【ほのぼの二人に5のお題】





<1、こらえきれない笑み>



くーすーくーすーという寝息を立てて眠っているロックオンを見つけて、刹那とフェルトは顔を見合わせた。
一緒に寝る事はあれどいつもは自分達が先に寝てしまい、しかも起きた時にはすでにロックオンは起きているから、ロックオンが寝ているところはあまり見た事がなかった。
これは貴重な経験だ。
「最近ミッションが続いてたから疲れてた……のかも」
「だが、もうすぐブリーフィングが始まる時間だ」
疲れているのならゆっくり眠らせておいてあげたい。
けれど任務は最優先させるべきだ。
親(?)を思う子供心と仕事への責務を天秤にかければ後者に分配があがるのがフェルトと刹那だ。
「……ちょっと待って」
早速、と肩を揺らして起こそうとした刹那をフェルトが制した。
「どうした?」
「これ……」
ちょん、とフェルトが出したのは、いつも髪を留めるのに使っているゴムだった。

「遅れましたー!」
慌てて走って部屋に入ってきたロックオンに、注意をしようと振り返ったスメラギは、瞬間噴き出した。
「ちょ、ロックオン……」
「うっかり寝てて時間ギリギリに目が覚めて……フェルトが起こしてくれなかったらどうなってたことやら」
いやぁまいった、と苦笑しているロックオンは、スメラギ達がなんとも言えない顔をしているのに気付いて首を傾げた。
スメラギは腹を抱えて笑っている。
アレルヤも口元を押さえてふるふると何かを堪えているし、ティエリアは微妙な顔つきで自分を見ていた。
そして刹那はしばらくロックオンを見つめたあと、ふっと小さな笑いを零した。
刹那がそんな笑いを漏らすのは珍しく、そこでようやく自分が何かおかしいのだとロックオンは思い当たった。
ズボンのチャックが開いているのだろうかとぱたぱたと服を確認するが不備はなし。
あとは、と手を頭にやって、何かが当たる感触にあれ、と思う。
「ロックオン」
ぱ、と刹那が手鏡を差し出してくる。
サンキュ、と受け取ってそれを覗き込んで、絶句した。
前髪と横髪がまとめて頭のてっぺん近くでひとつにくくられている。
しかもくくっているゴムには可愛らしい花のアクセサリ。
「ちょ、なんだこれ!?」
眠っている間にやられたのか。
しかし誰に。
と、そこで刹那が万全に手鏡を用意していたという不自然さに気付く。
「……刹那クン?」
「似合っている、ロックオン」
飄々と言った刹那に、ロックオンは崩れ落ちた。
おそらくゴムと手鏡はフェルトのものなのだろう。
つまるところこれは、ロックオンが可愛がってやまない二人の仕業なのだ。
「ロックオン……あなた、やられたわね」
笑いに震える声で親指を立てて言ったスメラギに、ロックオンは返す言葉もなかった。





<2、見つけてごらん>



「刹那とフェルトしらね?」
ブリッジに顔を出すなりの第一声がそれだった。
ちょうど当番だったリヒテンダールとラッセは揃って吹き出して、ロックオンはなんだよ、と口を尖らせた。
「お前な、最近口を開くとその二人の名前が出るよな」
「……そういうわけじゃねーだろ」
「いやいや、いいことっすよ」
おかあさんみたいで和みます、とリヒテンダールが笑いながら言うのをロックオンは不服そうな顔で聞いていたが、もう一度、あの二人をしらないか、と尋ねた。
「いや、知らないな」
「どこにいったんだあいつら」
「どうかしたんすか?」
「いやな……最近悪戯を覚えたらしくてやらかすんだよ」
「それはそれは」
「子供らしくていいじゃないか」
そうあってほしかったんだろう、とラッセが含みのある笑みを浮かべていえば、まぁなと肩を竦めてみせる。
「子供」らしくない幼少期を過ごしてきた二人に遅ればせながらも子供らしさが見えてきたのは微笑ましい。
戦場ではそれは捨てなければならないが、そうでないほんの一時でも大人になって思い出した時にくすぐったくなるような、そんな時間を過ごしてほしいとかまい倒したロックオンだ。
多少の悪戯で立腹するわけがない、が。
「まぁ実際に怒ってるわけじゃないけどな、悪戯をした子供は「叱る」のが親の役目だろ?」
「そこまで忠実にやるんすか」
「悪戯ってもんは、見つかったら怒られるあのスリルがあるから楽しいだろーなーと」
「なるほど」
ロックオンの弁に納得して首を縦に振るリヒテンダール。

