※アニメ23話より


<やくそくをして、もういちど>




「刹那」

呼び止められて、刹那はゆっくりと立ち止まった。
「フェルト」
こんなところにいるはずのない彼女に首を傾げる。
アロウズとの総力戦が開始される今、オペーレーターのフェルトはブリッジにいるはずだった。
業務連絡ならば通信で行われるはずだが、口頭でないといけない連絡でもあったのだろうか。

「これを刹那に渡したくて」
少しはにかみながら差し出したフェルトの手の上で、黄色い小さな花が一輪、培養槽の中で咲いていた。
培養槽とはいえ、宇宙で生花が見られるとは思わなかったので刹那は目を瞬かせる。

「ミレイナのお母さんが育てたんだって」
ああなるほど、と半ば感心してしまった。
どこかのんびりとしたあの女性は、補給や装備などの他にこんなものまで持ってきていたのか。

受け取ろうとした刹那は、しかし、もらっていいものかと差し出しかけた手を止める。
リンダはフェルトにと言って渡したのだろうし、花は女性の方が似合うものだと認識していた。
それに、これから刹那が行くのは戦場だ、持ち込んで、万が一破損でもさせたら。

迷っていた間に、フェルトの視線がだんだんと下がっていく。
……気付いたら花を受け取っていた。
「ありがとう、フェルト」
ぱっと顔をあげたフェルトに、できる限り感情が伝わるようにして言おうとしたけれど、伝わっているかは微妙だ。
片手で持ててしまう小さな花の容器は簡単に割れてしまいそうだった。
しかし花など数えるほどしか手にした事のない刹那は、やや素気なくそれをメットの中に仕舞い込んだ。

「マリナ様に怒られちゃうかな」
「彼女とはそんな関係じゃない」
小さく笑って言ったフェルトに、何を言い出すんだと刹那は真面目に返した。
そういえばマリナをトレミーに連れてきた時も、同じような事を誰かに言われた記憶がある。
確かに彼女とは同郷だし何度か助けられた事もあるが、人が言うような恋だとか愛だとか、そういう対象ではなかった。
ならば誰に、と言われるとよく分からないけれど。



行ってくる、と床を蹴る。
擦れ違った背中越しに名前を呼ばれて、惰性に身を任せたまま振り返った。
「生きて帰ってきてね!」
「了解した」
ひとつ頷いて、ドックに向かおうと刹那は前を向く。
けれど嫌に後ろが気にかかって、結局数メートルいったところで刹那は足を再び止めた。

振り向けばフェルトは刹那と話した場所にまだ立っていた。
遠目にその顔が泣いているように見えて、半ば無意識に戻るように床を蹴って刹那は戻る。
召集はとうにかかっている、ドッグに行かなければいけないと分かっているが、このまま彼女を放っておく事ができなかった。

フェルトは逆行してくる刹那に気付いて慌てて目元を擦る。
「泣いていたのか」
「な、泣いてなんか……ない」
ふるふると首を振るフェルトの頬が僅かに赤い。

昔は刹那もフェルトも感情がほとんど表に出ないのは同じで、何を考えているかも表情だけでは読み取れなかったが、四年経っても相変わらずな刹那と違って、フェルトは今では大分表情からも感情が読めるようになった。
……考えてる事はあの頃よりも分からなくなった気がするが。
今だって、どうして泣いていたのか分からない。

「フェルト」
「…………」
「俺は帰ってくる」
潤んだ目で見上げられて、息が詰まった。
泣きそうな顔を見ていられなくて、頭に手を添えて抱き寄せた。

すぐに突き放されるかと思ったが、フェルトは微動だにしない。
近くにある桃色の髪から目線を逸らして通路の向こうを見ながら、刹那は大きく息を吸った。
ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。

「俺はロックオンみたいにいなくならない。絶対にまた戻ってくる」
「……本当に?」
顔をあげたフェルトの目元は赤いままだったが、もう涙は見えなかった。
「約束する」
「……うん、約束」
離れたフェルトと互いの小指を絡めて指切りをすると、くすくすと小さく笑った。
「刹那」
「なんだ?」
――尋ね返した刹那の額に、不意に柔らかなものが触れた。
ぽかんと。表情の抜けた刹那の目の前には、顔を真っ赤にしたフェルトがいて。
「いってらっしゃい!」
そう言い残して、彼女は踵を返して行ってしまった。


残されたのは、事態が飲み込めなかった刹那と、その拍子に手から抜けてしまってふよふよと空を浮いているメットだけ。
「…………」
メットから出てしまった黄色い花をしばらく呆然と見つめてから、メットにしまいなおして、刹那はのろのろと移動を始める。
随分と時間をロスしてしまった。これ以上遅れるとスメラギに何か言われかねない。

動く速度を速めながら、刹那は額に手を当てる。


――手袋越しに伝わる体温が高いのは。







***
脚色した。
満足した。

刹那フェル祭に投稿させていただきました。