戻ってきて予想外だったのは、刹那とフェルトがどうもライルと距離をおいているらしいという事。
連れてきた以上マイスターとして信用はしているようだったから、その点での心配はいらないようだが、普段の接触というものがさっぱり見られない。
ここ数日は時間さえあれば刹那とフェルトはロックオンのところにいるから目にしないだけかもしれないが、兄のところにちっとも顔を出さないのはお兄ちゃん寂しいです。
「……もしかして避けられてるのは俺なのか?」
「ロックオン、なにを黄昏ているんだ」
向かいの席に座って端末でデータを閲覧していた刹那に声をかけられた。
目線がほとんど正面から合うのを見て、ああ成長してるなぁと感慨深い思いに駆られる。
「刹那ぁ、だから俺はもうロックオンじゃないって」
「ロックオンはロックオンだろう」
「それはもう俺の名前じゃないよ」
やんわりと嗜めると、刹那は不満気に口を閉ざす。
ロックオン=ストラトスはガンダムマイスターに与えられた名前だ。
戻ってきたのはまあぶっちゃけ心配が限界に来たからで、もう一度ガンダムに乗ろうと思ったからではない。
だから、もう自分はロックオン=ストラトスではないのだ。
「ニールって呼べって言っただろ?」
「言い慣れた名前の方が呼びやすい」
使い分けはできるから問題ないだろうと断言されて、聞き分けのなさは健在かとロックオンは肩を竦めた。
フェルトも……というか、トレミーに四年前からいる誰もがロックオン呼びをちっとも改めようとしないので、もう諦めるしかないかもしれない。
混在して面倒だろうにと思って、最初の思考に戻った。
ロックオンが二人いても問題ない理由。
それは二人がちっとも一緒にいないからだ。
「ところで刹那、疑問だったんだけどさ」
「なんだ」
「お前とライル、仲悪いの?」
「……そういうわけではないが」
ちっとも「そういうわけではない」顔ではない刹那に片眉を上げる。
ライルを連れてきたのは刹那だという。
それなのに友好的ではないというのはどうしたことか。
「もしかしてあいつがなにかしたか?」
「……俺にはない」
「刹那じゃない? なら誰に?」
「フェルト、に」
名前を出したところで言いよどんだ刹那は、それ以上を言うべきか迷っているようだった。
そりゃあフェルト自身のいないところで話題にあげるのは問題なのかもしれないが、気になるではないか。
あの弟が可愛がっている子供(もう成人間近ではあるけれど)になにをしたのか。
そこでもしや、と嫌な考えが頭を過ぎった。
いやでもライルは新しく仲間になったアニューという女性といい感じみたいだったから違うのか?
「もしかしてちょっかいかけたとかそういう?」
「……ちょっかい、とは」
「お付き合いしましょうってアプローチ」
相変わらずこの方面は疎いままな刹那にわかるような表現で言ったら、ぐっと眉間に皺が寄った。
……あれ?
「そういうわけではないが」
「うん?」
「キスをされたらしい」
「…………」
がたっとロックオンは乱雑に席を立った。
向かった先は。
「おいこらうちのフェルトになにしてくれてんだお前は!?」
「いきなり人に殴りかかってきてなんなんだよ!!」
走り去ったロックオンに刹那が追いついた時には、ぎりぎりぎりと至近距離で手を掴みあって拮抗している二人を前に、アニューがおろおろとうろたえていた。
刹那は半ばこうなる事を予想していたので最後まで隠し通そうかと思っていたのだが、もともとロックオンに対して隠し事は苦手なのだった。
「ちょ、刹那まさかお前言ったの!? てか知ってた!?」
「フェルトから聞き出した」
「ライルくん、お兄ちゃんにじっくり説明してもらいたいなぁ?」
「だってあんな目ぇで見られてて放置できるかっての!」
「あんな目ってどんな目だ!?」
「なんか恋する乙女っていうの? しかも絶対俺を通して兄さん見てたねあれは!」
「キスしていい理由になってねえよ!! 清く正しく育ててたのに!!」
ロックオンの絶叫に、あんたどこの母親だよ、とライルは呆れた顔をしていた。
「それを汚しやがってこの女ったらし!!」
「ショタロリコンに言われたくねえ」
「なんだその不名誉な呼称!?」
「え、ミス・スメラギから聞いた」
「…………」
ぴたりと。
ロックオンの手の力が緩んで、口元が引き攣った。
あんの人はぁ、と口が動いたのを見て、刹那はまだおろおろしているアニューを落ち着かせるために二度肩を叩いた。
「落ち着け、アニュー=リターナー」
「え、で、でも……」
「この手の事にいちいち構っていたら進む仕事も進まない」
「そ、そう?」
「ああ。ただの兄弟喧嘩だろう」
「別に俺はショタでもロリでもねえっての!」
「なんつーか、戻ってきてからの言動からしてもそうとしか捉えられないんだけど」
「なんでだよ!? 刹那もフェルトももう大人だぞ!」
「四年前はもっとべったりだったんだろ? 当時っつったら十六と十四じゃんか」
目の前で繰り広げられる兄弟喧嘩を止めるでもなく、刹那は放っておく事にした。
この件で兄弟の仲がある意味険悪になったらしい事は追記しておく。
<聞き捨てならない話>
***
ロックオンは刹那とフェルトに対しては完璧におかんです。