見つけたら捕まえといてくれ、とオペレートルームを出て行ったロックオンを見送って数秒。
リヒテンダールは机の下をのぞきこんで、もういいっすよ、と声をかけた。
するとぴょこんと出てくるふたつの頭。
黒と桃の髪の二人組は、暗いところから急に明るいところに出たので眩しいのか、目をしぱしぱと瞬かせていた。
「つーわけで怒ってないみたいだぞ」
「……でも、叱るって」
「まぁ。悪戯は怒られてこそだな」
「嫌なら見つからないようにこっそりやればいいんだって」
「善処する」
二人に悪戯をやめる、という選択肢はないのだろうかとラッセは思ったが、それはそれでロックオンが寂しがりそうなので口にするのはやめておいた。






<3、優柔不断に迷う手と>



ロックオン・ストラトス。
生まれてこの方二十と少し。
現在人生の岐路に立たされている。
二月の最中、聖人の命日であるこの日に。

目の前には二つの包み。
どちらも市販品に比べれば包装はつたない。
しかしそれがかえって手作り感、ひいては一生懸命作ったという空気が伝わってくる。

作ってくれたのはロックオンが大事に大事にしている二人で、その二人から手作りチョコがもらえるのは震えるくらいに嬉しかった。
こんな事は生まれてこの方初めてだ。
一生懸命作ったの、と目が語っている二人から同時に包みを差し出されて、二人とももらっていいかなぁとか少し危ない考えに浸りかけたりもした。

しかしもらおうと両手を差し出したところ、二人とも手を引っ込め、そして言ったのだ。
「「チョコはひとつだけ」」
「……え?」
そんなしきたり聞いた事がない。
誰がそんな事を教えたのか。
そもそもこの二人がバレンタインというイベントを知っていた……のは去年自分が教えたからかもしれないが。
「誰が言った?」
「ミス・スメラギが」
「本命チョコはひとつしかもらっちゃいけないと言った」
だからどちらかひとつだけだ、と言われ、今度こそロックオンは固まった。

そもそもどちらかを選ぶということができない。
ていうか本命てなんだ。
つまりは二人とも俺が本命……あ、やばい嬉しいどうしよう顔が崩れる。

手で口元を覆って取り繕いつつ、深呼吸を数回繰り返す不審な行動を取るロックオンを、フェルトと刹那はじっと見ている。
「えーと、あのな、刹那、フェルト」
「ロックオン、どっち?」
「早く選べ」
「……うん、あのな、俺は二人とも大好きでどっちかは選べないので、もらいません」
きぱりと言ったロックオンに、二人は目を瞬かせる。
ロックオンとしても本当はどちらも物凄くほしいが、どちらかを選ぶとすればもうひとつがもらえないわけで、それだったら両方とももらわない事に決めたのだ。
そのかわりに、と二人のために用意しておいた包みを取り出した。
「そのかわりに俺から二人にバレンタイン。二人とも本命ってことでひとつ」
「本命はひとつじゃないの?」
「ん? まぁ、そうなんだろうけど」
お前らだって、どっちかと俺選べって言われて、選べる?
苦し紛れの、ある意味これで相手だと言われた場合一生立ち直れない気がするような問いをしたロックオンは、次の瞬間ふるふると震えてがっとロックオンに飛びついてきた二人に面食らった。
「刹那!? フェルト!? おーい?」
声をかけても無言でぐりぐりと包みをおしつけてくるので、もらっていいのかなーと包みに手をかけると、大人しく渡してくれた。






<4、空に透ける>



休暇で地上に降りた時、車で遠出をしたそこは何もなかった。
「田舎」というらしいそこは田園が山間の土地に広がっていて、こんな場所が現実にまだ残っていたのだと刹那とフェルトは感心する。
少し待ってろといって姿を消してしまったロックオンを待ちながら、土手にしゃがんで景色を眺めていた。
「刹那、てんとうむし」
くい、と刹那の袖を引いてフェルトが意識を引く。
彼女の指差す先に小さなてんとうむしが、黄色い花の花弁を渡り歩いていた。
「かわいいね」
穏やかな顔でフェルトが言うから、刹那はよく分からないままに頷いた。
てんとうむしは差し伸ばされたフェルトの指に這い移る。
「くすぐったい」
「虫は苦手じゃないのか」
「かわいいのは大丈夫」
これハロみたいだし、と呟くフェルトに、丸いところは確かに似ているかもしれないと刹那は思った。

