暗号通信にスメラギは眉を寄せた。
自身の端末のみに送られてきたそれは王留美のものではなく、一体どこの誰からかと緊張を持って開く。
暗号を外して読んだ瞬間に溢れたのは、驚愕と――歓喜。















トレミーに接近する不審な車体をセンサーが感知して、フェルトはスメラギに報告した。
光通信で寄艦を要求してくるにも関わらず、こちらからの問いかけに一切の反応がない相手に困惑するフェルトやミレイナとは反対に、スメラギはあっさりと許可を下す。
「大丈夫なんですか?」
「事前に連絡は受けてるわ」
「あれ、そうなんですかぁ」
もしかして補充要員ですか? とミレイナが胸の前で手を合わせて尋ねる。
そんなところねとスメラギは意味ありげなウインクをして、フェルトに指示を出した。
「フェルト、迎えに行ってきてくれない?」
「はい」
疑う事なく頷いたフェルトが出て行って、扉が閉まった途端。
堪えきれなくなったようにくつくつと笑い出したスメラギに、ラッセとミレイナは視線を向けた。
「どうしたんだ?」
「ふふふ……きっと驚くわよ、フェルト」
「フェルトさんの知り合いですかぁ?」
ミレイナの疑問に、スメラギは満面の笑みと共に答えた。



「そうね、でもあなたたちもよーく知っている人よ」















「フェルト、どうしたんだ?」
「ティエリア、誰か来たみたい」
トレミーの入り口付近でティエリアに遭遇した。
データ整理をしているのか、ファイルを抱えた彼は、フェルトの言葉に目を細める。
「スメラギさんは誰か知ってるみたいだけど」
「新しい補充要員か」
「かもしれない」
機体にどでかい大穴が開いている今、人手が増えるのはおおいに結構。
ガンダムの補修もあるし、刹那はまだ万全ではない。

ふむ、と軽く首を傾げて、ティエリアが言った。
「僕も行こう。どんな奴か見ておきたい」
荷物を持ったままティエリアは踵を返して入り口へと進む。
作業の途中じゃないのかと尋ねれば、多少遅れたところでどうという事はないと返された。

――正直、誰なのか分からないから少し怖かったのだ。
一緒に来てくれるというティエリアの好意に甘えて、フェルトはティエリアの後をついていった。



が。
入り口に着いてフェルトとティエリアは固まった。
二人の目の前にある入り口の扉にかけてあったセキュリティは解除されていて、開けっ放しのドアが外気を中に取り込んでいる。
「し、侵入者!?」
「ミス・スメラギに確認を」
うろたえるフェルトにティエリアが努めて冷静に返した。
両手の塞がっている彼のかわりにフェルトが端末を取り出して、接続する。
「ス、スメラギさん! ハッチが開いてるんですけど!!」
『え〜? ……ったく、驚かせたいならちゃんと待ってろっていうのに』
画面の向こうでスメラギが舌打ちする。
え、と呟いたフェルトの背後から、声がいた。
「いやいや解除コードがあの頃と同じだったもんでついつい」
その声に、思わず端末を取り落とした。

かしゃんと軽い音を立てて床に転がった端末の心配どころではなかった。
振り向いたフェルトの視界に、茶色の髪が揺れている。
視線をあげれば、右目のあるところは黒の眼帯が覆っているけれど、反対側では優しい色をした瞳が楽しげに細められていた。

夢でも見ているのだろうか、とフェルトは目を瞬かせる。


「四年ぶりだな、フェルト。随分大人っぽくなった」
ぽん、と頭の上に手が乗せられて、ゆっくりと撫でられる。
じんわりと広がる懐かしい温かさに、その事実がじわじわと現実味を帯びた。

「ロック、オン……?」
「みんなのお兄さんの帰還、ってね」
「…………」
「……フェルト?」
ロックオンを見上げたまま固まってしまったフェルトに、ロックオンが困ったように笑う。
だから彼は気付いていなかった。
その背後でティエリアが手に持っていたファイルを振り被っている事に。

バチン!


