<撮影の合間14>
それはいつもと変わらぬ朝だった。
朝食のトーストを齧り、ソーマが思い出したかのように言った。
「そういえばこの間、セルゲイに恋人がいないのかと言われた」
「……へぇ」
唐突な物言いに、口に入れていたパンが喉に詰まりかけたハレルヤは、咄嗟にカフェオレを飲むことでむせるという失態を防いだ。
彼女の父親代わりであるセルゲイのことだから、年頃にもなってもちっとも女らしいところをみせないソーマを心配したのかもしれない。
逆に変な男に引っかかっていないか確認したかったのかもしれないが。
ハレルヤがつらつらと考えている間にも、ソーマはトーストをぱくつきながら話を進める。
「ずいぶんと心配されたので、いると言っておいた」
「……いるのか? 本当だったら俺こっから出てかねーとまずいな」
コーヒーを一口飲んでハレルヤは素気なく言う。
世間でいうところの「同棲」をしているとも取れる二人だが、現在のところは純然たる「同居」である。
家事をする代わりに格安の家賃で住まわせてもらっているのだから、ハレルヤがソーマに雇われているとも言えるかもしれない。
が、恋人がいるのであれば、異性がいるのはいかんだろう、その恋人の心境としても。
「そうしたら今度連れてこいと言われた」
「まー確かに気になるわな。俺もできたら一度見てみてーや」
料理どころか掃除もできない(というよりしないし、させたところでその惨状は目に見えたものだったのだが)こいつと付き合おうというのだからそうとうのスキモノだ。
ぜひともお目にかかりたい。
……それにしてもそんな素振りはちっとも見られなかった。
ソーマはきょとんと目を瞬かせて、何を言っているんだと言わんばかりに息を吐いた。
「というわけで今度あわせることになったから、準備しておけよ」
「ああ、はいはい、せいぜい可愛らしくめかしこませていただきますよ。じゃあその日の夕飯はいらないんだな」
その日は一人分しか作らなくていいんだな、と言うハレルヤに、ソーマが首をかしげる。
「お前も一緒に行くんだぞ?」
「……なんでだ?」
「行かないとセルゲイに顔を見せられないだろう」
「誰のだ」
確か話の流れとして、セルゲイにソーマの彼氏を見せる、ということだったと思うんだが。
そこでどうして俺が一緒にいくことになるのかがさっぱりわからん。
「恋人がいないと言うとセルゲイが心配する。だからお前が恋人として一緒に行くんだ」
「……つまりは身代わりってことか?」
突拍子もないソーマの言葉の意味を正しく汲み取り、ハレルヤは一枚目のトーストをたいらげる。
二枚目にバターを塗りながら返した。
「あのなぁ、身代わり用意したってすぐにバレるぜ? だいたいルームシェアしてる奴とどうこうってことになったらセルゲイさんは怒るだろ」
「大丈夫だ、シェアしていることを言っていないから」
「…………」
なんか今すごい爆弾発言をしやがった。
自信満々にルームシェアを持ちかけてきたから、てっきりセルゲイの許可はおりていると思っていたのに。
過保護なあの親父にしては寛大だと思っていたら、そもそも知らなかったとかどういうことだ。
……知られた瞬間に殺される気がする。
ましてや恋人ですとか言って紹介された日には。
ソーマはそんなことはちっともわかっていないのか、カフェオレで喉を潤して満足げにカップを置いた。
そろそろ迎えの車が表に来る頃だ、支度をしないと間に合わないだろう。
「正直に彼氏なんていないって言っておけばよかっただろーが」
「心配させるのは本意ではないのだ。別にほしいわけでもなし。デートの度にめかしこむのが面倒だ」
「……それが女優の言うことか?」
「仕事でやっているぶん、日常は楽な方がいい」
それが世間での正論だとでもいうように堂々と言って、ソーマは椅子にかけてあったジャケットを取り上げて袖を通す。
少し大きめのそれは、ちょっと前にハレルヤが気に入って買ってきた上着、なのだが。
「お前俺の服を取るな! それは今日俺が着ていくんだ!!」
「私の方が似合うんだからいいだろう」
「サイズ俺の方がでかいだろうが!」
「別に着れないわけではないし、気に入っているんだ」
「俺も気に入ったから買ったんだよ! ……そんなにほしいなら次の休みに買いにいけばいいだろ」
「じゃあそうしよう。木曜日でいいか」
「……俺も行くのかよ……へいへい、わかりましたよ」
トーストを齧りながら手を上下に動かすハレルヤに満足げに笑って、ソーマはキャップを被ると、いってきますと軽く敬礼のような仕草をした。
***
まだお互いが意識していない頃。