「刹那お前髪伸びたなぁ」
食事の後に切ってやるよと耳にかかる髪を少しつまんで彼は笑った。
 




<白い手と黒い髪>
 




昼食は浜辺に置かれた組み立て式の机でだった。
午前中に釣ったという魚と持ち込まれた簡易食料を組み合わせて作られたそれはロックオンとアレルヤが用意したもので、低血圧組が起きだしてきたころにはすっかり食事の準備は整えられていた。

日差しを遮るもののない白い砂浜の上でパンを大皿に盛っていたアレルヤは、二人に気づいておはようと時間のずれた挨拶をする。
「ようやく起きたか」
「もう少ししたら起こしに行こうと思っていたんだ」
腹減ったろう、と言われて朝食を抜く形になった胃が空腹を訴えていることに気づく。

黙って頷くと二人は示し合わせたかのように同時に笑った。








食事を済ませると、どこから持ってきたのか大きな布を、椅子に座った刹那にかぶせた。
「……暑い」
「日陰じゃよくみえねぇだろ」
すぐ終わるから、と鋏を持ったロックオンは子どもに向けるような笑みを浮かべる。

その手は珍しく手袋をはずされていて、傷ひとつない手が陽光に晒されていた。
さすがに風呂に入る時は取るのだろうが、寝る時ですらつけたままにしている手袋がない手というのはいささか不自然さを感じさせる。

白いな、と目を細めて刹那は思う。
日の下の砂は白々と光を反射しているが、それと同じくらいに色素のない肌が眩しかった。
「ほら、前向け。動くなよ」
刹那の視線が自身の手に向けられていると気づいていないロックオンは、刹那の顔を掴んでしっかりと前を向かせた。


しゃきしゃきと何度か感触を確かめるかのように空切りをして、少し長めの黒髪に刃を通される感触。
慎重なまでにゆっくりと量を取ったと思うと、軽い音と共に数ミリの髪が白い布を伝って足元に落ちた。

それを確認しようと少し首を傾けて、こら、と咎められた。
「動くなってーの。ボウズになっちまうぞ」
「その時はお前もボウズにしてやる」
「……それはお互い勘弁したいところだよなぁ」
軽い調子で返す間にも、しゃき、と新しく髪が落ちる。

最初は調子を取り戻すように慎重だった鋏使いは、徐々に軽やかなリズムを纏う。
襟足から順に耳まわり、頭頂部へと鋏の音が移っていく。

時々長さを測るように櫛で梳いたり、頭を掴まれて小さく傾けられたりした。
「刹那、目に入るから目ぇ閉じとけ」
言われるままに目を閉じると、さっきまで眩しいほどに視界を埋め尽くしていた白が消えた。

気配が横にずれて、前髪が少し引っ張られる。
どうやら長さを測っているらしく、やがて音とともに顔にぱらぱらと細いものが降りかかってきた。
むず痒さを生み出す感触に眉をひそめると、少し我慢な、と囁きに近い声が返って来る。

顔にかかる髪の量は少し増えて、そっと柔らかくも硬くもないものが目元に触れた。
数度目元から鼻筋にかけて払われて、むず痒さが消える。
もういいだろうかとそろそろと目を開けると、すぐ前に白い砂浜に溶け込むような手が見えた。

「前髪はこんなもんかねぇ」
ちょいちょいと髪を整えてロックオンが呟く。
眉を寄せて考え込むような仕草は真剣で、髪を切る程度の事でそこまで神経質になる必要があるのだろうかと不思議に思っていると、ロックオンは再び刹那の後ろに回りこんだ。

今度は最後の調整らしく、今度はあまり鋏を使わなかった。
頭に手を入れて髪の毛を弄りながら、少しずつ鋏を入れていく。

「ロックオン、刹那、リンゴ食べるかい」
テーブルのところからかかった声に、手が止まる。
食べると返事をするロックオンにアレルヤが了承の意を返し、向こうでティエリアも何かしているようだった。
あまり顔を動かすとまた怒られるので前に向き直り、刹那は黙って櫛と指が自分の髪を梳く感触と鋏の鳴る音が波音と混じるのに耳を傾けた。

かぶせられた布の中はかなり暖まっていて暑いくらいで、頭に触れられる感触に刹那はとろとろと瞼を下ろした。

自分の黒い髪に普段目に晒すことのないまっさらな指が入り込むのを想像して、ほんの少しの心地よさに浸りながら。



 

 


***
EDから。
だって生手。