とんでもない音がして、ロックオンの頭がフェルトの視界から沈んだ。
「いってえ!!」
「あなたという人はっ!!」
いきなり暴力!? と床に手をついて涙目になっているロックオンにティエリアが怒鳴った。
ティエリアの顔は赤い、目だって潤んでいる。

いきなりの事に憤っているティエリアにロックオンが抗議している間に、がちがちになった手足を動かして、フェルトは走った。


「フェルト!?」
「……逃げられたな。いい気味だロックオン・ストラトス」
「相変わらずですねティエリアさん!?」

背後で交わされるやり取りを流してフェルトは走った。
向かうのは。





「刹那っ!!」
ガンダムの修理の手伝いをしていた刹那は、息を切らして駆け込んできたフェルトに驚いたようだった。
一緒にいるイアンと沙慈も同様だ。
「どうしたフェルト」
「刹那、ど、どうしよう……!?」
「落ち着け。何があった」
今にも泣き出しそうなフェルトが壁に縋るように腰を落としているのに合わせて膝を折って、刹那は表情を険しくした。
何か危険でも近づいているのだろうかとイアン達にも緊張が走る。

「刹那、私の事、思いっきりぶって」
「……は?」
「お願い!」
「…………」
どうしたんだと今度は刹那がうろたえる番だった。
刹那の腕を掴んで軽く揺すりながら懇願するフェルトの様子は尋常じゃない。
なにか重要なミッションなのか。
しかし、ぶてと言われてもそう簡単にできるわけがない。
これが男だったら……たとえばアレルヤやライルであれば遠慮なくやるのだが、なにせ相手はフェルトなわけで。

手をあげたり下げたりしながら、あまりに必死な様子にようやく軽くぽかりとフェルトの頭を叩くと、ふにゃりとフェルトの顔が歪む。
「……痛くない」
本気でなんてできるか。と刹那は心の中で叫んだ。

更に泣きそうになったフェルトに一体なにがどうしたんだと悩む刹那の視界が暗くなる。
誰かがフェルトの後ろに立っていた。

ふっと顔をあげて、しばし。
刹那もフェルトと同じく固まった。

「……俺としては、ここは感動的な涙の再会を予想してたんだけど」
「あなたの陳腐な発想には恐れ入りますよ」
「んな事言ってもティエリアはちゃんと泣いて……すみませんごめんなさい調子に乗りました」
ぎろりとティエリアに睨まれたロックオンは両手をあげて降参の意を示す。

しゃがんで硬直している二人に視線を合わせて、ぐしゃぐしゃと両手で刹那とフェルトの髪を痛いくらいに掻き回した。
「驚かせて悪かったなーフェルト」
「……いた、い」
「ああ、悪い」
慌ててぱっと手を離したロックオンに、乱れた頭に手を当てて、フェルトは痛い、ともう一度呟く。
その目からとうとう堪えきれなくなった涙が溢れた。

「な、泣くほど痛かったか? ごめんな」
「……夢じゃない」
泣きながら言うフェルトに、意味を理解したロックオンの目が優しくなる。
頭の上の手に手のひらを重ねて、夢じゃないよと優しく告げた。

――男の頭に、刹那からの一撃が浴びせられた。
「いってぇ!?」
「謝るのはそこだけじゃないだろう、ロックオン」
「刹那といいティエリアといい、暴力に拍車かかってねぇか!?」
二度目の頭への直撃に抗議しかけたロックオンの言葉は、揺れる刹那の目を見て苦笑に変わる。
ティエリアといい刹那といい、意地が全て暴力で外にでるのはどうかと思うが、それもまた可愛いものかとその表情を見て思った。
「……生きていたなら、なぜ連絡しなかった」
「うん、悪かった」
「俺は……俺達、は」
「ああ」
頑張ったな。


耳に馴染んだ声が記憶と重なる。
泣き出した二人に、苦笑を乗せてロックオンは言った。

「ごめんな、沢山心配かけた。……ただいま」




その言葉にかつて子供だった二人は、あの頃と同じようにそろえて返した。









<戻ってきました>









 

 


***
ずっとやりたかったニール 生存ルート。
このあとアレルヤとイアンとラッセからも1発ずつくらいくらいます。
弟からは笑顔とともにボディブロー。