<そうして年は離れていく>





朝起きたら、食堂にでかいケーキが用意してあった。
ケーキだけではない。出来合いのものではない材料で作られた料理が、机の上にいっぱいに乗せられている。
アロウズに追い回されているこの時期に一体どうしたんだと思うより前に、ライルに気付いたスメラギが、入り口で立ちすくんでいたライルの腕を引いて中に連れ込んだ。


トレミーにいる全員が食堂に集結していた。
アレルヤの隣に空けられた椅子に座らされて、それからスメラギが自分の位置に置かれていたグラスを持って高々と掲げる。
ライルも隣に座るアレルヤにグラスを持たされた。

グラスに入っているのはスパーリングワインか。
「それじゃあアレルヤとロックオンの誕生日を祝って、カンパーイ!」
へ、と目を瞬かせている間に、各々から乾杯の声とグラスの重なる音が響く。

「誕生日おめでとう」
「おめでとう」
「……あ、そうか」
そういえば今日は三月三日だった。
隣のアレルヤを見れば、グラスの中のジュース(こちらは薄いオレンジ色をしている)を飲みながら微笑んで答えてくれる。
「僕は二月の終わりなんだ。近いからまとめてお祝いしようって」
「それまた暢気な……」
「張り詰めた気を休める時も必要だろう」
しれっと告げるティエリアに、そういうものかね、とグラスを傾ける。

「歓迎会」の時もそうだったが、どうにも緊張感に欠ける気がする時があるのは気のせいか。
普段からおちゃらけている、という面子はいないが、それを思うとこのような場を考案しだす人の心当たりもない。
どちらかといえば敬遠しそうな人が多い気がするのだが。


取り分けられた料理が目の前に置かれる。
ローストされたチキン、ポテトサラダ、野菜と数種のキノコが巻かれた包み焼き。
店に出される味というわけではないが作り手の頑張りが分かる上に、今日の料理は好物が多く、箸も進む。

「これも刹那とフェルトが作ったのか?」
ちょこちょこ作っている二人の名前を挙げると、アレルヤはそうだよと頷く。
「僕とマリーとラッセも手伝ったけどね。トレミーの中で作る人はそれくらいしかいないから」
上がった名前の中に女性が二人しかいないのはどういうわけか。
しかもアレルヤ、お前は今日の主役の一人じゃないのか。
「……スメラギさんとかは」
「お酒のおつまみくらいしか作ってるの見た事ないなあ。あ、沙慈君も手伝ってくれたよね」
「本当に少しですけど」
苦笑しながら沙慈が空になったグラスに新しいワインを注いでくれる。
どうやらライル、スメラギ、イアン、ラッセは酒で、残りはジュースらしい。

もごもごと料理を頬張りつつ、ライルは尋ねた。
「それにしても、こういう誕生日会とかを好んでやるようには見えないんだけどな」
「えっとね、習慣に近いのかな」
言い出したのはロックオンだったんだよ、とアレルヤは小さく微笑む。
この場合のロックオンは、ライルではなくニールの事だ。

まだCBが世界に姿を現す少し前、まだ潜伏をしている頃に突然言い出したのだとか。
それぞれの個人情報が秘匿されている中で、誕生日は唯一表に出せる個人情報だった。
ロックオンの発案にクリスティナとリヒテンダールが賛同して、スメラギが許可を出して、年に数回、トレミーではそれぞれの誕生日が祝われるようになった。
それはミッションがスタートしてからも同様で、当日にできない時は折を見たり、近い人はまとめてやったりもしつつ、なんとなしに定着してしまった。
最初はマイスターの自覚がどうこうと非難していたティエリアや興味のなさそうな刹那も巻き込んで。

「またあの人は……」
「最初はちょっとびっくしたけどね……でも、楽しかったよ。こうやって皆でご飯を食べるの、僕は好きだったな」
「…………」
ちょっとしんみりしちゃったね、とアレルヤは話を変えた。
「ロックオンは、今年で三十だっけ」
「あ、ああ。とうとう三十代の仲間入りだよ……アレルヤは?」
「二十五。二十になった時にお酒ちょっと飲んだけど、あんまりおいしくないから、自分から飲もうとは思わないんだよね」
二十四になった時にね、とジュースを飲みながらアレルヤは言う。
「あの頃のロックオンと同じ年なんだなって思った。同じ年になって、ひとつ追い越して、やっぱり凄かったんだって思う」
「兄さんが?」
「僕だったら、こんな個性的なマイスターまとめたりなんてできないよ」
あの頃はほんと協調性のカケラもなかったからな、と当時の自分達になかなかに酷い評価を下したアレルヤの話を聞きながら、ライルは反対側の隣に視線をやった。

ライルの隣には椅子が置いてはあるけれど、そこは空席だった。
おそらく誕生日席として用意されたここにある空席は、たぶんニールのために用意されたものだろう。
頬杖をついて、ライルはそこに誰か座っているイメージをしてみた。
自分にそっくりな顔をした誰かが、笑いながらグラスを持っている。
皿には芋料理が沢山盛ってあって、誰かにそれを指摘されてはいいじゃないかと流している人が。

「……三十、か」
来年の今日にはまたひとつ年を取っていく。
けれど、この椅子に座っていた人は二十五のまま。
同じ日に生まれて、当たり前のように同じ日に年を重ねた自分達は、もう同じように年をとる事はないのだと。
妙に感傷的になったのは酒のせいだと誤魔化して、ライルは赤いワインを飲み干した。
……炭酸が嫌にきつくて目に染みる。









***
アニューはまだな頃で。
ライルはちょっとブラコンだといいな。