一年に一度しかない祭典。
朝から男子はそわそわしていた。もちろん全員今日は髪の毛をセットしている。
一部のネクタイをわざとゆるくしたりして。つまり今日はバレンタインだ。
<本命は何処に>
いつも通りに朝練をこなした山本は、鼻歌を歌いながら下駄箱を開ける。
ざざ、と雪崩を起こして落ちてきたものを入れるためにバサリと紙袋を広げる。
「おーおー、相変わらずおモテになること山本武」
「へっへー、いいだろ〜」
声をかけてきたクラスメイトに笑って山本はチョコ(やその他)を紙袋に詰める。
上履きを取り出して引っ掛けた。
鞄を肩にかけて階段を上る。
廊下の向こうでキャーという声が聞こえたので視線を向けると、見慣れたナッポー頭があった。まあ予想はできたことだ。
「山本、おはよう」
「よー、つな。今日は早いのなー」
友人に笑いかけて机の上に鞄を置く。
同じく紙袋を置くと、つながうげりという顔をした。
「……相変わらずモテるねー……」
「はは、まあなー」
そう言いながら机の中に押し込んであったチョコを紙袋にぺぺいと入れる。
入れ終わったところでつなを見ると、ちょんと綺麗な袋を取り出していた。
「はい、バレンタイン」
「おおー! ありがとなー!」
渡されたのは、小さな包みに入ったカップケーキ。
たぶん、相当頑張って作ったんだろう。
つなの不器用さは周知だ。
「頑張ったのなー」
「まあね。失敗したのはランボとかイーピンとかふぅ太が食べてくれて助かったよ」
苦笑したつなは先日相当苦労したらしい。
なんだか眠そうな顔をしていた。
もらった包みを開けてぽいっと口に入れながら、山本はきょろきょろと教室を見回す。
探している人物が見つからなくて溜息をついた。
「……なあつな……獄寺は?」
「さあ」
涼しい顔でつなは肩をすくめる。
山本はちぇーと机に突っ伏した。
たくさんの女の子からのチョコ。それは嬉しい。
だけど本当にほしいのははやとからのチョコだ、そんなの決まってる。
「まだかなー……」
顎を机に乗せて、山本はあまったるい空気の中で呟いた。
結局その日、はやとは学校に姿を見せなかった。
帰り道をわざとゆっくり歩く。
今日学校に来ないなんてそんな! そんなことあるもんか!
イタリアでは女性から男性って文化はないらしいが、それでもはやとは日本に住んで……かなりになるんだし。
「なあつな〜」
「……忘れてはないと思うよ」
何度目かの山本の溜息につなは苦笑して答えた。
まだはやとはこない。もう少しで分かれ道だ。
「あ……」
分かれ道のところに彼女はいた。
制服ではない。男物でもない。
ブーツにジーンズにふわふわの白セーターを着て、グレーのコートを羽織っていた。
「獄寺!」
駆け寄ると、寒さでか少し赤みの差した顔が手に持っていた袋から何かを取り出した。
「おおっ!」
「ま……まあ、バレンタインだしな」
「ありがとなのなー!」
ちょんと渡されたクッキーに感激して山本ははやとに抱きついた。
今日もらったどのバレンタインチョコより嬉しい。
そっけなく白い包みに包まれているのも、彼女らしいといえば彼女らしい。
「ちょ、おい、放せ!」
ぐいと胸を押してはやとは山本から体を離す。
掌にあるそれをにやにやしながら見ていると、紙袋からもう一つの包みを取り出した。
「十代目! どうぞ!」
「わあ、ありがとう!」
満面の笑みでつなにはやとが渡していた包みは。
ひらひらのレースとリボンで包まれ、おまけに両腕で抱え込むのがちょうど、みたいな大きさのものだった。
「……わあ」
山本は呟くしかない。その目の前でつなが山本に渡したのより一回り大きい包みを取り出して渡している。
え、なにそれ? みたいな。
まあつなにとって山本は義理だろうからいいけれど。
なんですかそれ獄寺さん? なんで俺に渡したのよりずっと大きくて豪華なの?
「わあ、すごい! 大変だったでしょ」
「いえ! 十代目に喜んでいただけるのなら! ……あ、でも味はその……」
「あはは。絶対おいしいよ、だってはやとが頑張ってくれたんだもん。ね、山本」
「お。おうー!」
斜め上を見て答えた山本に、二人の少女は首をかしげた。
***
そんなものだ。
そんなものよ。
家に帰った山本は鼻歌交じりに部屋に入る。
「おう、武ー?」
どうしたー? という父親の声も無視して扉を閉める。
部屋に入ると鞄と紙袋を投げ捨て、いそいそと握り締めていたものを机の上に置いた。
「よおしっ」
気合を入れて袋を開ける。
白い袋の中にはクッキーが三つ。
「……うん」
ちょっと寂しい、だけど彼女の手作りならば。
そう思って一枚取り出した。
匂いはとてもいい。
「いったっだっきまーす」
勢いのある声をあげて、一枚目を頬張った。
「……え? 山本どうしたの? 風邪? そっかぁ……」
集合場所にこなかったので、どうしたのだろうと電話したつなが会話を終了させる。
「山本、風邪だって」
「……たぶん、クッキーのせいです……」
「なんで?」
はやとの言葉につなは首をかしげる。
昨日彼女にもらったマフィンと生チョコは家に帰って美味しく食べた。
少し形は悪かったけど、ぜんぜん問題なく食べれた。
「……実は……山本に渡したクッキーは今日の午前中に姉貴が手伝ってくれて作ったんで……」
「………………ナルホド」
一発でつなは理解した。
つまりそういうことだ。
気がつかなかった山本ドンマイ。
***
人生なんてそんなものだ。