<兄弟子と妹弟子>
こんにちは、とへらり笑みを零すつなに、ディーノは思わず固まった。
しかしそこは伊達に色男を自称しているわけではなく、満面の笑みで挨拶を交わし、お茶請けの用意をしに行ってくれているところで即行で携帯電話を取り出してダイヤルを押した。
数回続く呼び出し音に、向こうが焦れて出た瞬間にまくしたてる。
「かわいい! すっげーかわいい!! ちまっとほわっとしてて抱きしめたくなる感じでかわいい!! ってこんなのザンザスにもったいない!」
電話口の相手はいきなりなんだ、という雰囲気を出していたが、最後の一言で何の事だかわかったらしい。
『おい、カス馬』
「つなってほんとかわいいのな!」
『手え出したら殺すからな』
電話口から聞いた事もない爽やかな声が聞こえた。
だけど殺気が漏れてる。
刷り込まれた恐怖で背中に冷や汗が浮かぶのを感じながら、それでもディーノはうきうきと声をあげた。
何しろ相手は今は海の向こうなのだ。
とりあえずの命の保障はされている。
「俺はつなの兄貴分だもーん♪ もう懐いてもらったもーん☆」
『そうか、そんなに死にたかったのか』
ドゴンと向こう側で何かが倒れる音がした。
あはははははと多少引き攣った笑いを浮かべていると、コーヒーを持ってきたつながきょとんと首を傾げていた。
ああ、ありがとう、と電話を離して言うと、つなは好奇心からだろう、話し相手を訪ねてきた。
「ザンザスだけど・・・」
「ザンザス!? え、ザンザス!? ディーノさんザンザスと知り合いだったの!? ずるい! オレも話したいー!!」
目の色が変わった。
うわぁ、ザンザス愛されてるっていうか別に電話していて羨ましがられるほどのことでもないような。
目をうるうるさせているつなに、ディーノは苦笑して電話をさしだした。
・・・ここで変わらなかったら色々と怖そうだったから。
つなは目を輝かせて受話器を受け取ると、心もち顔を赤らめて話しはじめた。
うん、なんていうか、可愛い。
恋する乙女ってこんな感じだろうか、まったくもってザンザスには合ってないと思う。
っていうか何の話してるんだろう。
二人の会話の内容が想像できなくて耳を傾けていると、ディーノやスクアーロの名前が何度か出てきた。
どうやらディーノとザンザスが知り合いだというところから、学生時代の話になったらしい。
「同じ学校だなんてずるい」とじと目で見てきたつなの理不尽な嫉妬(なのか憧れなのか)に、ディーノは笑いながら言った。
「その頃の話聞くかー?」
「うん、聞きます! あ、ザンザス、今度日本に来れるのいつ?」
ぱぁっと顔を輝かせて頷き、再び会話に没頭する。
まぁ、学生時代に何があったと言っても三人でつるんでいる思い出といえば、主にディーノとスクアーロが死に掛けたり虐げられたりしているものばかりなのだが、まぁ話のタネにはなるだろう。
今日は泊まっていくつもりだったから時間もたっぷりある。
どうせだからあの頃のあほ話もいくつか披露してみよう。
電話では次にいつ日本に来るかの話がまとまったらしく、つなが電話口に対して大好き、ととろけるような笑みを浮かべて囁いていた。
向こうで一体どんな顔をしているんだろうかと思うと笑えてくる。
思わず想像してツボにはまってしまい、声をあげるのを我慢していたディーノにつなが電話を返してきた。
取り上げちゃってごめんなさい、と言うつなに気にするなと返してもう一度電話に出る。
再び聞くヤツの声は、最初よりは幾分上機嫌そうだった。
「よう跳ね馬、今日つなのとこに泊まるんだってな?」
「・・・なんだよ、泊まるなって言いたいのか? さすがに手はださねーぞ」
「たりめーだ。まぁゆっくりしてるといいさ・・・・・・・明日には俺も行くからな」
前半と後半の声に温度差がありすぎた。
なんで明日に来れるんだ、とディーノは叫びたくなった。
ヴァリアーのトップになったんじゃなかったのか、そう易々と仕事を休んでもいいものなのか。
もうこれは夕飯の前に辞去しよう。
「帰ったら容赦しねぇ。久々に交友を温めようじゃねーか・・・積もる話もあるだろうしな」
そんなディーノの心境を完全に見透かしたザンザスからトドメの一言を頂いて、ディーノはさめざめと涙を流しつつ通話を切った。
翌朝。
ピンポーン、と鳴る玄関のチャイムに、つなが口に入れていたものをお茶で流し込んで席を立った。
ディーノは思わず箸から卵焼きを取り落とした。
そうでなくともぐちゃぐちゃになっている机の上がいっそう悲惨な事態となったが、ディーノの頭の中も結構悲惨だ。
まだ朝食の最中なのに。
早い、早すぎる。
時差も考えてあの後すぐに出発してきたんじゃないだろうな。
・・・これで、急な仕事を理由に朝食後すぐに出る計画もパーになった。
ざ、と日本家屋に不似合いな長身といかつい顔のザンザスが台所に入ってくる。
朝食まだなんだって、とつなが奈々に言い、手早くザンザスの分の朝食が用意された。
席は当然つなの隣だ。
「よぉ、跳ね馬」
「・・・ひ、さしぶりだなザンザス。スペルビは?」
「仕事だ」
「俺の盾ー!!」
これでザンザスの集中砲火の対象はディーノ一人。
なんかもう、ほんと帰りたい。
朝食の後、学校のあるつなは本当は休みたそうだったが、ずる休みは駄目だとザンザスに言われて渋々支度を整えた。
昔遅刻早退サボリがデフォルトだったお前がそんなことを言うようになったとは、とディーノは少し感動した。
「ザンザス、その間に帰ったりしないでね? 話たいこと沢山あるんだから」
「ああ」
「ディーノさんも、ゆっくりしていってくださいね」
「あ、ああ・・・」
「十代目ー、ご用意できましたかー?」
玄関先からはやとの声がして、つなはザンザスの袖を名残惜しそうにぎゅっと握ると、頬に軽く口付けていってきまーすと玄関を出て行った。
ちらりと横を見ると、頬を押さえてザンザスが固まっている。
表情は見ないことにした。
俺はまだ死にたくない、ショック死も嫌だが照れ隠しで葬られるのもごめんだ。
「さて。つなが学校にいってるあいだに色々話そうじゃねーか、イロイロと・・・なぁ」
つながいた時と周りの温度が十度くらい下がった気がする。
頑なに視線を合わせないようにしていると、がしょんと銃の安全装置が外れる音がした。
「・・・い、イロイロってナンデスカ」
「お前の死亡原因とかな」
「お、俺つなになにもしてねー!!」
「俺の許可なく会った時点で動機はできた」
え、そこで? その時点で?!
