<あほあほ戦闘1>

 


「出ろ、カス馬」
「えー、いいじゃん〜、俺だって日本のコタツ満喫してんだからさ」
「出ろ」
炬燵の上に置かれたみかんを一つ、本気でディーノ顔面に向かって投げ命中させて、ザンザスは言い放つ。
顔面にみかんがめり込んだディーノは、きゅうという声とともに倒れた。
みかんがぐしゃっと潰れた音がした、もったいない。

「死んだかディーノ」
「へ、へーきだってリボーン……みかん投げるなよザンザスー!」
「るせぇ、大体なんでテメーがここにいるんだカス馬」
不機嫌そうに睨みつけるザンザスに、愉快げに口元を歪めたリボーンが言い放つ。
「つなに会いに来たんだと」
「……ほぅ」

途端に室内温度が下がった。
なお子供達はいち早くナニカを察してとっくに部屋から脱出している。
賢明な判断だ、特にふぅ太。

「イタリアからわざわざ日本まで。ドンはお暇だなあ?」
「別にいーだろっ! スペルビとザンザスにも会いたかったし!」
むうっと頬を膨らませたディーノに、ザンザスの反応が一瞬遅れる。
……この直球しか投げられないヤツの言葉は時々反応を返しにくい。
「……カス鮫は今日本にはいねーぞ」
「知ってるよ!! せっかく来たのに! ザンザスのバカ!」
「俺じゃねぇ! カス鮫をアメリカに飛ばしたのはそこのアルコバレーノだ!」
言いがかりをつけられて、ザンザスは舌打ちをしてリボーンに視線を向ける。
炬燵に足を突っ込んでいたリボーンが、にやりと笑った。
「俺だゾ。文句あるかディーノ」
「アリマセン」
「てめぇ、俺には当り散らしてこれには殊勝な態度だなおい」
しかたねーじゃん! とディーノが半ば涙目で叫ぶ。
「だってリボーンこえーし容赦ねーしこえーしサドだし!」
「よくわかったぞバカ弟子」
だだ漏れな本音に、ちゃき、とリボーンの銃がディーノに向けられる。
ひい! と悲鳴を上げた彼は、ザンザスーと泣きついた。
「このサドっ子アルコバレーノとめてくれー!」
「断わる」
みかんを剥きながらザンザスは即答した。
無理もない。

なんとかリボーンの銃弾を受けずに済んだディーノが、顎を机に乗せて口を開いた。
「けどさー、スペルビはともかくつなは? もう学校から戻るじかへぎゃっ!」
またもみかんがディーノの顔面にめり込んだ。
「なんでてめぇがつなの下校時間を知ってんだ……?」
「まえにつなが教えてくれ……」
「死ねカス」
「やめてー!!」
ぎゃー! とザンザスの銃が向けられるのと同時にリボーンを抱き上げて自分の前に突き出したディーノは、もれなく先生のお怒りを買うこととなる。
「ディーノ……」
「ひい! ごめんなさい! でもザンザスが俺に焼餅やくか」
「テメェ……そんなに死にてぇのかわかってやれなくて悪かったな」
「違うって!!」
俺はスペルビを右腕にするまで死なねー! と絶叫したディーノの脳天に鋭い一撃が振り下ろされた。
悲鳴をあげたディーノの後ろに仁王立ちになっていたのは。

「スペルビー!」
「抱きつくなアホ馬! ボス、面倒なことになったぜええええ!」
ディーノを一蹴し、スクアーロはおこたにもぐりこんでいたザンザスに怒鳴る。
もっともこれが彼の地声の大きさだが。
「なんだ」
「つな嬢が攫われたぁ!」



その瞬間、部屋の空気が凍った。



「どういうことだカス鮫」
冷えた空気の中、口を開いたのはザンザスだった。
スクアーロも手際よく状況を説明する。
「はやとから報告があってな。帰宅途中でいきなり襲われてつなだけ誘拐された。はやとは現在怪我が酷くて病院だ。つなにつけてある発信機も壊されたが、マーモンがさっき位置を特定したぜえ」
ザンザスが立ち上がった、それにディーノも続く。
「どこだ」
「港の近くのビルだ。案内するぜぇ、ボス」
「ああ」

待て、と声が二人を止める。
机の上に立ったリボーンは、まっすぐにヴァリアーの二人を睨んでいた。
「オレもいく」
「ああ、ムリだぜぇえ」
振り返らずにスクアーロは言う。
「……ノントリニセッテが、放出されてるからなぁあ゛」
リボーンが足を止める、彼の眦が釣りあがった。
「んなわけねぇだろ、あれは存在しねーよ。本当のことを言え」
ちゃき、とリボーンの銃の標準がスクアーロの額に合わさる。
肩をすくめて、彼は真実を伝えた。

