アロウズから身を隠すようにして数ヶ月経つ。
世界ではテロの余波がまだ微かに残りながらも、徐々に人々の話題から弾かれている中、フェルトはスメラギに休暇を申し出た。

「気をつけてね?」
「はい」
政府の誰かに見つかっては面倒な事になるが、一部に顔割れしている刹那やアレルヤとは違い、誰もフェルトの顔も名前も知らない。
ふたつ返事でOKを出したスメラギは、行き先を告げてはいなかったが、現在地と申請された休暇の日数で、スメラギはなんとなくフェルトの目的を察しているらしき口振りだった。
「それで、あの」
「刹那も一緒?」
「いえ、その……まだ聞いてはいないんですけど」
先回りで尋ねられたフェルトはぶんぶんと首を横に振る。
その様子にくすくすとスメラギは笑って、いいわよとあっさりと許可を下した。

「どうせここにいると安静になんかしてないんだから、息抜きって事で連れ出しちゃいなさい」
「……ありがとうございます」
「お土産は期待してるわ」
くすくすと笑うスメラギに頭を下げてフェルトは退出する。
どこか軽い足取りで去る姿を見送って、若いっていいわねぇとスメラギは笑みを漏らした。





部屋を出て、刹那を探す。
カプセルを出てからの刹那はちっとも医務室にいようとしないで、たいていはガンダムの整備を見ているか、データの整理をしている。
ドックにいたイアンに刹那の居場所を尋ねれば、先程自室に戻ったと教えられた。

「刹那、ちょっといい?」
「ああ」
部屋にいけば、端末でなにか調べ物をしている刹那がいた。
まだ肩の傷を圧迫しないようにと薄青い病人着を着ている。
「これから出かけるんだけど……」
「任務か」
「ううん」
首を振るフェルトに刹那は首を傾ける。
すでにスメラギの了承は取ってある事を告げて、フェルトは言った。
「ロックオンのお墓参りに行くの」

トレミーのあるところから、ロックオンとその家族の眠る墓地までは、二日で往復できるほどの位置だった。
最後に訪れたのはCBが再び活動を始める数ヶ月前。
二度と行けないかもしれないと考えていたが、トレミーの不時着位置を見て、不意に思い立った。
もう一度、会いたくなった事と、それから、刹那に会わせてあげたいと思った。

「それで、刹那も一緒に行かないかなって」
「行く」
「うん」
ロックオンも喜ぶよ、と小さく微笑むフェルトに、そうだといいがなと刹那は苦い笑みを浮かべた。








<Grace>










部屋で必要なものをまとめて、制服ではなく数少ない私服を身につける。
クリスティナにおしゃれにも気を配りなさいと言われてから気をつけるようにはしているのだけれど、どれがいいのかさっぱり分からず、クローゼットの中身の数はそれほどない。
それに今日着るものは決まっていた。


列車に乗って数時間。
広い墓地は、世間的に平日の午前中という時間帯もあってか、フェルトと刹那の他に人影はなかった。
二人とも黒い服に身を包んで、「Dylandy」と刻まれた墓石の前に立つ。

そこにあるのはロックオンではなくニールの名前だ。
自分達に馴染みのなかった名前の彼の亡骸は、この下にはない。
「ロックオン」しかしらない刹那とフェルトは、ニールがどんな人だったのかは知らない。
だけど二人に笑いかけてくれていた彼の人は、確かにここに眠っている。

刻まれた墓石の前にフェルトがしゃがんで、近くの花屋で作ってもらったダリアとカスミソウの花束を置く。
「本当はロックオンの好きな花がいいんだろうけど」
自分達は彼の好きな花を知らない。
自分達の好きな花もわからないように。

目を伏せていたフェルトの隣に刹那がかがむ。
真剣な表情で墓石を見つめているのに、フェルトは目を瞬かせた。
「刹那?」
「……変われなかった俺のかわりにお前は変われと、言われた」
誰に、とは言われなくても理解できた。
睨みつけるように、刹那は十字架を通してもっと遠いところに話しかけている。

「俺は変わる。この世界と共に。だから、見ていてくれ」
「……うん」

見ててほしいね。
刹那も私も、ロックオンからもらったもので変わったから。
近くにいてくれないのは寂しいけれど、これからも変わっていくから。

だからもうちょっとだけ、手のかかる子供達だなぁって、見守ってて。















トレミーに戻ったら、ティエリアが出迎えてくれた。
ほぼ待機状態とはいえ、オペレーターとマイスターが揃って抜けた事を咎められるかと思ったが、彼は小さくおかえりと言ってくれた。
やっぱりこういうところが優しくなったなと思う。
「ロックオンのところか」
「うん。ティエリアも行ってくる?」
彼もまた、フェルト同様あの場所に足を運んでいるのは知っていたから聞いてみたら、微妙な顔をされた。
フェルトが気付いている事に気付いていなかったのかもしれない。

ティエリアは苦々しげに溜息を吐いて口を開く。
「……あと数週間して、まだ何の動きもないようだったら考えておく」
「どうして?」
「立て続けに行ったらあの男は調子に乗るだろう」
「あの男はいつだって調子に乗っていた」
「……そうかな」
「……違いない」
間髪入れずに足した刹那の言葉に、ティエリアは笑う。
フェルトも釣られるように笑い、刹那も自分の言葉が的を射ていて思わず笑った。

三人で顔を揃えて笑うだなんて、四年前は想像もできなかった光景を、あの人は嬉しげに見ているのだろうか。
それとも自分は輪の中に入れなくて悔しがっているだろうか。





――けれどその輪の中心にあるのは、いつだってあなたの存在。





 

 

 

 




***
ロックオン大好きトリオってことでひとつ。
書いたのはセカンドシーズン24話直後だったんですが、自分の中のティエリアの株の上がり具合が異常でした。