「……テメェ、ドンモードん時でも頭はダメ馬状態かよ」
ここまで来るのに紆余曲折あり、そのたびに素っ頓狂なことを言うディーノをドつき倒していたために、もはや大声を出せないぐらい疲れた声のスクアーロに、ディーノはあれ? と首をかしげる。
「そうとはかぎらねえだろうがぁ。何のために俺たちが屋上から突入してんだあ」
「へ、そーなのか? てっきりザンザスが抱えてるのがメンドーになったから屋上に投げたんだと思った」
「……」
そっちも一理あったが、スクアーロは黙っておくことにする。
その時、ドオンという小さな衝撃が二人を襲った。
階下で爆発でもあったのだろうか、二人の間に緊張が走る。
最上階フロアはずいぶんと手薄だ、屋上にあれだけ配備していればそうもなるか。
このまま階段を下りていくか、と現実的な方法を考えたスクアーロの後ろで、ガゴンと変な音がした。
「ッ!?」
振り返った二人の後ろで、ギギ、と軋むエレベーターがある。
無言で固まった両名の前で、ギギギ、とその入口がきしんだ。
「す、す、スペルビーぃ!!!!」
悲鳴を上げてディーノがスクアーロにしがみつき、スクアーロは溜息をつく。
エレベーターに歩み寄って、呼びかけた。
「ボスぅ! こっちから斬るから――」
グゥワァン
左右に分かたれた扉の向こうから、黒ズボンと黒ブーツに包まれた足が伸びてくる。
それはスクアーロの顎をクリーンヒットし、ほけーっと見ていたディーノの頭には銃が当たった。
死ぬって。
「まだこんなところでごちゃごちゃやってんのかクソ共が!!」
「ッテー!! ザンザス痛い! 痛いよー!」
スクアーロは衝撃で動けなく、ディーノは頭を抱えてべそをかきだす。
それに見向きもせず、ザンザスは次いでディーノに蹴りをいれようとする。
ディーノはそれを避けようとして実際に避けたが、バランスを崩して顔面から倒れ、さらにその先にいた今にも立ち上がろうとしていたスクアーロの服をつかむ。
倒れてゆくディーノにつかまれたことでスクアーロのバランスは再び崩れ、倒れこんだディーノの上に彼がのっかり、見事にディーノはカエルのつぶれたような声をあげた。
「ぐげっ……ひ……ひでーよザンザスッ!!」
「……いや、自業自得だろ」
目の前の連鎖に思わずそう突っ込んで、ザンザスはディーノに投げた銃を拾う。
そして銃をしまったので、スクアーロは眉をしかめた。
「おいボスっ!? どういうことだぁああ!」
「催眠ガスと引火ガスを撒かれた」
「……げ」
スクアーロはそこで察した。
ザンザスはエレベーターの縦穴をよじ登り、上階まで退避したということはガスは下の方にたまるということか。
「――ん? 引火ガスってどうやってわかったんだ?」
首ひねり言ったディーノに、ザンザスは渋い顔をする。察したスクアーロは視線を明後日の方向へ向けた。
エレベーターの縦穴に入ったザンザスは、その武器で攻撃しようとかしたのだろう。
彼の銃から噴出される炎は高温度だ、その熱で……引火、爆発、それがあの衝撃。
「テメェらとっととつなまでの道を開け」
「うっわー、自分の武器使えないからっ」
ゴンガンドカコン
ザンザスは無表情のままディーノに四連打をお見舞いした、全部頭で。
「……ボス」
「ああ?」
頭を抱えて蹲ったディーノを見下ろしていたスクアーロは、武器の用意をしながら呆れた様子で突っ込んだ。
「……そうやって殴ってばっかいるから、バカ馬になったんじゃねえかぁあ……?」
「……なるほどな」
納得したような溜息を漏らされ、ディーノはそーだそーだと口を尖らせ便乗する。
「ザンザスのせいだー ザンザスのせいだー」
「眠ってろこのクソ馬」
容赦ない蹴りを腹に受け、ディーノはごろごろと転がる。
漫才をやっている二人に背を向けて、スクアーロは懐からマスクを取り出した。
黒塗りのそれは仕事用の特殊マスクで、有害物質はだいたいカットする。
加えて呼吸を制御すれば問題はないだろう。
「え、スペルビそれマスク?」
かっこいー☆ と目を輝かせたディーノに、ザンザスは同じく取り出したマスクを投げつける。
「あてっ……って、え?」
「とっとと行ってこい」
「……うん? ザンザスは?」
無言で背を向けたザンザスに、ディーノは目を丸くした。
こんなことってあるのか、あのザンザスが自ら前線を引く?
