<無意味な攻防>

 


「ひっまだわあ」
ぼやいたニールを後ろからライルがどついた。
人が仕事をしている横で、人のベッドに寝そべってごろごろして暇宣言をされたら、誰だってどつきたくなるだろう。
こちとら慣れない仕事(しかも目が痛くなるようなプログラム系統の)で手こずっているというのに!

「仕事なんか山積みだろうが! 暇なら手伝え!!」
「それはライル君のお仕事だからねぇ」
ちちち、と指を振る仕草にかちんときた。
どうして自分の兄は人をおちょくるのに長けているのか。

「……あんたにも仕事はあるはずだ」
「心が退屈なの。刹那もフェルトもライルも構ってくれないからさー」
「……あんたなあ」
それってどうなんだ、とライルは呆れた。
三十手前の男のいう事か。
これがまだ恋人が構ってくれないとするなら多少の同調もできるが。

ライルよりもマイスターとして活動していた時期はニールの方が明らかに長い。
そんな人材をスメラギやイアンが放っておくわけがないのだが、問えばニールはあっさりと「ある程度やってあとは逃げてきた」と告げた。
……そういうところの容量の良さは変わってない。

微妙な顔をしたライルに、ニールは苦笑気味に手を前後に振った。
「ほれ、今の俺って雑務要員みたいなもんだから。マイスターとしての仕事は回ってこないしー」
「…………」
小さく舌打ちしてライルはスクリーンに視線を戻す。
先程から微妙に煮詰まっていた箇所について尋ねてみれば、さらりと答えられて、複雑な思いは増した。

やはり、マイスターとして的確なのは、自分よりも兄なのではないかと。
刹那は『ロックオン=ストラトス』を求めていると言った。
……本物が戻ってきたのであれば、偽物はもう必要ないのではないか。


「……俺、降りようかな」
音として漏れた言葉にはっとしてライルは口を押さえる。
無意識の内に口に出てしまったいた。
「ライル」
気まずげに視線を落としていると名前を呼ばれた。
まずった、と言わんばかりのライルに、だったら、とニールはまるで四方山話をするような口調で、それを口にした。
「俺が降りる」
「はぁ?」
「マイスターじゃないし、操舵はアニューがやってるからライルが砲撃手に回って、俺人員からあぶれてるし」
「だったら兄さんがマイスターに復帰すれば」
「この目じゃムリだろ」
くい、と眼帯を引っ張って言われれば、黙るしかなかった。

結局、四年かけてもニールの右目の視力は回復しなかったらしい。
本人はあまり気にしていないようでも、それが致命的となってマイスターへの復帰への道は閉ざされた。
それでも、ライルよりも狙撃の腕は上だろうと勝手にライルは思っている。
勝手に思っている理由は、トレミーに戻ってからニールは一度も狙撃を見せてくれていないからだ。

「それに」
ライルが黙った間を埋めるようにニールは続ける。
「刹那とフェルトがさぁ、進展しないじゃん?」
「……は?」
「あいつら最近いい感じだと思わね?」
「…………」
輪をかけて軽い口調になった兄に、ライルはぽかんと口を開けた。

刹那とフェルト。
兄が溺愛している二人はニールが大好きだが、お互いに対しても好意を抱いているようだと薄々感じてはいた。
兄弟のような関係に長い間慣れていたからいまいち戸惑っている感はあるが、そう遠くない内に微笑ましいカップルになるだろうとスメラギが言っていた。
変なところを予想する戦況予報士だ。

「まぁ……それなりにはいいんじゃないか」
「だろ? でも俺がいるとあいつら俺に寄ってきちゃうわけ」
惚気か。
けど、まさかそれを気にしてトレミーを降りようとか思ってるんじゃあるまい。
「俺がいない方が二人の仲も進展しやすいのかなーとか色々考えてたわけ」
「…………」
それが本気なら、呆れを通り越していっそ笑い飛ばしてやる。
だが今のニールの言葉は、ニールとライルのマイスターの復帰うんぬんに関わる問題でニールがトレミーを降りるのではないと言っている気がして。
それが兄の不必要なまでの気遣いだと分かっていたから、あえてライルは一言だけに留めた。


 

 

 

 

 


「兄さん、本当にそれやったら二人に今度こそ泣かれるだけじゃ済まないと思うぞ」


 

 


***
兄弟で珍しくシリアス。珍しく。稀に。
今度無断で降りたらガンダムで迎えにこられます。