【ホットミルクで5のお題】





<ホットミルク・ココアバージョン>



フェルト・グレイスは牛乳が苦手だった。
あの独特な匂いがだめで、食事で出されても飲めなかった。
それはCBにきてからも同じで、けれど誰かに見られてそれでからかわれるのが嫌だったので、なるべくばれないようにこっそりと残していた。


就寝時間前の自由時間に、フェルトはハロをいじって遊んでいた。
反対側のソファでは刹那が端末をいじっていたが、お互い口数が少ないので何か会話をするでもなく、ハロがだけが賑やかに目を点滅させながら、「フェルト、セツナ、アー」と喋っている。
「そこのお子様ふたりーそろそろ寝る時間だぞ」

両手にマグカップを持ったロックオンが入ってきて、ハロがぱたぱたと耳の部分を上下させる。
子ども、という単語に刹那は顔をしかめてみせたものの、ロックオンがマグカップを差し出すと、端末を閉じて大人しくそれを受け取った。
「刹那、それなぁに?」
「ホットミルクだ」
簡潔な問いに簡潔な答え。
ホットミルクが睡眠にいい、という話は聞いた事があったから、ロックオンにフェルト用のマグカップを差し出された時、少し困った。
フェルトが隠しているからロックオンはフェルトが牛乳が苦手なのだと知らないのだ。
ここで断るのは、よかれと思ってしてくれたロックオンに悪いと思った。

一気に飲んでしまおう、と口をつけかけて、フェルトは目を瞬かせる。
だけど中に入っていたのは、いつものあの真っ白なものではなくて、茶色。
「ロックオン、今日はどうして茶色いんだ」
刹那も目を瞬かせて聞くので、いつもこうなのではないのだろう。
「今日はココアを入れてみましたー。たまにはいいだろ」
ぱちん、と器用にウインクして、こっそりとフェルトにだけ囁いた。
「苦手でも、これなら飲めそうだろ?」
一瞬何を言われたか分からなくて、フェルトは目をぱちぱちとさせてから、両手でマグカップを持ってこくりと頷いた。





<ホットミルク・ノンシュガーバージョン>



牛乳をふたり分、ミルクパンに注いでコンロに乗せる。
焦げつかないように弱火で、膜を張らないようにゆっくりとかき混ぜて。
ほかほかと湯気が出てきたところで火を消してそれをカップに注いで出来上がり。

できた、と目を輝かせて同時に口をつけたところで、フェルトと刹那は眉を寄せて顔を見合わせた。
「……なんか違うね」
「甘くない」
ほんのりと甘みはあるけれど、何かが足りない。
だけど普段ロックオンがやっているのを見ていて同じように作ったはずだ。
何が足りないのだろう。

「何やってんだぁ?」
「「ロックオン」」
二人して首をかしげているところにやって来たロックオンは、次第を説明されて小さく噴き出した。
「ああ、そりゃ簡単だ」
「何だ?」
「愛情v ……いや、半分は冗談です」
「それで本当はなんなの?」
刹那に睨まれて苦笑したロックオンにフェルトが尋ねる。
それに笑って、ロックオンは返した。

「それは秘密だな。二人にホットミルクを作るのは俺の楽しみだから、自分達で作られたら俺の楽しみがなくなっちまうや」





<ホットミルク・ノーマルバージョン>



ロックオンが任務で地上に降りていた。
普段と変わらず二人で過ごしていた刹那とフェルトに、アレルヤが親切心からか声をかける。
「刹那、フェルト、ホットミルク飲むかい?」
「「飲む」」
揃った声に微笑ましいなぁと笑みを浮かべて立ち去ったアレルヤは、しばらくして二人のマグカップを持って戻ってきた。
「はいどうぞ」
それじゃあおやすみ、とマグカップを持った二人の頭を優しく撫でてアレルヤが行ってしまってから、刹那とフェルトはそれを飲んで首を傾げた。
「……違う」
「うん、なんだろう」
この間ロックオンが言っていたように、本当に愛情とかそういう類のものなのだろうか。
「でもそんなものに味はないはずだ」
「ロックオンは教えてくれなかったし……」

実はロックオンが作る自分達のものは、砂糖の他に蜂蜜が入っていたりしたのだが、それを教えてもらえるのはまだまだ当分先のこと。





<ホットミルク・冷めかけバージョン>



ホットミルクは渡された時は熱くて、猫舌のフェルトはそのままでは飲めない。
だから息を吹きかけながら飲めるようになるまで待っているのだけれど、そこでクリスティナが来てしばらく話している間に、カップからの湯気は見えなくなっていた。
熱すぎるのは飲めないけれど、冷めてしまったミルクはまだ少し苦手なフェルトは、まだほんのりと熱を持つカップを持って傾けた。

ぺろ、と唇に液体ではないものが触れた。
すぐに冷めかけの液体が口に入ってはきたものの、一緒に入ってきた少し固い何かは、口の中にぺたりと張り付いてしまう。
「…………」
「どうした?」
「なんか、へんなのがあるの」
べ、と舌の上に乗せて出すと、刹那も首を傾げた。
「何か白っぽい膜に見えるが」
「そりゃ牛乳が固まったものだよ」
笑い混じりのロックオンに、これも牛乳なの、とフェルトは舌を引っ込めた。
「あったまった牛乳が冷える時に膜が張るんだよ。別に食べても平気だぞ」
嫌なら出しちゃってもいいからな、と言うのに首を振って、不思議な感触のそれを残りのミルクと一緒に飲み込んだ。





<ホットミルク・さしだしてくれたひとはもういない。>



あれから少し大人に近づいて、眠る時に何もなくても眠れるようになった。
だけど時たま、どうしても眠れなくなる時がある。
どうにも心が寂しくなって、あの甘さが恋しくなる時が。

けれど自分では作らない。
教えてもらったとおりに作っても、あの味にはならないと知っているから。
それを飲んでもあの時のようにうまく眠れるわけではないと知ってしまったから。
眠れたのは、作ってくれる人がいて、一緒に飲む人がいて、そこに温かな空間があったから。


優しさを与えてくれる、あの温かさをつくってくれた人はもういない。





 



そ れ は ま る で 君 の よ う に 。

(あたたかく心をほぐしてくれた)

 

 

 

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