てんとうむしはフェルトの手の甲まできて、そこで羽を広げて飛んでいってしまった。


「待たせたな、ほら」
いなくなった時と同様にふらりと戻ってきたロックオンは、水滴が滴る瓶を持って戻ってきた。
受け取るとそれはひやりと冷えていて、瓶の中では白い小さな泡が移動していた。
「これはなんだ?」
「ラムネ。美味いぜ?」
開けるのにはコツがいるんだけどな、とウインクして、ロックオンは蓋を取って線の部分に差し込んで押した。
ぱしゅ、という音と同時に手の隙間から中身の液体が少し溢れる。
「上手くやらないと半分くらい零すからな、気をつけろよ」
やってやろうか、と尋ねるそれに首を振って、刹那とフェルトは今見たように挑戦してみる。
思った以上に固い栓に四苦八苦しながらなんとか開けると、隣ではフェルトがまだ開けられずにいた。
「……固い」
「力が足りないんだろう」
地面において体重をかけてみたらどうだ、と言うと、フェルトは言われた通りに地面に瓶を置いて上からぎゅっと体重をかけた。

「……」
「……」
「……まぁ、最初のうちはそういう事もある」
ぶしゃ、と音を立ててしゅわしゅわしゅわと炭酸水が地面に吸い込まれていく。
空いたはいいが3分の1くらいを失った瓶の中で、ガラス玉がからりと音を立てた。


中身は減ったが自分で空けた事が嬉しかったのか、フェルトは交換しようかというロックオンの申し出を断ってゆっくり飲む。
冷たいが、炭酸もかなりきつくて一度に多くは飲めない。
そのうえ中に入っている玉がからから動いて口を塞いでしまい、残りが少なくなるほどに飲みにくい。
「ロックオン、なんでガラス玉が入ってるんだ」
「ああ、それ栓のかわりなんだ」
「?」
「製造段階でビー玉が落ちた状態で原液と炭酸を入れてな、それから急激にびんを下向きにすると、びんの中のガス圧でビー玉が口に圧着。そうすると口にあるゴムがパッキンに、押し上げられたビー玉が口に密着するようになってるんだ」
「普通の栓でいいじゃないか」
「……それが風流ってもんなんだろ」
「でも綺麗」
ほら、とフェルトが空になった瓶を掲げてみせた。
太陽の光がガラス玉の中できらきらと反射している。
「ロックオン、ビー玉って出せる?」
「まぁ、瓶を割ればなぁ」
ビー玉が気に入ったなら帰りに買って帰るか、と言ったロックオンに首を振って、このビー玉がいいの、とフェルトは空き瓶を胸に抱えた。





<5、ふたりの>



「刹那とフェルトにとってロックオンって何なの?」
「「…………」」
「そんなピュアな目で見つめないでちょうだい……!」
穢れた大人にはまぶしすぎるわ、と手をかざす仕草をするスメラギは明らかに酔っている。
酒の入ったボトルを手にしているあたり、本人の酔ってないという証言は信憑性がない。
「こっちから見てるとお母さんみたいなんだけどね〜」
「ロックオンは男だ」
「ああ、うん、そうね」
でもどう見てもお父さんって感じじゃないのよね、とスメラギはボトルの中身を一口飲む。

もともと刹那の面倒を見だした時に、面白半分に「頑張ってねお母さん」と言ったのが始まりだ。
実際に面倒を見させてみると思った以上に甲斐甲斐しい一面が発見された。
刹那もロックオンに懐いたし、後からきたフェルトもロックオンに懐いて一番年の近い刹那ともうまくやれている。
傍から見ていれば、兄弟と世話焼きの母親、という構図がしっくりくるのだ。

だけど本人達はどう思っているのだろう、と疑問に思ったから聞いてみたのだが、これはもしかして。
「お母さんがしっくりこないなら、お兄さんとか」
「……なんか、違う」
「うん、違うね」
まぁ兄はあんなにまめじゃないからね、言っててしっくりこないし。
薄ら笑いを浮かべながらスメラギは頬杖をつく。
「じゃあ二人にとってのロックオンはなぁに?」
「……何、と言われても」
「ロックオンはロックオン、だよね」
「ああ」
他にどう言えばいいんだと珍しく表情に分かりやすく出ている二人に、スメラギは噴き出した。

 

 

 





シアワセなんて、大体こんな感じだろ。

(言葉をかわして、笑って。何気なく過ぎていく、そんな日々が。)


 

 



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