理由が分かっていたスクアーロは黙っていた。
ザンザスは体術も相当のものだし、その辺のものを適当に武器にしても十二分に強い。
ただ、スクアーロの刀とディーノの鞭に優るというわけではない。
それにいつガスが上階に回ってくるかわからない以上、アホの子ディーノをここに待機させておくわけにもいかないし(いつガスを吸ってダウンするかわからないから)、屋上から別のビルの増援が流れ込む可能性もある。
屋上で新手の牽制、その他もろもろの戦力を考えると、ザンザスが一人でここに残るのが妥当だ。
彼ならたとえスクアーロ達が地上から脱出したって、悠々と後から合流できる。
「いくぜぇ」
「……ザンザスっ、俺、大丈夫だから――ガス吸わないようにできるから」
マスクをザンザスに差し出したディーノは、背中を向けたままのザンザスの腕を引っ張った。
「ザンザスっ、いったげてよ! だってつな、ザンザスのことすっげー好きなんだぜ! ザンザスが助けにきてくれたら嬉し――」
スクアーロはディーノをぶん殴ると、マスクを無理矢理彼の顔にあてる。
まだ無言のザンザスから彼を引き離して、階段へと向かった。
「放せってスペルビ! 俺は平気だしそれにザンザスはっ」
「黙れ」
「だって! だって」
二つ目の階段の踊り場で、スクアーロはようやくその拘束を緩める。
項垂れたディーノはマスクのなかでごにょごにょと呟いていたが、それは無視してマスクが彼の顔に合うように調節した。
「……だって、つなは俺達がいったって喜ばねーのに……ザンザスが行けば絶対……」
「アホ馬」
「俺アホだけど! でもだって――だって」
「……テメー、戦いながらガス吸わねえ自信あんのか?」
「う」
「ヴァリアーだってそんぐらいの訓練は積んでるが、戦闘中の呼吸制御は難しいんだぜええ。へなちょこ馬、お前はもっとムリだろうがぁ」
うう、と黙ったディーノは項垂れる。
自分の所為で、ザンザスは――彼だってつなを真っ先に助けに行きたかっただろうに。
「行くぞ」
「……俺、こなきゃよかった?」
だってつなが、あのかわいい妹分が心配だったのだ。
助けに行きたくても行けないリボーンの分まで俺が助けないと、兄弟子として。
そんなことを思ってついてきたけど、手取りも頭も悪いからスクアーロを散々怒らせてザンザスの足を引っ張って。
「やっぱ、俺、お前らといっしょだと、足手まとい?」
キャバッローネのボスで、五千人の部下を毎日率いている。
自分が他の人より劣っているとか、ダメだとかはもう思っていない。
だけど、この旧友二人と並ぶと自分はまだまだダメだと思ってしまう。
彼らとはたぶん見ている先は違いすぎていて――それが悲しい。
「ごめん、スペルビ」
切り替えようと顔をこすったディーノの頭に、ぽん、と手がおかれた。
ギミックのほうではなくて、暖かい本物の手の方だ。
「行くぜぇ、ディーノ」
「スペルビ……」
「顔を上げろぉ、胸を張りやがれえ!」
ばしっと背中をどつかれる。
振り返ったディーノは満面の笑みを浮かべて、スクアーロに抱きついた。
「スペルビー!!」
「行くぞおお!」
「ああ!」
ぎゃあぎゃあうるさい二名が階段を下りていくと、ザンザスはおもむろにしまったはずの銃を取り出して、窓を破って外に出る。
そのまま数フロア分を下降し、目当ての階に到達すると、慎重に狙いを定めて引き金を絞った。
ドガァン!
威力を最小限にまで絞られた憤怒の炎は真っ直ぐにフロアをぶち抜き、引火ガスに引火して風穴を開ける。
こうなってしまえば催眠ガスも引火ガスもへったくれもない、このフロアに関すればどちらも外へ流出してしまっている。
「ふん、カスが」
鼻を鳴らしてザンザスはそのフロアへと乗り込んだ。
場所は六階。
つなのいるフロアはこの二つ上だ。
***
3に続く! 続いてしまった!
なんだこの面子を書くのが楽しすぎて……ストーリーはあんまり進んでないですが。