「……マフィアじゃねーんだぁ」
「なんだと?」
「相手はマフィアじゃねぇんだ。だからあんたは手を出せねえ、だろうがぁ?」
「…………」
リボーンは押し黙って、肩の上のレオンを撫でる。

動かない彼の姿にディーノは眉をしかめて。
だけど走り出したザンザスを追った。





















港にそびえるそれは廃ビル。
の、群れ。うちいくつかはまだビルとして機能しているようなしていないような。
倉庫も隣接しており、とってもきな臭い空気が漂っている。
「つなは、つなはどこだよ!?」
「……うるさいな。つな嬢はあのビルの中だよ。正確な位置はわからないけど、まあ五階か六階だろうね」
鼻をかんだマーモンがディーノを睨みつけて言った。
やきもきした様子で、ディーノはスクアーロの服の裾を引っ張る。
「スペルビ、早く助けに行ってやらねーと」
「……」
「スペルビー!」
「やかましいつっただろうがぁあああ!!」
耳元で怒鳴られて、スクアーロはそれ以上の声で怒鳴り返す。
やかましいコンビを完全に無視して、ザンザスは目算でこの車とビルまでの距離をはじき出す。
どんなにダッシュをかけても、半ばで見つかるのは避けられまい。
かといってここから車で突っ込んだら集中砲火を浴びるだろう。

なんつーめんどくさいのに捕まったんだ。
頭を抱えたくなって、双眼鏡を覗き込む。
そう、つなを捕まえたのはマフィアでもジャパニーズマフィアでもない。

テロリストだ。
テロリストとマフィアは似て非なるものだ。
簡潔にその違いを言ってしまえば社会に不満があるかないかになるのだろうか。
ザンザスに言わせればテロリストなどカスの巣窟だ。
マフィアも大多数が彼にかかればカスなのだが。

マフィアは裏社会の住人で、テロリストはあくまで表社会の住人だ。
だからマフィア専属殺し屋のリボーンが彼らを殺すことはできない、それは裏が表の世界を侵食するのと同じだ。
そもそも殺し屋のリボーンが私憤で殺すのはマズい。


「で、カス鮫」
「なんだぁ」
「どうしてつながクソカス共に捕まったんだ」
ザンザスが敵から注意を逸らさずに質問すると、スクアーロは顔をゆがめた。
「……ボスのせいだぁ」
「は?」
「一ヶ月前の強盗事件覚えてねぇかあ?」
ザンザスは双眼鏡をディーノに放り投げると顔をしかめて首をかしげる。
「一ヶ月前……ああ、あのカス共の」
「アレはテロ組織の活動の一端だぁ。ボスはそれで奴らに恨みを買ったわけだぜ」
は? とザンザスは間抜けた声を出してから、ついで低い声で尋ねた。
「……で? なぜつなが」
「一緒に歩いてるとこを見つけられたんだよ。視線に気がつかなかったなんて抜けてるね、ボス」

マーモンがフードの下からザンザスを見上げる。
怒りに拳を握り締めたザンザスは、扉を開け放ちスクアーロの首根っこを引っ掴み、双眼鏡をまだ覗いていたディーノの頭をわしづかみにして車から引きずり出した。
「うおぉおい、ボスぅ!」
「いた、いたたたたたいってザンザス!」
「行くぞカス共」
「いってらっしゃいボス」

ひらひらを手を振ったマーモンは、この車を完全に視界から隠すカモフラージュの幻を展開させる。
なんでマーモンを置いていくんだといいかけたディーノは、理由を察して黙りこんだ。
「おい、カス馬」
「な、なんだよ」
「足を引っ張りやがったら殺す」
ぐぐ、と押し黙ったディーノを小突いて、スクアーロが懐から取り出したそれを渡す。
「なに、こ……」
ぐにょ、とした手のひらの感触にそう呟くと、むくむくと膨らんで。
「げっ」

思わず手から落としそうになったそれは、ロマーリオの顔だった。
根元のほうは緑色だ、なるほどこれはレオンらしい。
「ヒットマンからの手土産らしいぜえ」
「うっわー」
ふよんふよんと動くロマーリオの顔を肩に乗っけて。ディーノはうし、と気合を入れる。


マーモン曰く、つなを攫ったテロリストはすでにザンザスが社長をしている(ことになっている)会社にメッセージを送りつけている。
曰く、身代金をよこせ。金額は円に換算してざっと一億円。
用意できない金額ではなかったし、それで無事につなを解放してくれるなら払うことも辞さないが、相手が大人しく彼女を帰す保証はなかった。