どんだけ心狭いんだよ!
・・・とか言うと本気で殺されかねないので、ディーノは話題を転換させることにした。
「あ、あのさ! ザンザス今24だよな?」
「それがどうした」
「つなは14だよな?」
「・・・それがなんだ」
「十違うってどうなの?」
話題転換の方向を間違えている。
「ちゃんとつなが16になるまでは結婚は待つからいいだろうが」
「そんな問題じゃないだろ! だいたいつなって小学生にみえあくもないし、ザンザスは30にも見えるから並んで歩いたら兄弟こして親」
言いかけたところをリボーンに口を塞がれた。
ザンザスが来てからというものいつもつなやディーノにちょっかいを出してくる赤ん坊が無口になっていたが、つなの見送りに玄関まで一緒にきていたのだ。
ふごふごと手を外そうとしているディーノを、馬鹿かお前はという目で見ている。
話題といい死にたいのか。
大人しくなったディーノにリボーンが手を離すと、ひでぇよリボーンと口を尖らせてから、ディーノはザンザスに言った。
「犯罪じゃね?」
ああ馬鹿がいた、とリボーンは思った。
いっそさっき口を封じてしまえばよかった。
ザンザスかリボーンか手を下す者が違うだけで、結果は変わらない。
「よし。死ね」
「自覚あるのか」
「黙れ」
「なあリボーン、俺は友人としてどうするべき?」
「・・・お前、そんなに死にてーのか・・・」
「どこを打ち抜いてほしいんだ、友人のよしみで聞き入れてやろう」
「いやいやいやいや応援する! な!」
へらへらっと笑いながら体はしっかり後退していた。
溜息を吐いてザンザスは銃をしまう。
それに胸をなでおろして、ディーノはへらりと笑った。
「ったく、そんなんでボス業はやれてんのか跳ね馬」
「いつまでも学生のままだと思うなよ! ちゃんとやれてるってーの!!」
「どうだかな」
「リボーンまでそういうこという?」
「カス鮫に週一で泣きついてるくせに」
「なんで知ってんの!?」
「・・・なんでだろうなぁ・・・愚痴るために仕事場に留守電いれんじゃねぇ」
米神を押さえて睨みつけるザンザスに、ディーノは頬を引き攣らせた。
「だ、だってスペルビ、携帯ナンバーおしえてくれないし・・・家の電話は出ないし・・・」
携帯を持っていないはずがないのに、どれだけお願いしても教えてくれない。
家の電話もいつかけも通じず、仕方がないから残った仕事場・・・つまりはヴァリアーの本部に電話をしているのだ。
それでもほとんど出ないから、留守番電話に吹き込んでちょっとすっきりしたりしているのだ。
これもそれもスクアーロが電話に出ないのが悪い、と言い訳するディーノにザンザスは携帯を取り出していじり始める。
「・・・仕事中なら家の電話はでねーだろ。まぁいい、教えてやる」
「やった! これでいつでも連絡とれる〜♪」
登録を済ませると嬉々としてかけだしたディーノに、これでヴァリアー本部の電話が煩くなくなるとザンザスはさっさとリビングに戻ることにした。
部下兼友人をあっさり売ったことに関しての罪悪感はない。
今頃イタリアの地で、ザンザスが放り投げてきた仕事のフォローに駆けずり回って死に掛けているだろうスクアーロにとってディーノの電話は傍迷惑極まりないものなのだろうが、二人の相手とフォローは彼の役目なので誰も同情したりはしないのだ。
***
スクがディーノに番号を教えていなかったのは、教えたらしょっちゅうかかってくると知っていたから。
つなとザンザスの電話での会話↓
つな「あ、ザンザス? えへへへへ〜、ディーノさんと知り合いだったんだね?」
ザンザス「ああ・・・学校で、少しな」
つな「え、じゃあザンザスがイタリアにいた時ずぅーっと一緒だったの!?」
ザンザス「・・・まったく嬉しくないがな
つな「いいなぁ、ディーノさんいいなぁ・・・」
ディーノ「・・・たぶんお前が思ってるような楽しい学園ライフはおくってないからな」
つな「だってスクアーロもいっしょだったんでしょ? ・・・いいなぁ、いーいなぁ・・・・・二人ともザンザスの傍にずっといれたなんていーいーなぁー・・・(じと目」