キッチンのステンの上には沢山の野菜と肉と調味料。
軽やかな音でそれらを調理しながら、ロックオンは納得しない顔で呟いた。
「……なんで俺が料理してるんデショウカ」
「あなたの役目だからでしょう?」
「これ俺の歓迎会なんだよな?」
「そうですね」
にこにこにこと笑みを浮かべながらアレルヤが親切に対応してくれる。
その言葉になんだか泣けた。
地味に怒ってますね。
……半ば予想はしていたものの、ティエリアと刹那だけに終わらず、イアン、ラッセ、しまいにはアレルヤという顔なじみの男性全員からロックオンは一発ずつ喰らった。
そして愛しの弟からはといえば、いい笑顔で「生きてたのかこのショタロリコン」という言葉の暴力と共に腹に一発入れられた。
なんだか不名誉な呼び名が自分につけられているようだったが、どうやら同じ年の弟もまた、見ない間にたくましく育っていたようだった。
実のところ、ロックオンは、自分の帰還は知られているものだと思っていたのだ。
スメラギに暗号通信を送った時に、皆にもよろしくと書いておいたのに。
だからロックを勝手に解除したりもしたのに。
「だってその方が驚きも感動も倍増じゃない?」
ボロボロになったロックオンを前にして、悪びれた様子の一切ないスメラギはからからと笑った。
驚きも喜びも倍かもしれないが、怒りがその三倍くらいになって跳ね返ってきている気がしましたが。
そしてうな垂れたロックオンに向かって、スメラギはいい笑顔のまま、帰還してから最初の任務を言いつけたのだった。
曰く、歓迎会の準備をしなさい、と。
そして今、ロックオンは自分の歓迎会のための料理を自分で作っている。
まだマイスターだった頃もよく作ったものの、さすがに自分の誕生日のために料理を作る事はなかったし、ましてや歓迎会の料理を作る事になるだなんてさっぱり考えていなかった。
今食堂にいるのはロックオンとアレルヤだけで、あとは自分の持ち場に戻っている。
なんでもアレルヤがロックオンの話し相手として残ってくれたらしいが、のほほんとして会話をしてくれていた彼も、今日はけっこう言葉の端々が痛い。
思わず零れた溜息をアレルヤが見て、逆に溜息を吐かれた。
「溜息を吐きたいのはこっちですよ本当に……どれだけ悲しんだと思ってるんですか」
「……ん、悪い」
こればっかりは反論できないので素直に謝ると、違うでしょうとねめつけられた。
「僕より謝らないといけない人がいるでしょう、四人ほど」
「わかってる」
ライルと刹那とフェルトとティエリアと。
……特に最初と最後については、土下座した上から頭を踏みつけられる覚悟はしてきた。
実際に殴られたけど。
それにしても。
「皆変わったよなぁ……」
「四年もあれば変わりますよ」
「……アレルヤは性格きつくなってないか?」
「今日のあなた限定です」
晴れやかな笑みで答えられてめげた。
だめだ、当分機嫌は直りそうにない。
ここは定番だが好物を作って懐柔を試みようと、あらためて脳内でそれぞれの好物をリピートしたところで、食堂のドアが開いた。
入ってきたのは新顔の……実のところ、彼とは数度、面識があった。
「沙慈君……だっけ」
「覚えてらしたんですか」
まあね、と肩を竦める。
刹那が日本に拠点を置いている間、様子を見に行った時に何度か顔を会わせた隣人。
姉と一緒に住んでいるのだと言っていたが、あまりいい事情で乗船しているわけではないのだろう。
人の良さそうな空気はそのままに成長した沙慈の姿に感心していたら、訝しげに首を傾けられた。
「おまえさん、好物はなんだ?」
「え」
「作れそうなら作るぞ」
「……今夜はあなたの歓迎会だと聞いたんですが」
「らしいな」
「…………」
「彼がこの中で一番料理が上手いから」
歓迎会だってかこつけて皆で久しぶりに手料理を食べたいだけだよ、とアレルヤが沙慈に説明した。
彼らの本音が見えて、結局そういう事ですかとロックオンは内心苦笑する。
それはそれで嬉しい事だが。
沙慈はしばらく悩んでから、それじゃあ筑前煮を、と呟く。
「作りかたわかるか?」
「手伝いますよ」
見ている方が和む笑みで言った彼は最初からそのつもりで来てくれたようで、流しで手を洗い出す。
アレルヤは沙慈が来たからお役御免かなと言って食堂を出て行った。
「ロックオンさん、と呼べばいいんでしょうか」
「あー……ロックオンは今はあいつだしなあ。ニールとでも呼んでくれ」
「はあ」
「俺の本名」
そう告げて口元に笑みを乗せると、弟さんとは随分と違うんですねと沙慈は小さく言った。
「あいつは俺より真面目だよ」
「はあ……」
どう返していいのか迷っているのか言葉を濁す沙慈がおかしくて笑みを深める。
捻くれ者ばかりの中で、この素直さは新鮮だ。
「どうして戻って来られたんですか?」
……素直だなぁ本当に。
たぶん他の誰も聞いてこないだろう質問に対して、うまく濁せるような回答を用意してこなかった。
まあいいかと肩を竦めてロックオンはそのまま答える事にした。
「あいつらが心配だったから」
「心配……ですか」
「テロ組織が身内の心配なんて笑えるか?」
「……いえ」
なんとなくわかります、としばらく考えた後に沙慈は言った。
<まるで家族のような>
***
ロックオンの体はボロボロです(主に殴る蹴るで