「…………」
「…………」



「……うん、お前らもうちょっと話をしような!」


沈黙に耐え切れなくなったらしいロックオンが音をあげた。





<少しだけ距離が近くなった日>





話をしろと言ったって、初対面の相手を前に何を話せばいいんだと、半ば八つ当たり気味に刹那はロックオンを睨み上げる。
正確には全員の前で自己紹介を終えているから、完全な初対面というわけではない。
だが、あの時は名前とマイスターである事を告げれば済んだが、この場でもう一度同じ事を繰り返すわけにもいくまい。

いきなり刹那を引っ張ってきて、談話室にいたフェルトの前に刹那を立たせた男は、
どうやらフェルトと刹那に話をさせようという魂胆だったらしい。
だが、お互いロックオンのようにぽんぽんと話題を見つけられる気質ではない。
フェルトも知り合って間もないが、見かける姿から分析するに、お喋りであるとは決して思えなかった。
どちらかといえばその印象は、クリスティナに当てはめるべきものだろう。

「お前らさ、こう、お互いの誕生日とか好きなものとかさ」
「個人情報は秘匿義務がある」
「…………」
「……うん、お前ららしいわ」
すっぱり切り捨てた刹那と、困ったように首を傾げるフェルトに、ロックオンは諦めたらしかった。

ロックオンの端末が電子音を上げる。
画面を見たロックオンが小さく呻いて、「ちょっと行ってくる」と言い置いてばたばたと談話室を後にした。
残されたのは刹那とフェルトの二人きり。


いまいち出るタイミングを逃した刹那が視線を戻すと、フェルトは居心地が悪そうにもじもじと体を動かしている。
「え、っと……座る?」
「……ああ」
促されて、思わず刹那もソファに腰かけた。
これではますますこの場を離れにくくなったが、少なくともフェルトが刹那を遠ざけようとしていないのはなんとなく空気で分かる。

お互い微妙な距離感が掴めないままでいると、きゅう、とフェルトのお腹が可愛らしい音を立てた。
「…………」
「…………」
横を見ると、俯いてぎゅっと拳を膝の上で握り締めているフェルトの姿があった。
桃色の髪の隙間から見える耳は真っ赤だ。
腹が鳴るくらい自然の摂理でなんら恥ずかしがる事ではないと刹那は思うのだが、ちらりとフェルトは顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうだった。

ここで「気にするな」と言えば余計気にするだろうか。
ロックオンならば気の利いた言葉のひとつも口から出るのだろうが、刹那にはこんな時どうしたらいいかなど全く思い浮かばなかった。

こんな時ばかり不在なロックオンの間の悪さに小さく舌打ちすると、フェルトがびくりと体を振るわせる。
さすがの刹那も今の行動が誤解を生んだのは理解した。
もう一度舌打ちしたい気分だったが、それは更なる誤解を招く事にしかならない。


どうしたものか、と必死に考えを巡らせていると、ポケットに昨日リヒテンダールからもらった飴玉がひとつ入っているのを思い出した。
完璧に子供扱いなそれに、その時はただ不愉快なだけであったが。

ポケットから出した飴をフェルトに突き出すと、きょとんとしたフェルトがおずおずと刹那に視線を向ける。
「……くれるの?」
「俺は甘いものは好きじゃない」
本当は嫌いではないし、小さい頃には滅多に味わえなかった甘味は密かに刹那のお気に入りではあったが、ここではフェルトにあげるのが一番いいだろうと、考えた末に出した結論だった。

包み紙からころりと出てきたのはフェルトの髪と同じ色の飴玉で、フェルトはそれを口に含んで、ふわりと小さく笑った。
小さな飴玉は空腹を多少紛らわす程度で、満たすものではないのだが。
「甘い」
「そうか」
「ありがとう、刹那」
「ああ」
それきり二人の間にはまた沈黙が落ちる。
けれど、今度は二人とも苦に感じないものだった。



きゅるる、と再び腹が鳴った。
けれど今度はフェルトではなく刹那の腹から出たもので、それを聞いたフェルトは自分のポケットをぱたぱたと叩いて何かを探している。
結局何もなくてしょげているフェルトの腹がまた可愛らしい音を立てて。

「…………」
「…………」

その手を掴んで、刹那は食堂に行く事にした。