ちなみにザンザスには怖すぎて伝えていないが、相手は「社長の娘を預かった」と声明文に書いてくれていた。
娘じゃねーよ。ソレを読んだ幹部がまず突っ込んだのはそこだったりする。
ちょっと調べればわかるはずだ、大体そうしたら沢田一家はなんなんだ……ああ、養子?
とにかく中に殴りこんで一番怖いのは、ソレがボスに発覚することなので、雑魚たちは声を出す暇もなく斬っちゃおうとスクアーロは心に決めていた。



「いいかカス共」
「ああ」
「りょーかい。へへ、ザンザスって仕切ってるとかっこいーよな」
へらと笑った古馴染みを一瞥して、ザンザスは腰の銃を抜く。
目を細めてビルまでの距離を再び目算、ギリギリなんとかなるだろう。


この一帯はうんざりするほど厳重に守られている。
しかしこれ以上人員も割けない。
守護者を出せばマフィアの力を介入させたことになってしまう。
喧嘩売られた相手がたとえどんなに後ろ暗いくてもあくまで表の企業なので、つなを救出にいける人数には限界があった。
警察には知らせない、こっちまで捜査されたら面倒だ、菓子折りを送るのが。


「捕まれ」
言うと同時に銃口を下へと向けた。
察したスクアーロが慌ててザンザスの腕に捕まり、慌てたディーノの腕を掴んだ。

死ぬ気の炎が噴出し、ザンザスを含め三人の体が空に浮く。
「ぎゃー!! バケモノー!」
「落とすぞテメェ」
言うと同時にディーノを思い切り蹴たぐったが、スクアーロががっちり捕まえていたため彼は地面とキスをしなくてすんだ。
まあ落っこちてもなんとかなったとは思うが。
「……な、なあザンザス……たまに思うけど、おまえって実は俺のこと、嫌い?」
げほげほと言いながら見上げるディーノを完全無視して、ザンザスは炎を大きくした。

「チッ」
ディーノを片腕で捕まえていたスクアーロが、左手のギミックを出す。
まっすぐにこっちに向かってくるのは……記憶が正しければミサイル? ミサイルですか!?
「いやーだ!!!!」
「黙ってろつってんだろうがぁああ!!」
ディーノの絶叫に重なるように怒鳴ったスクアーロの一閃がミサイルをぶった切っていた。
彼らのはるか後方で大きく爆発したその爆風にあおられて、三人は大きくビルまでの距離を稼ぐ。
あちらさんも焦っているようで、今度は散弾銃で攻撃をしてこようとしている。
さすがにスクアーロの顔も引きつった。

「おい、ボスぅ……」
ミサイルはともかく、散弾銃なんて防げるわけがない。
いや、ミサイルも十分おかしかったが。

しかしザンザスの顔色は変わらず、まさかこいつ俺たちを盾にするんじゃあと嫌な想像が両名の脳裏を過ぎったところで、ザンザスはおもむろに片手の噴出を停止し、スクアーロとディーノをまとめて。

思いっきり。

放り投げた。




鈍い音と共に屋上に叩きつけられた両名は、体制を立て直しながらすぐさま攻撃に移る。
屋上にも当然何名か配置されていたが、いきなりぶっとんできた二人に対処する時間もなくあっさりと総崩れとなった。
周囲のビルの屋上にいる面々もこちらに攻撃をしかけかねているので、備え付けてあった銃やらで見える限りは倒しておく。
よく見れば一番高いビルの屋上で、周囲のビルからの攻撃が仕掛けにくくなっているのだ。

「スペルビ、つなのいるビルはどこだ?」
肩にロマーリオを乗せたディーノはドンモードになっている。
引き締まった顔で尋ねられ、スクアーロも任務モードに頭を切り替えた。
さっきまでぎゃーとかわーとかわめいていた奴らには見えない。
「二つ向こうだ。いくぜえ」
「わかってる」

足場はない。道具もない。
密集しているとは言えど、向こうのビルに飛び乗るのはこの高低差があっても難しい。
だけど二人いる、ということは片方が足場となってもう片方を遠くへとばし、その後にもう一人に捕まえてもらって向こう側へ移動するというギリギリ作戦だ。
失敗したら地上から行くしかない。


「んじゃはい」
当然のように足場になろうとしたディーノにスクアーロが眉を上げる。
「てめぇの方が軽いだろうがぁ」
「え、そなの? スペルビのが俺より背ぇ低いじゃん」
「はあ!? 俺は5フィート97だぇ」
「俺、6フィート」
「……」
へらと笑ったディーノが、目ではよいけと促す。
スクアーロは顔をゆがめて足をかけ――止まった。

「……体重は?」
「159ポンド」
ふ、とスクアーロはわずかに笑う。
「やっぱ変われ。てめぇのほうが軽い」
「うぇーっ、うっそ! スペルビいくつ?」
「161ポンド」
「……目くそ鼻くそって知ってるか? スペルビ」
無言でスクアーロはディーノの頭をはたいた。